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    s_toukouyou

    @s_toukouyou

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    s_toukouyou

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    コナン/快新
    コナンはずっと快斗と新一が好きなんだよなあ

     書斎から持ってきたミステリー小説。長時間リビングに居座るためのコーヒー。前日にふわふわにしておいたブランケット。己が用意したものを満足げに見まわして、工藤新一は小説を片手にソファに座った。一番ちょうど良い姿勢で小説の表紙をめくる。
     今日は素晴らしい休日になりそうだ。
     江戸川コナンでいることにはとっくに慣れたが、たまには小学生のふりをしなくてもいい時間がほしかった。そういうときは博士のところに泊まりに行くといって、こうして自宅で思うがまま、気が済むまで小説を読みふけることにしていた。そして一人の時間がほしいという思いを尊重して、沖矢さんは気を利かせてだいたい近くのホテルに泊まりに行ってくれる。別に追い出したいわけではないし、勝手に来ているだけなのだから、放っておいてくれたら家にいてもいいのだが。
     そのあたりの問答はとっくに何度も重ねていて、結局新一が折れることになった。そうやって気遣いの上に成り立つこの時間を新一は大事に思って、ありがたく満喫することにしている。
     今日もその予定だったのだ。素晴らしい休日になるはずだった。招かれざる客が窓からやってくるまでは。

    「やあ、兄さん。こんばんは」
     かたん、と窓が開けられた音に反応して、意識が小説の中から浮上する。窓辺にはシルクハットにスーツを着た男がいた。思わず胡乱な目を向ける。
     一応死んでいるはずの男がひょいと出てこられても反応に困るのだが。
     生きているかもと思い始めたのは、実父がふとした時に妙な言い回しをすることに気が付いた時だった。
     しかしこうもあっさりと姿を見せられるとなんとも言えない気持ちになる。
    「ちょっとお風呂借りたいんだが、いいかな?」
     もちろん良くない。開いたままの本で口元を隠して、じとりと睨みつける。
    「頼むよ」
     睨まれた原因に心当たりはあるのか、すこし苦笑しながら男はもう一度頼んだ。
     新一は小さくため息をついた。
    「あんたの家はあっち」
     江古田の方角を指さして、再び本に視線を落とす。
     実の息子より先に生きていた父親と話すつもりなどなかったのに。
    「今夜はタイミングが良くないんだ」
    「居るからだろ? なおさら会いにいってやれよ」
     小説から視線はそらさないままぴしゃりと言い返すと、シルクハットの男は困ったような笑みを浮かべた。
    「今会うわけにはいかないんだよ」
     諭すような言い方だった。それに眉根を寄せる。
    「もしかして、嫌われるかもと思ってる?」
     死んだと思った父親が実は生きていた。
     まあ本来ならばうれしいことだが、それだけですむかは人による。
     生きていたのなら、どうして連絡してくれなかったのだと思うこともあるだろう。それに傷つくこともあるのだろう。心配と愛が反転することも時にはある。
     シルクハットの男は口元に笑みを刷いたまま、何も言わなかった。
    「ちゃんと怒られて来い」
    「手厳しいな。わかっている。あの子にはいつか全部話す。ただ――」
    「それは今日ではないってだけ、だろ」
     まあ何をいっても聞く気がないのは分かっていた。
     ひょいと肩をすくめて、新一は風呂のほうを指さした。
    「風呂はあっち」
    「ありがとう」
     ひらりと手をふって、新一は今度こそ小説に集中した。
     子供の立場から何を言っても、親は親の考えがある。会話をするつもりがない相手と話したところで意味がない。
     自分にとってなじみ深いほうの怪盗のことを脳裏に描く。
     父親に振り回されるのは、お互いさまらしい。
     いっそのこと今から電話して呼び出してやろうか。


