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    k_kirou

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    k_kirou

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    だいぶ荒いので(略)。次の話で完結予定。完結版は清書後にまとめて出します。支部とかに。

    早兵逃避行IF7 足音が駆けてくる。爆発物でも炸裂したかのように壊滅した室内で、兵部は静かに目を伏せた。この破壊を為した兵部に転がる死体を悼む資格などないが、せめて死後の安寧は祈ろう。場違いな軍装の胸に当てた手は冷たく、血潮は穏やかに流れる。
     昏い瞳を開いたのと作業服の男達が騒々しく踏み込んで来たのは同時だった。その中の一人が兵部に通信機を差し出す。
    「京介、首尾は」
    「制圧完了です、隊長」
     遠く待つ人に向け、兵部は成果を報告した。
     今日は一つ、早乙女を裏切った同盟組織を潰した。繋がりが多くなるとどうしてもこういったことは増えるものだ。死傷者をもって解決するのは心苦しいが、相手は話し合いの成り立つ国家や個人ではなく、武力を信条とする組織だ。であればやむを得ないことだと諦めも出来た。
     そして、超能力のない、精々が銃器で武装した人間など兵部の敵ではなかった。
     非合法組織の抗争として処理されるだけの粛清には隠密行動すら必要ない。正面からドアや壁を吹き飛ばして侵入し、抵抗した相手と標的の首を十把一絡げに絞め上げるかねじ切るかするだけの簡単な任務だ。
     人を殺すのは気が進まないが、武器を持って向かってくる相手に遠慮なく能力を行使することは同時に幾らかの気晴らしになった。
    「少佐殿、ご苦労様です」
     遅れて入ってきた背広の男に目を向ける。兵部より一回り以上年嵩の東洋人はこのところ早乙女に重用されている部下のひとりだ。彼らのような者は軍服の階級章を見てそのように兵部を呼んだ。早乙女の組織は彼を頂点とする以外、明確な上下関係や序列といったものは無いのだが、軍人崩れの人間がこういった非合法組織で階級で呼ばれるのは珍しいことではない。
     軍での最終階級は中尉であった兵部が少佐の階級章を付けるに至ったのは、早乙女の指示によるものだ。確かに、彼の右腕として侍る者が尉官では格好がつくまい。協力者の中には兵部たちと同じように軍を経て来た者もある。二階級の進級とは縁起が悪いと思いながら、あの日、銃を向けられてここに立っている境遇には相応しい。
    「戦闘員は全員無力化した。トラップは解除したし、金庫の鍵も開けてある」
     情報回収を任務とする男に引き継ぎの情報を伝える。感応能力を使えば兵部の感知した物事を余さず共有出来るのだが、彼らは早乙女と異なり、能力者に触れられることを嫌がる。
    「有難うございます」
     そして男は腰の銃に手を伸ばした。
    「よせ!」
     遮るように手を翳し、制止する。瓦礫に隠れて生き残った末端の構成員――兵部といくつも変わらないような少年が逃げ出して行くのを見送る。
     男は兵部に蔑みの目を向けた。所詮子供だと、視線が語る。
    「目的は組織の壊滅だ。殲滅じゃない」
     皆殺しにしろという命令は受けなかった。それが必要なら早乙女はそのように指示している。
    「僕は帰投する。後は隊長の命令通りに」
     男が何と吐き捨てたか、兵部は聞かなかった。
     蕾見家別邸での伊號装置奪取から数ヶ月が経ち、早乙女の組織と情報網は急速に拡大していた。未来予知の能力があるイルカの脳を得た――そのように喧伝することで、あたかも早乙女自身が自在に未来を知ることが出来るかのように期待させ、時には信頼を得るために期待通りではないが嘘でもないと予知の一部を明かして取引を有利に進めた。無論、死んだ脳は人々が望むようなことを語りはしない。そして膨らんだ組織は不穏分子を孕む。
     先の男もそうだ。利益を同じくするうちは早乙女を裏切ることはないが、面従腹背といったところだろう。
     ここまで専ら戦力として早乙女に付いていた兵部も幾らか組織の運営めいたものを任されるようになった。資金の管理に重要な相手との交渉など、年若い兵部には手に余る上に自分には向いていないと感じられたが、早乙女が他の者に任せられないと判断した事柄を預けられることは嬉しかった。少なくとも今日のような粛清行為を繰り返すよりずっといい。
     更に、組織がより盤石なものになり世の情勢が落ち着けば、早乙女は兵部に資金の一部を任せ、彼の裁量で自由にしていいと約束した。そうなれば兵部にはやりたいことがあった。以前日本を訪れた際に目にした恵まれないことも立ち……とりわけ居場所のない超常能力者の子供を、かつて早乙女が兵部に手を差し伸べたように支援してやりたい。兵部のような強い能力がなくとも、思うように生きていけるだけの手伝いがしたい。
     それは贖罪とも言える夢だ。
     不二子の一件から、早乙女に対する疑問は常に燻り続けている。だが、他に行く道が無いのも事実だ。早乙女と意見を違えたところで、彼は兵部にいくらでも自分の妥当性を説いてみせたし、力づくで早乙女と衝突したところで意味がない。早乙女を置いてどこかへ出奔したとしても何かが得られるわけでもない。
     初めは全てを失った早乙女を生かすためだった。彼の望む自分になることが彼の希望であり、活力となり、彼の心を助けると信じていた。それは不正解ではなかった。しかし、正しい行いでもなかった。
