アン兵(カ号百景1/5) 深夜、目が覚めた。時計の針は三時半と少し。思いの他はっきりとしている意識にしばらく考え、衣服を身に着ける。上着は……まぁいいだろう。多次元軸の最短ルートでヒノミヤの滞在する船室へ飛ぶ。
「ヒノミヤ。……起きろ、ヒノミヤ」
気分良く寝付いている相手を起こすことに我ながら横暴が過ぎる反省はあるにしろ、早寝してろくに相手をしてやれなかったのだからきっと喜ぶという確信があった。こいつは僕の事が好きだから。
「ん……うん? 兵部?」
案の定、寝ぼけまなこを擦りながら特に不快感無く目を覚ます。これも寝起きは良い方だ。
「やぁ、おはよう。昨日はほったらかして悪かったね」
「……いま何時だと思ってんだよ」
時計なんか見てないくせに体内時計は正確だ。礼として正しい時刻を教えてやる。
「デートでもしようか」
目を瞑っていても難なく歩き回れる我が家のうち、幾つかの場所を思い浮かべてひとつに座標を定める。目覚まし代わりに指を鳴らして、暗い船室から転移。僕の場合、船内の移動は大概テレポートだ。何しろ広いからね。
「……どこだよ、ここ」
「君もよく知っているところさ」
ここもどちらかと言えば暗い場所ではあるが、照明を落としても仄かな人口の灯りが絶えないのだから面白かろう、という計らいだ。半端に身を起こしたまま連れて来られたヒノミヤは立ち上がって周囲を見回し、液晶やランプに灯った緑や橙、赤の光を認めて現在地を把握する。
「操舵室か」
「そう」
「俺、裸足なんだけど」
「掃除は行き届いているから安心したまえ」
沖合に停泊中の現在、この部屋は無人だった。
物珍しさにヒノミヤはゆっくりと室内を見て回る。船の操舵室は海上の視界確保を理由に夜間、照明を落とすことを前提に作られていて、彼の目でも歩くのに不自由はない。
言葉もなく足音がひたりひたりと緩慢に続く。三歩に対して一歩の調子でそれを追う。液晶が発する光が横顔の色を染め、照らされた陰影に満足する。
やがてヒノミヤは前面に位置する窓の前で足を止めた。
月光の下で白波が踊る。その音はここまで届かない。機器の発する微小なノイズを除けば、静かだ。
「いい眺めだな」
「だろう?」
テレポートで一息に距離を詰め、首元へ腕を絡める。さっきまで眠っていた体温が近くなる。
「今から、どこへ行こう」
夜明けはまだ遠い。