冗談だと言ってくれ 予感はしていた。が、確信は持っていなかった。
諦め悪く龍脈を捜し歩いた俺のように鬼兵隊の連中が赤子を見つけた時も、桂が神妙な面持ちでその身柄を預かったことを話しに来た時も、辰馬が相変わらず能天気な顔のまま忙しい商いの合間を縫って地球へやって来たときも、興味がないふりをして聞き流した。
目の前に現れた少年は大方予想通り、幼い頃に散々見飽きた容姿をしており、羽衣草に似た瞳の中に閉じ込められると息がしにくくなるのだ。場が重くて仕方ない。ずっしりと全員の気まずさを含んだ空気は肌に纏わりついて陰鬱な気分にさせる。
「頼みがある」
「開口一番それかよ、相も変わらず俺の話を聞くつもりとか一つもないのな」
「必要か、俺のこの身体について」
「……いらねえよ。知ったって知らなくたって、お前が俺に何やらろくでもない頼み事を考えてるのは変わんねえんだろ」
「あぁ、よくわかってるじゃねェか」
昔と同じ、最後に見た時と変わらないチビの癖に態度だけはデカい、憎たらしいツラ。何がおかしくて笑ってんだ。こっちの気分は最悪だ。腕の中で冷たく重くなったあの日の感触が蘇ってむずむずする。本当に人のことを考えやしない奴だ。
思考が繊細な癖にむこう見ず、それは自分可愛さの保身も何もないからだ。悪いことじゃない。欲に対する献身が払わせる対価を代償だと捉えず進める奴ほど強い者はいない。
「それはなに」
「ああ、血中酸素濃度を測ってるらしい」
「……何ができんの、それ」
「血圧を記録してる。あとは月に一回の採血と輸血、薬品を入れ替えての点滴、X線撮影……」
「やめておけ高杉」
桂が制すと、管で繋がれた腕輪が着物に隠された。晒された肌は健康そのものだというのに、何故そんなことをする必要があるのかはわからなかった。
「いいか銀時、俺はもう大して動けやしない。……昔みたいに暴れようもんなら、息が上がって倒れちまう」
「はァ?」
「湖の底から浮かび上がるように記憶が少しずつ蘇ってきて、また子らと話すより先に俺は剣をとったよ。……だがこの体はそれを許しはしなかった」
龍脈の中から現れ異教の少女に抱かれた赤子は村人たちから恐れられた。噂はたちまち広がり、虚という存在について把握していた政府関係者の耳にも届いた。
過度に虚――アルタナの恩恵を受け不老不死となり母星を滅ぼそうとした未知なる生命体を恐れる者は多い。松陽が己と争い続けたことも、数百年、数千年にわたり苦しめられてきた虚の苦痛も何もかも数値や資料には残らない。
幸いにも高杉はもう不死の体を持たないらしい。自ら研究者たちの前で腕を斬りつけ、半ば強制的に行なわされた身体測定の最中倒れたことで漸く桂の申し立てが通り解放された。その後はそよ姫――現大統領が根回しをしてくれて、定期的な健診を条件に城下で普通に暮らしているという。
「この身体が今どんな状態だろうと、怯まねえお前らの方が奇特なのさ。監視下に置いておきたい、あわよくば俺の殺し方も知っておきたいというのが連中の本音だろう」
「高杉」
「本当のことだろう、ヅラ。この見た目にあてられて妙な気ばっか使うんじゃねえ」
「何度も言わせるな、人間の尊厳を奪うようなやり方が許せないだけだ。……それこそ、先生が浮かばれない。人類のこういう姿勢が、虚を生み出したのだから」
再び沈黙。小さな貸会議室の窓はブラインドが閉じられていて新しい空気はおろか太陽の光さえも部屋の中に寄越してくれない。
「で、頼みってなんなの」
肩を回すと筋肉が解れて、多少は重苦しい空気に縛られた身体が楽になった。辛気臭い話は御免だ。高杉に不死の力が現状ないと言うのなら、それこそ出来ることなどないだろう。
「暫く俺をお前のところに置いてくれ」
「…………は?」
変な方向に動かした肩がズキズキ痛む。予想していたろくでもない頼み事のどれでもない、思考の端にも浮かんでいなかった言葉を呑み込むのには暫く時間が要った。
高杉は頭のひとつも下げることなく、ただそれ以上は言葉を発さずに俺を見つめ続けていた。