    -------------------------------------

     突き刺さるような殺意。狙われている。
     ビルの屋上でキッドの衣装を身に纏った黒羽快斗は素早くあたりを警戒した。
     遠くのビルに妙な反射光が見えたことに一層気を引き締めた。
     早くここから離脱しようとしたその瞬間、快斗の優秀な耳はサイレンサーが付いている銃の発砲音を拾い上げた。とっさに飛びのくと、直前まで立っていた場所に弾丸がめり込んだ。
     近づいてくる靴音。銃を構えた黒尽くめの男がビルの中から姿と現す。初めて見る顔だ。なんにしてもスネイクの同類だろう。
    「おやすみ、キッド。永遠の眠りにつくといい」
     柔らかな口調とともに引き金が落ちる。目の前から飛んでくる弾丸を避けると同時に遠くから迫ってくる殺意を感じた。着地点を狙って狙撃されたのだ。むりやり身をよじって二発目を避けるが、相手が体勢が整うのを待ってくれるわけもない。
    「あっはっは、どこまで避けられるかな?」
     三発目。立ち上がることをあきらめて床を転がる。
     四発目。床を這うような姿のまま跳ねた。翻ったマントの裾が弾丸に引き裂かれる。小さく舌を打った。
     近距離と長距離から交互に飛んでくるは着実にキッドを追い詰めていた。
     次は避けきれないだろう。どこかには被弾してしまう。であるならば、いっそのこと、多少の負傷は覚悟で飛んでしまうか。
     正面に立つ黒尽くめの男の銃口を睨みつけつつ、視界の端で妙な反射光が見えたビルのほうを気にする。快斗の目は迫りくる弾丸を捉えていた。
     乗り越えるためにフェンスに手をかけた、その時。
     飛来していた銃弾に何かがぶつかった。小さな、それこそ銃弾のような小さいものだ。まさか銃弾に銃弾をぶつけたというのか。
     しかし驚愕に支配されている場合ではない。誰の介入かはわからないが、好機である。フェンスをつかむ手に力を込めて、体を持ち上げようとした。
    「なに勝手に人の男ボコってんだ、豚箱にぶちこむぞ」
     唐突に冷ややかな声が頭上から降ってくる。その場にいた全員の意識が一瞬快斗からそれた。屋上よりも一段高いところ、給水塔がある場所に、一人の男が立っていた。
     星々が輝く夜空を背に黒い髪に蒼い目の男が立っていた。。快斗には見覚えがあった。見覚えどころではない。この男に変装するために諸々調べたこともあった。工藤新一、その人である。
     事態を理解するのが遅れた黒尽くめの男が、思考を取り戻そうとしたその瞬間、工藤新一がぽいと投げ捨てたものが屋上の床とぶつかって甲高い音を立てる。
     スタングレネードだ。自分もよく使うものに咄嗟にシルクハットのつばをつかんで降ろし目をつむり、耳をおさえ、口を開く。光の影響が過ぎ去ると同時に黒尽くめの男を確認した。
     何をしたのが、黒尽くめの男は倒れていた。その横にしゃがみこんだ工藤新一は男の脈を確認しているようだった。
     工藤新一が無事であることを確認しつつ、狙撃手がいるだろうビルのほうに視線を向けた。
    「名探偵、早く! 隠れろ!」
    「なんだよ。ああ、狙撃か? もう何とかなってるだろ」
     工藤新一を引きずって物陰に隠れるようにうながすが、工藤新一はスマホを取り出してなにやら確かめた後あっさりとそういった。
    「……あー、そうですか。それで、なにを」
    「それより良いからお前ちょっと隠れておけ」
    「は?」
    「公安と顔合わせたいなら止めねえけど」
    「はあ!?」
    「いいから、早くしろ。俺が良いっていうまで出てくるな」
     息をつく暇もない。工藤新一に背を押されて、倉庫の中に隠れる。
     何があるか分かったものではないので、キッドの衣装から人ごみに紛れるための地味な服装に着替えて、野球帽を深くかぶる。
     誰かの足音が聞こえ始めて、じっと息をひそめる。何も聞き漏らさないよう、耳をそばだてる。
    「工藤くん」
