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    k_kirou

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    まだ希望がある

    早兵逃避行IF2 数日後、二発目の新型爆弾が投下され、甚大な被害があった。更にその後、日本はポツダム宣言を受諾し、降伏した。早乙女が兵部に銃口を向けたあの日から十日と経たない内のことであった。
    「……もう僕らには関係のないことだ」
     潜伏先に選んだ東南アジアに位置する王国は世界的な戦火を免れ、豊かな緑と活気ある市場を残していた。未だ国際情勢の混乱は気がかりではあるが、とりあえずは戦争の終結の報に安堵する、そんな楽観的な空気が感じられる。そうでなければどこの者とも知れない自分を気遣ってご丁寧に英字新聞を渡してくれたりはしないだろう。
     兵部はそれを捨ててしまうか迷った末、やはり早乙女に持っていくことにした。
     宛てのない逃走の旅は兵部の力があれば海も国境も関係なかった。西洋の血の入った兵部の顔立ちは、軍服を脱げばこういった国ではさして怪しまれず市井に馴染むことが出来た。
     だが、人の心ばかりはどうにもならない。この世界で誰よりも自由であるはずなのに、まだ絡みつくような後悔がある。
     あの日、日本に残っていればまだ出来ることがあったのではないか。その念は拭えない。そして大勢の人や仲間を守ることを捨てて選んだ男は未だ、悄然と落胆の中にいる。
     こうして食料を調達して戻っても兵部に食べろと言うばかりで殆ど口に運ぼうとしない。兵部が手渡した新聞には目を通したようだが、書かれていた内容に触れることはなかった。
     人目を避け、森の中の洞窟を利用した隠れ家からは日が暮れると星がよく見えた。水場が近く、訪れた時にはかつて誰かが利用していた痕跡のあった場所だ。焚火の炎が揺らぎ、薪が音を立てる。
     これからどうするのか、未だ先は見えない。彼には人生の目標が必要だ。そしてそれが兵部にとっての目標となる。
    「隊長……。未来のこと、教えてください」
    「未来、か」
     早乙女は願われるままに彼の見た予知映像を話して聞かせた。
     各地で巻き起こる暴動。摩天楼の如きビルディングが破壊され、鉄の戦闘機が強大な力を持つ超常能力者によって墜とされる。それを率いるのは今の兵部とは似ても似つかない、短気で乱暴な王。彼は若いままの姿で反乱の首謀者として三人の仲間を引き連れているという。
    「仲間というのは?」
    「日本人ではなかったな。二十代ぐらいの青年と、三十代ぐらいの男、後の一人は女性だった」
    「どんなひとですか?」
    「……興味があるのかね。髪が長くて色の白い、ほっそりとした美人だったよ」
     君も異性が気になる年頃だろう、と早乙女は遠い目で笑う。しかし兵部の関心事はそこではなかった。今語られた特徴は明らかに「破壊の女王」のものではない。
    「他には?」
    「ああ……そうだね。もう一人女性がいた。あれは日本人かな。髪の短い、まだ若い娘さんだ。彼女は念動能力者のようだった」
    「――、」
     おそらくそれが「女王」だ。兵部は確信した。しかし早乙女の見た予知ではどうやら彼女は端役でしかなく、兵部が直接イルカから見せられた未来とは異なる。どんな意図があってか、イルカ達は兵部に繰り返しその予知を見せた。彼らはそれを確実に起こる未来と言っていた。
     ならば、早乙女が語る未来が僅かに異なる理由があるはずだ。考えられる可能性としては伊-八號の脳の解析が十分でなかったために誤差が生じたか、早乙女の兵部への期待、がそのように受け取らせたのか。
     初めて未来の予知を見せられたあの日から、兵部は「女王」の姿を忘れられない。同じように早乙女は兵部の姿を強く脳裏に焼き付けたとしたら。
    「未来の君は、美しかった」
