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    gt_810s2

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    ※銀時の架空の母親・ネグレクト表現あり※

    本編の銀時の家族を否定する意図はありません。
    死体の中に放置された子供、現代で言うなら捨て子に等しいのでしょうが、彼が同じ境遇に置かれた時に今の感覚であれば確実に児童養護施設に預けられるのが妥当です。
    その場合、彼は護られて生きることになります。それが腑に落ちなかったので、本当の母親なのかもわからない顔も知らない女性を彼の母親役として宛がいました。

     暗愚で怒りっぽい父だった。だが、厳格故に人の信頼を得、俺が家を出るまで質のいい服を着て母親の作った美味い食事を腹に入れることが出来たのは、父親が臆病とも言えるほどに権力に忠実だったためだ。否定するつもりはない。強い者に媚び、弱い者を厳しく叱れば己とその家族の安全は護れるのだから。ひょっとしたら父親なりの愛情表現が、俺を常識という名の秩序で縛り圧することだったのかもしれない。ただ俺とは合わなかっただけだ。
     それは今世に限った話ではない。妙に太い眉も、怒鳴った時に肩を上げる仕草も、感情的になっても手を挙げない姿勢も、記憶の中の父親と全く同じだった。

     夢を見てから三日が経った今、記憶の中の俺と、俺自身の境目は限りなく薄くなっていた。まるでひとつの体を二人で分け合うようだ。それでいて、記憶の中の俺は別の人間ではない。まるで俺という人間が、記憶と人格それぞれ生き別れ、ようやく出会い一つになったように。

     スマートフォンが振動して木造りのテーブルを震わせ、鈍い音が響く。画面に表示される名前はこの三日間ずっと変わっていない。万斉のところに行くと話してから帰っていないのだ。あいつのこの態度も当たり前だろう。俺の常識ではそうだ。だが、記憶の中に生きる男なら、連絡のひとつも寄越さなかったかもしれない。黙って見つけ出してくるか、放っておかれるかのどちらかだ。男はきっと俺を待っているのだろう。冷蔵庫にあった二人分の食料で一人分の食事を作り、一人分の洗濯物を片付け、二つ並んだ布団のうち片方に潜って眠り、扉が開くのを待っている。夢が連れて来た坂田銀時という男の姿は、俺が知るよりもいくらかろくでなしだった。違う生き方をしたから当たり前なのだろう。俺だって、記憶とは僅かばかり態度が違う。だが記憶に生きる俺は、それを寂しく思うのだ。
     画面を指先で撫でると音が止んだ。未だ、銀時とどうなるかの答えを出すことは出来ていなかった。

    ****************

    「はあ? 家出?」
    「家出じゃねェ。勘当だ。……高校は退学になるが、必要な書類は全て集めて父親のサインも貰った。転学については問題ないが、あとは寝床がない」
     信じられないものを見る目で俺を見た癖に(正直、俺が奴でも同じ顔をする)、銀時は文句の一つも言わなかった。溜息は聞こえたが、リュック一つ分の荷物を抱えた俺を下の階の大家のところ連れて行った。スナックを経営しているという中年の大家は、家出なんて何を馬鹿なことを、と煙草を咥えながら睨みつけてきたが、銀時は「しゃーねえだろ、コイツが決めたら今更何言っても覆す訳ねえよ」と間に入った。護られたようで不服だったが、言う通りにした。
     新聞配達員のアルバイトを紹介され、銀時と一緒に働くことになった。銀時は早朝から働き、学校に行っては眠っていたが、俺は意地でも眠らなかった。朝五時には家を出て十六時頃に帰り、日付が変わりかけた頃に予復習と家事を終わらせて布団に沈み意識を飛ばす毎日。
    「よくそんなにお利口に勉強するもんだな」
     珍しく二人とも休日に家にいた雨の日、銀時はそんなことを言ってきた。銀時はこのアパートに置き去りにされた赤子だった。物心ついた頃には殆ど帰らず、銀時が寝ている間に金だけ置いていった母親の顔を、奴は覚えてないと言う。辛うじて残された衣類から女だから、恐らく母親なのだろうと言っていた。
     ライフラインが止まったことはなく、テレビで言葉はわかるようになっていて、三歳頃には置いてあった金を握り締め、近所を歩く大人を捕まえて「めし」と言うと、小さな子供がお使いを頼まれたと勘違いして家の真裏にあるスーパーに大人が付き添って買い物をしてくれ、食事にありつく手段を得たという。もう一人でスーパーに食べ物を買いに行けるようになっていた六歳の銀時が、十数分の買い物から帰ったある日、テーブルの上には通帳と印鑑が置いてあった。そこで銀時は母親の名前を知った。特に感傷はなかったと言う。もう一人でスーパーに食べ物を買いに行けるようになっていた六歳の銀時が、十数分の買い物から帰ったある日、テーブルの上には通帳と印鑑が置いてあった。そこで銀時は母親の名前を知った。特に感傷はなかったと言う。
     その後松陽と会わなければ、学校というものの存在すらも知らずに銀時は生きていたのだ。大家も俺たちが中学生の頃に代わり、それ以降は大家が世話を焼いてくるのだと言う。そんな生活をしてきたからだろうか、銀時は学校というものに存在価値を見出していないらしい。高校ぐらいは出なければ就職出来ないと大家の強い勧めで近所の公立高校に進学したものの、毎日つまらなそうにしていた。
    「誰の手も借りずに生きていけるようになりたい。……生涯だ。それには俺の価値を高めるしかねェだろ」
    「ふうん、そんなもんかね」
    「お前は行かないのか」
    「あ?」
    「大学。……お前の親が置いていった金は、入試費用と入学金ぐらいは払えるんだろう」
    「まあな。子供が育つのに必要な……一千万? それぐらい入ってたよ。自分で働けるようになってから手は付けてねえけど、行こうと思えば行けるんだろうな」
     興味はないが、と付け加えた銀時を黙って見つめると、銀時はばつが悪そうに頭を掻いた。俺が行く道を銀時に押し付けたい訳ではなかった。だが、単純に勿体ないと思ったのだ。いつも授業で寝ている癖に赤点をとったことのない男が、人生に価値を感じず、自分自身に価値を感じずに終わっていくことが。子供の頃から特に仲が良かった訳ではない。考え方の違い、気質の相性から喧嘩ばかりしていた。
     認めていない訳ではなかった。ただ、全てを諦めたような瞳で俺の先を行く姿が悔しかったのだ。それに気付いたのは中学生の時だった。離れてはじめて、俺が銀時に感じていた劣等感を自覚したのだ。くだらない奴らと関わって、銀時が恋しくなったことも。だから銀時のところにきた。
    「張り合いがない。お前がいないと……つまらない」
    「あ? なんだよ、そんなキャラだっけ」
    「三年間ずっと思っていた」
    「三年? あぁ、お前がここに転がりこんでくる前の、ってことか?」
     頷くと銀時は目を丸くして、考えるようなそぶりをした。そのあと暫く口を利かなかった。喧嘩をした訳ではないが、恐らく銀時の機嫌を損ねたのだろう、と思った。あんな風に長々と話すのも、あの日偶々雨が降っていて銀時の日雇いのアルバイトが中止になり、俺も図書館に行ってまで勉強する気分になれなかっただけだ。
     ただ妙に子供の頃のように道場に二人で行って喧嘩がしたくなったのを覚えている。今思えば、俺はあいつに、あいつ自身に期待させたかったのかもしれない。
     銀時が進路調査票に俺と同じ大学の名前を書いたのは、その三ヵ月後のことだった。
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