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    秀二🐻‍❄️

    ヘキの墓場🪦
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    坊メ

    凍てつく花が眠る「ぬぅ……」

     ここ最近、坊ちゃんはやきもきしています。無意味に頭を掻いてみたり、その場をぐるぐる回ってみたり落ち着きません。なぜか。ここ最近、月島との時間が少ないことが原因でした。頭の中は月島のことでいっぱいで、いつものわんぱくさもなりを潜めています。例に漏れず今日もそんな様子でした。

     毎日のお勉強は相変わらず月島が見てくれていますが、朝晩の身支度には別のメイドがやってきます。普段、よほどのことがない限りは月島が世話をしてくていたのに。坊ちゃんとしてはもうこの役目は月島のものだと思っていましたし、事実そうでした。けれど待てど暮らせど月島はやって来ません。お勉強を見てほんの少しだけおしゃべりをして、坊ちゃんと離れた場所へ仕事に行きます。いくら坊ちゃんが子供とはいえ明らかに避けられていると勘付きました。坊ちゃんは全くもって不満です。

    「おい、まえやま」
    「なんでしょう、坊ちゃん?」

     前山は月島と一番親しいメイドです。そのためか、月島の代わりにやって来る頻度が高めでした。月島が気を回してくれたのでしょうか。

    「月島はどうした」
    「えぇと。今はお庭の手入れをしています」
    「ないごてっ。それはまえやまの方が得意だろう!月島じゃなくてもいいのに!」

     前山は眉を下げ、少し弱った様子です。チャームポイントのふっくらとした唇は何か物言いたげでした。

    「……坊ちゃん、ごめんなさい。私だって何も意地悪でこんなことをしているわけじゃないんですが、月島さんちょっと今は都合が良くないみたいで」
    「それは……月島がおいのこと嫌がっとるってことか」
    「え!まさか違いますよぉ!」

     前山は両手を振り否定します。どう言われても、月島の意思で避けられているという事実は坊ちゃんの顔を曇らせました。月島と親しい前山からの情報となると、もう疑いようもないのです。

     前山は坊ちゃんと月島を並べて説教したい気持ちになりました。本当に月島は坊ちゃんが嫌になっただとか、そういう理由で顔を見せないわけではないのです。前山にも確信的な分かりませんが、何やらこれまでにないことがふたりに起きたようでした。
     前山は様子がおかしい月島をさりげなく追求しましたが、何があったのかまでは聞き出すことができませんでした。ただ、仏頂面の彼らしからぬ表情で察するものがありました。坊ちゃんについて話す月島は熱でも出たのかと言うほど顔が真っ赤でした。鬼軍曹もかくやという屈強メイドの影はどこにもなかったのです。

    (あの顔…坊ちゃんに見せたかったな)

     坊ちゃんが月島のことをどう思ってるかなんて、この大きなお屋敷で知らない者はいません。知らぬは本人たちだけです。あとはいつ坊ちゃんが恋心を自覚するかと言う様子伺いをしていましたが、どうやら坊ちゃんは確信を得たようです。月島のことをそういった意味で好んでいると。
     態度の変わりぶりは面白いほどで、月島への独占欲がむき出しになりました。これまで以上に月島月島と甘え、そのうえ月島も坊ちゃんに対して常にない態度ですので、メイド達は次はどうなると微笑ましく観察していました。

     生暖かい目で見られていることを知ってか知らずか。月島はある日両頬をばちんとその屈強な腕で持って叩き号令を出しました。

    「お前ら、しばらく代われ!」

     渾身の力で叩いたせいで、月島の頬は真っ赤になりました。並の人間が引っ叩かれたのであれば半泣きになったでしょう。

     その日から月島は修業だとばかりに体力を使う仕事に励むようになりました。庭の整備、大きな袋に入った食料品の運搬、倉庫の整理などなど。他のメイドの分担も率先してこなし、汗を流す毎日です。つきものを落とそうとしているかのように。今この瞬間も、庭であくせく働いていることでしょう。

    (これは焦ったい)

     坊ちゃんから顰蹙を買うのも、その顔を曇らせるのも。二人を会わせないよう努めるのももやもやしてたまりません。

    「よし!」
    「なっ、なんだまえやま」
    「坊ちゃん、ちょっとお願い事が」







    「むんッ」

     ザクッ

     振り下ろした鍬は地面に深く刺さります。庭の手入れを終えた月島は、畑を耕していました。

     鯉登家の土地は広大です。立派なお庭や水場がありますが、土地の一角には畑もあり自家製の野菜を育てています。これは鯉登夫妻の要望ではなく、ほぼメイドたちの趣味も兼ねていました。ここで作った野菜を使った料理は鯉登一家にも評判で、皆時間を見ては甲斐甲斐しく野菜の世話をしていました。

     ザク ザク ザク

    「むん、むんッ」

     月島は一心不乱に畑を耕しています。もう十分すぎるほどに耕されていますが、本人はそれどころではありません。

    (心頭滅却……)

     雑念を振り払うため鍬を振り上げては下ろし、振り上げは下ろし。額には玉の汗が浮かび、メイド服も汗を吸っています。後のひとっぷろが楽しみだと月島はひそかに微笑みました。風呂で汗も汚れも雑念も落とし切ってしまおうではないか。

     ここ最近、本当によくない。寝ても覚めてもとにかくよくない。起きていても寝ていても、月島は坊ちゃんのことが頭から離れません。
     坊ちゃんの笑顔、泣き顔、むくれ顔、美味しそうにご飯を食べている顔。初めて出会った時の信じられないほど小さく可愛かった時の顔。そして、己を見つめるあの顔。

     育った環境により並の子供よりは大人びています。しかし子供であることに変わりはありません。
    そんな可愛い坊ちゃんがあの出来事を境にひとりの男になってしまったような気がしました。
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