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    gt_810s2

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    gt_810s2

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    「それで? 銀時がここ数日死んだ魚の目をしているのはそれが原因か」
    「そうか、アイツの目が生き生きする時があるとは知らなかったよ」
    「……高杉、お前は昔から自己完結し過ぎだ。もう少し人の話を」
    「親父にも言われたよ、二度も同じ話を聞く気はねえ」
    「お前、親父さんに会ったのか」
     幼年の頃から俺の世話を焼きたがるのが、この桂小太郎という男だった。
     俺の父親に会ったことも数回しかない癖に、まるでよく知った間柄のようなことを言う。銀時の家に転がりこんだ時も、唯一反対したのがこの男だったと記憶している。出会いのことは覚えていないが、気付けば後ろにいて、ぶつぶつ小言を繰り返す。耳が痛いこともあったが、大抵は規則を守れ伝統を重んじろという話がほとんどだ。家の前に立たされた俺にマフラーを持ってきたり、俺を気に食わない連中が悪事を押し付けてきたところに割り込んできたり、何かと世話を焼いてきた。
    「いっぺん死んだくれえじゃ、変わりゃしねえな。俺も、お前も」
    「何の話だ」
    「いいや、こっちの話だ」
     口をついて出た言葉は、どちらかといえば、今目の前にいる男とここに立っている俺を指し示すものではない。桂小太郎という男と、高杉晋助という男を見た感想だ。講武館にいた時も松下村塾にいた時も、攘夷戦争の折も、テロリストに成った時も、松陽を救うため戦った時も、そして今、この時代で生きてきた時も。遠くとも近い距離にこの男は居座っていた。松下村塾一の石頭。頑固で面倒くさくてちょっとやそっとじゃ引き剥がせやしない。桂はずっとそういう男なのだ。
    「保証人にな。……いつまでも臭いものに蓋をしてたって何も変わらねえ。いつかは片さなきゃいけない日が来るだろ、俺にとっちゃ今がその時だったってだけだ」
    「そうして銀時のことも片したということか」
     閉口した。せざるを得なかった。銀時のことをあれで終わらせられたと思ってはいない。そもそもあの程度で終わりにするような男なら何も苦労はいらないのだ。表情を読んだか呼吸を聞かれたか、何かを察したのか桂は溜息交じりに続ける。
    「銀時もお前も、解っている癖に伝えないことが多すぎる。高杉、お前は確かに人の話を聞かないが、本音や事実を簡潔に伝えるからお前がどういう人間かは本来わかりやすいんだ。どういう道を行くかがはっきりしているからこそ、お前を受け入れるも拒むも、周りは選べる。……だがな高杉、何故だかお前は、銀時にはその選択肢を与えてやらん。だから拗れるんだ」
     滅多にない耳が痛い桂の言葉のうち一つだ。確かに銀時に対してだけは言葉が浮かばないことが多かった。他人と違い、あいつが考えていることも、何故食い違うのかもわかるから、決定的ないくつかの言葉で充分だとしてきた。俺たちはお互いのことを理解していたから、言葉で補完することが煩わしかったのだ。気に食わなければ拳をぶつけ、怒りは視線で交わしあい、悲しみは空気で伝え合った。喜びを笑顔で向け合った時には照れくさくて視線を逸らすこともしたが、それでも、十二分にわかった。他の奴らにするように、いちいち言葉にしなくても、わかっていた。
     きっと、恐らく銀時もわかっているんだろう。俺が何故銀時に背を向けているか。そして、本当にやり直すつもりがないのだということも。だから笑ったのだ。あれは、あの瞳は恐らく、覚悟を秘めていた。
    「とにかく、近日中に話し合えよ。……お前には他人の全てを勝手に推測して納得する癖もあるぞ。大方当たっているようだが、その分、外した時の修正も下手だ」
     お節介な幼馴染はそれだけ言うと出て行ってしまった。万斉とは大違いだ。いちいち俺のところにきて、過干渉で、面倒だ。あれから何度か会ったが、万斉はもう何も聞いてこなかった。それは俺がどういう人間かを、あいつは知っているからだ。そして、銀時の方に寄り添うつもりがないからだ。万斉はいつでも心地のいい距離で俺の側にいた。あいつが何か干渉して来なくとも、俺は俺のやりたいようにやると、ある種の信頼を俺に向けていたからだ。だから俺も万斉のすることにケチをつけたことはなかった。俺たちはそういう関係だった。思えば俺の一番の理解者は万斉だったのかもしれない。前世でも、今世でもだ。そして理解していたからこそ、奴は俺に踏み込まないことを選んだ。つかず離れず、俺は奴から背中を隠さないし、奴も俺の背中から目を離すことはしなかった。