     それでも最早兵部にも早乙女しかいないのだ。だから心を殺してでも彼の望む通りにする他はない。人を殺すことも、誰かを傷つけることも兵部があの未来に至るために必要なことだ。その道程がどんなに間違っていたとしても、それだけは果たす。
     たとえ破滅に続く未来であろうと、力を持つことで出来ることはあるのだ。
    「隊長、戻りました」
     高度な超常能力者にとって距離は些細な壁でしかない。本拠地に帰還した兵部は真っ先に早乙女の執務室に顔を出した。
    「よくやった、京介」
    「……はい」
     仕事の手を止めて立ち上がって出迎え、頭を撫でる手を嬉しく思う。早乙女はいつもこのように兵部を褒めた。
     年齢を考えれば過剰に子供扱いされている風ではあるが、この手と声が唯一兵部を安心させるものであった。まるで正しいことをしたかのように錯覚する。
    「作戦遂行も、移動もまた一段と速くなったな」
    「そうでしょうか」
     謙遜を口にしつつ、その自覚はあった。能力を伸ばし、求められるまま多くのことを成す。その先に兵部の――早乙女の求める未来がある。
     じっと早乙女の顔を見た。穏やかな目の奥に陰鬱な狂気と野望が滲む。それは決して喜ばしいものではないはずだが、その闇に惹かれ墜ちることはひどく魅力的で楽だ、と思えた。
    「どうかしたかね」
    「いえ……」
     父のために全てを使い切った母は同じ気持ちだったのかもしれない。狂気を知りながら、どんなことをしてでも望まれるままに報いたいと願ってしまう。もし母親と同様に能力を暴走させ、この人を道連れに自滅することがあれば……幸福なのではないだろうか。「女王」と出会う道は絶たれることになるのは少しばかり名残惜しいが、きっと誰も怒ったり、失望することはない。
     下らない妄想だった。意図的にそうしない限り、今の兵部の力が限界まで必要とされること自体がまず有り得ない。
     自分も、彼も、弱い人間だ。全てに絶望した時、共に死にたいと願う愚かさを持ち合わせてしまった。
     兵部の薄笑みに理由を求めず、早乙女は言った。
    「急な話で済まないが、明日、日本へ行こうと思う」
    「日本、ですか……」
     不二子の死を偽装したこともあり、兵部にとってはあまり行きたくない場所であった。
    「あちらでは超常能力者――いや、これからは世界に倣って超能力者と呼称し、彼らを管理する公的な組織を立ち上げようとしているらしい。その実態がどういったものであるか、我々は早いうちに知っておくべきだろう」
    「そうですか。僕は……どうしましょう」
     旧陸軍超能部隊は広報活動も行っていたため、兵部の顔は日本の関係者に十分知られている可能性が高い。
    「流石に君を表立って連れていると騒ぎになる。だが、護衛は君以外考えられない。……私が最も信頼するのは兵部京介、きみだ」
    「――、」
     心臓を掴まれたように胸が高鳴る。
    「日本にいる間は不便な思いをさせるが、一緒に来てくれるかね」
    「もちろんです、隊長」
     何もかも間違えた現在に於いて彼から寄せられる信頼だけが真実だ。底の抜けた心にも温かいものが満ちていく。
    「隊長」
     腕を伸ばし、少しだけ踵を上げて首元へ縋る。背の伸びた今では子供の頃と違って宙へ浮いたり屈んでもらう必要なく届くようになった。背丈が変わってもそこにある温度はずっと変わらない。熱帯の夜も、厳冬の朝も共に過ごしてきた、生きている人の温もりだ。
     他の人間に聞き取られないように耳元で囁く。
    「僕、今催眠能力の訓練をしているんです。これがもっと自由に使えたら色々なことが出来る。作戦の幅も広がります」
    「そうか。夏見の能力だったな」
    「…………はい。もう少し練習したら、僕の作った幻をお見せしてもいいですか。隊長の助言が欲しいんです」
    「ぜひ頼むよ。参考にさせてもらう」
     催眠能力を自在に扱うことが出来れば、成長を止められなくても早乙女の目を欺くことが出来る。いや、兵部を見る者すべてを、欺くことが出来る。それに自己催眠を上手く使えば老化阻止の役に立つかもしれない。それはでたらめな生体制御で成長を止めるよりずっと現実的に思えた。
     もちろん、未来に老人の身体となった時の運動能力の減退については別に対策をしなければならないが……少なくとも数年から十数年の猶予は得られる。
    「さあ、支度をしてきなさい」
    「はい、隊長」
     促されるまま部屋に戻り、鏡の前に立った。意識を集中させ、髪の色を白く、あの日見た不二子と同じものに変える。投影機の中の未来の兵部はこの姿だったはずだが……どうにも間の抜けてちぐはぐな様子で、自分に似合っているとも、早乙女の言う美しさがあるとも思えない。
     早々に視覚への干渉を解いて、明日の準備に取り掛かる。戦闘での使用はリスクが大きく、まだ実用に足る水準には至らない。だが、一時的に別の人間に見せたり、見たことを忘れさせたりといった使い方なら隠密行動が必要な日本できっと役に立つだろう。
     早乙女は同盟組織のことを完全に信用していない。自身の組織に集まったものたちですら、かつての超能部隊の皆に寄せたような信頼を彼はおいていない。
     だから、早乙女を守るのは兵部の役目だ。
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