「お待たせ、伽羅ちゃん」
ぐるる、と唸った喉は返事だろうか。のそりと起き上がった体がぶるりと振られる。ぴんと立った耳からふさりとした尾まで揺らしてから、顎がベッドに乗せられた。
「ふ、どうしたんだい」
ふす、と鼻息がこぼれ、ちらりと金色の目が光忠を見る。
「…ちょっと暑いね。エアコンつけておこうか」
リモコンで操作すると同時に視界の端で尻尾が揺れた。相変わらずふさふさとしているが、会った頃に比べるとずいぶんスマートになっている。日中の気温が上がるにつれて冬のふわふわしていた毛が生えかわり、夏を過ごしやすい短毛に変わったのだ。隣に行って尾を撫でれば、ぱた、とまた一度、床を撫でるように揺れる。
「……疲れた?」
そんなことはないだろうとわかっていながらもそう聞けば、ゆっくりと瞼が下りた。まるで呆れられているようでおかしくなってくる。
「ね、伽羅ちゃん。シャワーしてゆっくりしよう」
それでも懲りずに促せば、ぐるる、と喉が鳴り、ゆうらりと狼の体が揺らぎ始めた。輪郭が空気に溶けるように滲み、重なるように異なる形が生まれていく。何度となく見ているが、何度見ても、ふしぎな光景だった。多分、大倶利伽羅はあまり見られたいとは思っていないと思う。それでもときどきこうして目の前で見せてくれるのは、自惚れてもいいなら、光忠が好んで見つめていると知っているからだろう。惹かれるのだ。周囲の光と混ざり、水彩の絵の具を溶くように滲み、変わっていく。きれいだと思う。
「…これぐらいで、疲れはしない」
「うん」
「……あんたは、」
「ん?」
ベッドに凭れるようにして見つめたままでいたら、溜め息混じりに髪を撫でられた。あたたかな指先が髪を拾って、かきあげて、こめかみ辺りに触れていく。
「少しは休め」
「ふ、うん、わかったよ」
そんなに動き回っているつもりはないのだが、確かに今日は大倶利伽羅の前で朝から忙しくしてしまったかもしれない。クローゼットから着替えを出し、シャワーに向かう背中を見送ってちいさく笑った。