     対して桂は俺と銀時、どちらにも寄り添いたいのだろう。一番面倒な役回りだ。昔から馬鹿な男だった。もうとっくに武士としての誇りを捨てているような奴らに真剣に武士とはなんたるかを説いてみたり、学もない癖に親が金を出してくれているおかげで進学出来ている阿呆共に勉学に励み自ら進路を決めることの素晴らしさを語ってみたり。いつだって己の中にある公正さから食み出ず、愚直に生きる男だった。だから俺が奴の道を踏み荒らした時には警鐘を鳴らしにきた。それは俺の道を踏み外すことと同義だからだ。俺たちは目標を共にしたり、何かを託し合ったりしたことなどない。ただ、離れていても側にいた。意識などしなくとも、俺の中に桂はいた。
     食堂は静まり返っている。呼び出された時にはまだ空は白かったはずだが、いつの間にか雲に朱色を混ぜて光らせる夕陽が遠くに見えた。
    「……修正が下手、か」
     話し合ってどうこうなる問題ではない。これは、俺の感情の問題だ。
     銀時はもう十二分に苦しんだ。俺がこのことを話せば、今もう一度手を伸ばせば、あいつは再び背負わなければならなくなる。もう不要なものだ。前世の俺と銀時がそれを手放さないのは、俺たちが俺たちであるために必要だったからだ。捨てずに己と戦い続け、剣を振るい、どんな傷を負っても歩みを止めないことこそが俺たちの生きる意味だった。きっと俺のもとにこの記憶が戻ってきたのは、前の人生でそれが足りなかったのだろう。一度全てを捨てた男が再び未来のために生きていけるように、護りたいもの、愛するものを手放さないで生きていけるように戦った。託して、それをあいつは受け入れて、そうして望む未来は訪れた。だから俺は隣にいられたのだ。もう何も捨てたくないと願った男の前から逃げることは、あいつから奪うに等しかった。
     いや、本当はあいつの願いを隠れ蓑に、俺があいつのそばから離れたくなかっただけなのかもしれない。
     今世での銀時は、家族の愛は持たなかったかもしれない、物心ついた頃にはゼロで、そこから始めたのかもしれない。だがこれから、あいつのところには大切なものが増えていくばかりであるべきだ。そこに余計な荷物は混ざらなくていい。希望も絶望も、強さも弱さも、何もかもを背負って生きてきた男が、平凡な暮らしを手に入れたのだ。なら、まだ大きな傷にならないうちに俺のことは手放してしまった方がいいに決まっている。もうあいつは何かを失う必要も、失ったものを数える必要も、ましてや、失う苦しみを思い出す必要などない。
    「あーもう、うるせえなあ……俺は……」
    「まーまー! そう固いこと言わんと。おっ、高杉ぃ! 久しぶりじゃのう!」
    「ぎん、とき」
    「………………そういうことか」
    「お?」
    「帰る。くだらねえことしやがって」
     食堂の入口、辰馬に手を引かれてきた銀時は俺の姿を見止めた瞬間に表情を落とした。本当にお節介な奴だ。辰馬は大学で知り合った男で、地元では名の知れた企業の取締役の末息子で、気のいい男だった。桂とは恐らく俺や銀時よりも馬が合っていたように見える。銀時とも、俺や桂よりもバカ騒ぎをして盛り上がっていることが多かった。この場を用意したのも、俺たちをどうにかしようという想いからだろう。桂の背中を押したのはこの男か。誰の味方にもならない、誰に寄りそうこともしない癖に、俺たちが本当にしたいことのために場を整えてしまう、妙な男だ。銀時の背が遠ざかっていく。三人の友がそれぞれの方法で支えてきた俺の足は、それでもそれを追いかけることは出来なかった。
    「銀時! 気にならんのか、お前らは放っておくといつまでも喧嘩を拗らせて」
    「喧嘩じゃねえ。……喧嘩じゃねえんだろ、もう、俺を喧嘩の相手にすらするつもりはねえんだろ。高杉」
     辰馬の声を遮った銀時の声は、震えていた。
     気に食わなければ拳をぶつけ、怒りは視線で交わしあい、悲しみは空気で伝え合った。喜びを笑顔で向け合った時には照れくさくて視線を逸らすこともしたが、それでも、十二分にわかった。わかっているつもりだった。そのはずの男は、見たことのない顔をしていた。まるで全て失ったかのような絶望を瞳の奥に満たし、期待することを諦めたかのように笑っていた。その顔をさせないために放したはずの手は、いつの間にか鋭利なナイフを握っていた。そしてその刃の先が銀時の内臓を抉っていたことを、俺は今この瞬間、はじめて自覚した。鉛のように重かった足は、縄で引かれたように駆けだしていた。
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