目が合った瞬間、見つけた、という顔をされて笑ってしまった。手を上げればその頬にわかりやすく笑みが広がる。
「鶴さん! いま大丈夫かい?」
「あぁいいぜ。込み入った話かい?」
「っあ、ええと、うん。そうだね、いいかな」
もちろんだと頷いて、出たばかりの研究室のドアを開けた。周りにいた学生たちにもわかるように音を立てて鍵をかけておく。
「好きにかけてくれていいぞ。奥が散らかってるのは気にするな」
「相変わらずだね。また増えたかな」
「すこしだけな! 棚にはもう入らないが、部屋に収まってるから大丈夫だ」
奥で雪崩を起こしかけている本や資料と、そこに混ざる大小さまざまな箱を見た光忠が楽しそうに笑う。紙の類は大学で使うものもあるが、それ以外は大体旅先で気に入って買ったり貰ったりして持って帰ってきたものだ。またなにかやろうかと言えば、お手柔らかにねと肩を竦められてしまう。以前音の鳴らないハーモニカをそうと言わずに渡したからだろうか。だったら次は食べ物にしておこうか、と鶴丸はひとり頷く。
飾り気のない事務椅子に腰を下ろした光忠の向かいに座り、それで、と促した。話したいことがあると、と顔いっぱいに書いてあるのだ、なにかあるんだろう。そわりと視線を揺らし、ええと、と話の切り口を探しているようだ。
「まずは夏休みのことなんだけど、」
「あぁ、それなら日時を決めた。今年は部活のメンバーで集まって試合をするんだが、その準備の手伝いを頼みたい。あとはおにぎりだな」
「うん、任せてくれ、――って、おにぎり?」
「お、言ってなかったか」
「聞いてないかな?」
「はは、すまんすまん」
忘れていたと笑えば、しょうがないなと言いたげに目を細められた。こればかりは本当に忘れていたのだが、話はそうややこしくもない。
「俺がうっかりきみの作るものはうまそうだってこぼしたせいだ」
「え?」
「文字通り、食いついたやつが何人かいてなぁ。いや、学生の食欲はすごいな」
「…鶴さん、部活で何を話してるんだい?」
くすくすと笑う声に聞かれ、世間話だ、と胸を張れば光忠はもっと笑った。たまに弁当を持ってきているのを見たことがあって、それがいつもうまそうだったのだ。最近はそれにプラスして、教えてくれるやつがいる。
「そうだ、それに伽羅坊も、きみの料理は褒めるからな」
「………え、?」
うんうんと頷いていれば、予想外に驚いた顔をされてしまった。
「うん? どうした」
「二人で会ってるの?」
「!」
そのままびっくりしたように聞くのに、つい目を輝かせてしまう。
「なんだ、言ってないのか! はは、そうかそうか、ひみつなんだな。やるじゃないか伽羅坊!」
「わっ、鶴さん危ないよ」
大げさに腕を広げたら、指先が何かに当たったらしい。デスクから落ちかけた箱を光忠が止めてくれる。それから、こちらを見て溜め息を吐くように笑った。
「どうしてうれしそうなのか、聞いてもいいかい?」
「もちろんだ、むしろ聞いてくれ」
「じゃあ、どうしてかな?」
「そりゃあこんなとびきりのニュース、うれしくないわけがない!」
そう言って、膝を打つ。続きを促す光忠だってもう嬉しそうだ。
大倶利伽羅が、こんなに小さな秘密を持った。話さないことや言わずにいることはあるだろう。あの男は、狼でもあり人でもある大倶利伽羅は、とても根が優しいと鶴丸は思っている。だからその必要があれば、なにかを隠すこともあるかもしれない。偽ることもあるかもしれない。
でも、これは違う。
言いたくないと思ったのか、言いたくないと思った理由があるのか、なにを思ってのことまでかはわからない。だが、隠す必要もないだろうことを、隠したという事実が、鶴丸には嬉しい。
「そんなことは、人しかしない。それもきみ相手にだ、ずいぶん可愛いことをすると思わないか?」
「……そこ、僕が同意していいのかな?」
「だがすでにきみも、うれしそうだ」
「っ、だって鶴さん、これは、」
「仕方ないよなあ」