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    gt_810s2

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     重たい瞼を持ち上げると、見知っているはずの見慣れない顔が目の前にある朝も三回目。
     憎たらしいほどに柔らかく指通りがよさそうな髪の毛は陽射しを受けて淡く光っている。この髪質を俺が手に入れたらきっと今とは違った人生を歩んでいた。自然と手が伸びてしまいそうなこの髪の毛を持っていたなら。
     らしくないことを考えた手が布団からはみ出すのに気付いてすぐ、背の後ろに隠した。敷布団同士の隙間は数センチにも満たず、手を伸ばせばきっと届いてしまう。どうしてそうしたいのかはわからなかった。腕の中で息耐えた魂がまだこの世で生きていることを確かめたいのか、はたまた別の欲求か。後者であればその感情をなんと言うのか、明らかにしたくはなかった。だから代わりに布団の中に埋めた掌を握り締めて、一度解いて、空気を撫でてみた。
     体温はすぐそばに、目の前にあるというのに心のうちを虚しさに撫でられたようだ。
    「銀時」
     目覚めがいい男――少年は、意識の覚醒と共に瞼を開いた。昏い鸚緑おうりょく色の瞳は俺を責めるでも赦すでもなく、ただ沈黙のままこちらを見つめていた。
     俺が息を吐けば高杉が吸い、高杉が吐きだせば俺が吸い込んだ。
     ふたりぶんの時が絡んで一緒に動く。だが俺達の時間だけでは生きていられない。きっとあと数十分もしないうちに定春と神楽が目覚めて足音がする。その前に新八がやって来るかもしれない。幸福な時の流れにこんなにも急かされる気になるのは、きっと俺が欲張りなのだろう。
    「……お前のこと、なんて呼んだらいいの。俺」
     答えは俺が決めなければならない。高杉に委ねることではない。だが、聞かずにはいられなかった。
     俺自身でさえちっとも理解出来ていない心情を瞬きをするよりはやく汲んだらしい高杉の視線は、やはり俺から離れなかった。
    「好きにしろ。俺が誰なのか、決めるのは俺じゃない」
    「高杉晋助、それ以外に名を持たないんだもんな。お前を高杉と呼ばなけりゃあ、なんて呼んだらいいかもわかんねえや」
    「また子に謝られたよ。俺を諦めることが出来なくて済まなかったと」
    「神様じゃあるまいし、仕方ねェだろうにな」
    「それでも人の身に過ぎた願いだ。それこそ、神にさえ許されていない」
     この少年を高杉と呼ぶことと、高杉として扱うことは別だ。熱心な信徒が神のお告げを信じるように、記憶を有したこの少年を高杉であると信じることは誰にでも許されている。だが、すべての人間が理解出来ることではない。高杉と関わる誰しもが同じことを考えるとは限らない。信じる自由があるように、信じない自由も存在するのだ。
     高杉晋助という男の人生の終焉をたしかに見届けた俺はどうしたらいいのか、答えを見つけられる気はしなかった。
    「つまるところ俺は、てめェの扱いすら決められちゃいねェのさ。……亡霊だった頃とも違う。とうにおっんだ男の記憶を引き摺ったまま生きることがどれだけ妙なことか、実際にこうして生かされてはじめて解った。先生にあの日俺が告げた帰ろうという言葉は、きっとある側面では残酷だったんだろうな」
     成熟していない声が耳に張り付いて染みていく。簡単に越えられるはずの布団の端と端の隙間が、目で見えるよりずっと遠く離れて感じられた。俺は高杉が視ているものを知ることは出来ない。
     松陽にさえ理解することは出来ないのだろう。だがそれでも、俺よりは理解するための材料をきっと多く持っている。
    「先生はどうして、俺をここに送ったんだろうな」
     らしくない問いだった。高杉が俺に何かを求めることも、こんな風に弱音じみた言葉を漏らしたことも記憶の限りほとんどない。
     こいつが今目の前にいることが松陽の意思であるかどうかでさえも、確かにそうだと述べられる者などいない。だがそれでも。
    「生きて欲しかったんじゃねえの。……国がどうとか、松陽がどうとか、そんなもんじゃなく、ただ、てめェのためによォ」
     崖の上で松陽を斬った瞬間、確かに俺達の何かが終わった。
     俺は空っぽのまま彷徨い、高杉は空になることを拒んで屍を集め、桂は空である己を埋めるものを求めた。
     ようやく俺達は自分の中に在るものを知ることが出来たのだ。それが決して失われないことも、手放したくなどないものだったということも。そう、たとえばここで死んでも悔いがないと笑ってしまえるほどに満たされていたのだと。
     高杉も桂も、俺のように無様にしがみ付くことなんて出来やしない。自分勝手に、気ままに生きることを許さない。だからきっと小難しく考えることも多いんだろう。だからこれは俺にしか言えないのだ。
    「やめだやめだ。くだらねェこと考えちまった。……答えなんか出せなくたって、どこにもなくたって、今お前はここに生きてんだ。きっとそれが答えだってことさ」
    「ハッ、答えになっちゃいねェな」
    「いいんだよ、それで。らしくねェことばっか考えて疲れちまった。……もっかい寝るわ」
     答えは返ってこなかったが、暫くして微睡の中に意識を溶かす前に薄目で覗くと、高杉も目を閉じていた。今はこれでいい。また次に目を覚ましたらどうせ、俺達は同じように顔を合わせているのだから。きっと口喧嘩をして殴り合い、張り合い、これからも生きていかなければならないのだ。
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