     早乙女は何度もその言葉を口にした。嘆美と陶酔を込め、この時ばかりは歓喜に色めいた声で言う。失意の中で唯一輝く希望だ。彼は兵部を傍に呼び、幼い子供にするように黒い髪に指を通し、頭を撫でた。
    「映像は不鮮明なものだったが……この髪は白く、表情も随分と大人びていた。だが、年の頃は今とそう変わりない、神秘的な姿だった」
     今の兵部にその姿を重ねるようにじっと顔を覗き込む。
    「あ、あの、隊長……。その、僕はどうしてその未来で年を取っていないのですか」
     熱のある視線から逃げて、兵部は身を逸らした。
     あの未来は数十年先の遠い未来のはずだ。早乙女の見た兵部が若い姿というのは計算が合わない。
    「……。おそらくテロメアを超常能力で操作しているのだろう。同盟国の動物実験にそういった報告書があった。例えばげっ歯類は通常数年で寿命を迎えるが、せっかく作り出したエスパー生物がそうであっては割に合わない。だからこれを延命させて効率よく運用しようという試みから発見された方法だ」
     まるでそこに資料があるかのように早乙女は研究の骨子を諳んじた。その内容の詳しいところはもう少し噛み砕いてもらわねば兵部には分からない。
     だが、手掛かりさえあれば理論は不要だ。時勢柄、高等教育の類を受ける機会には恵まれなかったものの、超常能力に関して兵部には天性の勘が備わっていた。身の内から溢れる能力をどう使えば上手く行くか、自然と理解できた。加えて、生来勤勉な性質である。見出した可能性に対して努力は苦になるどころか楽しみですらあった。
     鍵になるのは言うまでもなく生体制御だろう。仲間の志賀は念動能力と電気制御の力を持っており、その応用で人体を活性化させ、傷口を塞ぐことが出来た。まだ試したことはないが、彼の戦死の折に雷撃能力を受け継いだ兵部も理屈の上では同じことが出来るはずだ。
     しかし傷の治療は兎も角、肉体の普通の仕組みをそこまで操作するのは現実的に可能なのだろうか。しかも老化の制御となるとそれは一生に近い長い時間続けなければならない。それは無茶を通り越した神業だ。
    「超常能力は常識を覆す力だ。私はそこに人間の意志の力が大きく作用すると考えている」
    「意志の、力……」
     兵部はかつて出会ったドクイツの少年のことを思い出した。ヨハネス・ファウストだ。彼も同じことを言っていた。当時11歳だと告げた彼の姿は明らかに十代後半から二十代の体格で、兵部も彼との出会いの後、同世代の少年より早く肉体の成長期を迎えた。今も、実年齢は15歳だが外見はもう二つ、三つ上と言っても違和感なく受け取られるだろう。
    「京介。君が何かを強く望む時、君の力は爆発的に発揮されてきた」
    「…………」
     思い当たる所はある。仲間の危機や死を前に、止め処なく溢れる水のように力が沸き上がった。父親の研究によればそれは能力の成長に繋がるが、同時に濫用することで母親の起こしたような破滅的な暴走事故の危険性があるとされている。もし制御することが出来たなら、可能性はあるのではないだろうか。
    「君にはその力がある」
     父親は兵部を信じなかった。しかし早乙女は誰よりも兵部の力を信じている。
    「隊長。隊長は僕にどうなって欲しいですか。未来の僕が暴動の先導者なんて信じられないけど……僕は隊長が望む僕になりたい」
     震える腕を伸ばして早乙女の凶弾を防いだ時、銃を向けられた動揺はあったが、それ以上に彼に自分を殺させてはいけないと思った。彼は大人だが、大人だから強いというわけではない。戦争は全ての人を傷つけ、彼もまた傷ついている。傍に居なければいけない。
    「少し考えさせてくれ。……今までと同じように君が成長出来る道を探そう」
    「はい。……はい!」
     柔らかに微笑む早乙女の瞳には燃える焚火を映して希望が灯っていた。
     彼は兵部にとって一番大切な人だ。未来――「女王」の姿など気掛かりなことはあるが、あれはまだずっと先のことのはずだ。今は、隣にいる人を支えていたい。
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