ねえねえあのね 眠らなくては、いけないらしい。
らしい、というのも村雲江は本日昼過ぎにこの本丸に顕現したばかり。初めてのご飯お風呂その他諸々を終えて五月雨江と同じ部屋で布団に寝そべっていた。
(眠れなかったら起こしてもいいって言ってくれたけど)
村雲江と違ってあっという間に眠ってしまった五月雨江の掛け布団がゆっくり上下している。彼は本丸を案内がてら他の江の者達と引き合わせてくれて、更に合間に綺麗なものをたくさん見せてくれた。付きっきりで面倒を見てくれたのだからきっと疲れているだろう。眠れないから一緒に起きていてなんて、己の我儘で起こしてしまうのは躊躇われた。結果村雲江は眠るという感覚が掴めぬまま、黒い部屋の中でただただ横たわって過ごしているのだった。
ちゃんと眠らなくてはと、五月雨江に背を向けるように寝返りをうってぎゅっと目を瞑る。あれこれ考えてしまうからそちらに気を取られて眠れないのかもしれない。息を吸って、吐いて、吸って。
(――あれ?)
自分のものとは違うリズムの音が微かに聞こえる。五月雨江の寝息だ。
それはゆっくり何度も背に当たり、寄せては返す様がかつて見た海の波のようで。村雲江も気が付けば五月雨江に合わせてゆっくり吸って、吐いて、吸って、吐いて。
(なんだか楽しくなってきたかも)
雨さんが起きたら波のようだったと話そう。雨さんは海を見た事があるだろうか。この本丸からは海は見えるのかな、大きな畑や林があったけど山は近いのかな。知らない事ばっかり。明日もいっぱい色んなものが見たいな。明日も雨さんと――
「おはようございます。よく眠れましたか?」
目を開けると部屋が明るくなっていて、枕元に座った五月雨江がこちらを覗き込んでいた。揃いの寝間着から初めて見た時と同じ服に変わっている。さっきまで並んで横になっていたはずなのに。何が起こったのか把握が出来ないまま身体を起こして頭を振ると、少し遅れた薄桃色が頬を叩いた。
動いたせいか乱れた寝間着の襟元を五月雨江が整え、そのまま頬から耳の上へと滑るように指が過ぎていく。紫の目がほんのり弓形に変わった。
「寝癖が出来ていますね」
「俺、寝たの……?」
「はい。私が起きた時にはぐっすり眠っていましたよ」
朝の身支度をしましょうと言って立ち上がった五月雨江を追うように布団を跳ね上げ、村雲江は彼の上着の端を慌てて掴んだ。
「お、おはよう雨さん! ねえ聞いて」
あのね雨さん。昨日ね雨さん――