     走ってきたのだろう。息が荒い男の声。すぐさまにその声を脳内のデータを照合する。これは……毛利探偵事務所の階下にある喫茶ポアロで働いている男の声ではないだろうか。
    「ああ、こんばんは。降谷さん、あの男です」
    「君が撃たれたのか」
     ふたり分の足音。ごそごそとなにかをあさる音。あの黒尽くめの男の持ち物を確かめているようだ。手錠の音。どんな音も聞き逃さないように神経を研ぎ澄ます。
    「ええ、そうです」
    「……まあいい、それで君はなんでこんなところに?」
    「偶然ですよ。近くで殺人事件があったのは知っていますか? 現場の近くで挙動不審な男がいたので、犯人かと思ってつけてみたんですよ。どうも厄介な組織みたいなので降谷さんに通報させていただいたというわけです。さすがにつかみ切れませんでしたが、この男にはどうやら共犯がいるようです。まだ近くに潜伏しているかと」
     しれっと工藤新一は答えた。
     嘘をつけと黒羽快斗は思った。
     名探偵の登場方法を考えたら快斗よりも先にこの場にいたはずだ。
    「分かった、手を回しておこう。……そういえば、現場といえばキッドが犯行予告を出した美術館もこの近くだったか」
    「そのようですね。詳しいことは分かりませんが」
    「ふふ、ついでにキッドも捕まえられるかもしれないな」
     小さく笑う声に自然と体に力が入る。ここにいることに気が付かれた場合、どう切り抜けたものか。
    「かもしれません。それはそうと、スナイパーもいるようです。先ほど狙撃されました」
    「なっ、君、そんなことを後から言うんじゃない! 怪我は?」
     布がこすれる音がする。おそらく怪我の有無を確かめるために触れたのだろう。
    「ありません。しかし危険人物がこの周辺にいることは確かです。かならず逮捕してください」
    「ああ、言われずとも。最後にもうひとつだけ聞くが」
    「どうぞ」
    「ここには君しかいなかったのか?」
     緊張に拳を握りしめた。工藤新一の一存で黒羽快斗の進退が決まることに、言い知れない感情が皮膚の下を這いまわる。
    「はい」
     工藤新一の肯定はいっそ軽やかだった。気負うものがない様子で、自然だった。
     長い長い沈黙のあと、降谷と呼ばれた男は大きなため息をついた。
    「君もいい加減危ないことをするのはやめなさい。せめて誰かと行動するように」
    「善処します」
    「君ねえ……。もう、しょうがないな。今日はもう帰りなさい。僕ももう行く。ああ、あとで現場検証で人を来させるから、ここに残って捜査していたらバレるからな」
    「いやだなあ、ちゃんと帰りますよ」
    「どうだか。それじゃあ工藤くん、また今度」
     ずるずるとなにかを引きずりながら立ち去る足音が消えるまで沈黙は続いた。
    「っぱ公権力だな……。もういいぞ、出てきて」
     工藤新一のその言葉が聞こえたので、黒羽快斗はそろりと倉庫のドアを開けた。
     工藤新一はフェンスに近寄って、下を覗き込んでいた。
    「名探偵……」
    「問答は後だ、ここを離れるぞ」
     ビルの近くに泊まっていた車が発進したのを確認して、工藤新一は振り向いた。
     黒羽快斗は一瞬迷ったあと、すでに遠のき始めている工藤新一の背を追いかけた。
    「ああ、赤井さん? 今日はありがとう。助かった。また今度連絡する」
     歩きながらどこかに電話を掛けた工藤新一は、それだけを言って通話を切った。
     それをよそに快斗もポケットに突っ込んだスマホを見ずに、手探りで操作する。心配しているだろうキッドの助手に連絡する必要があった。手早く無事の符丁を打ち込んで、送信した。


     ビルを降りて外に出た後、適当に呼び止めたタクシーにふたりで乗り込む。
     本来であればビルを出たところで姿をくらましたほうがいいのは分かっているが、黒羽快斗は工藤新一に言いたいことがあった。
    「なんで助けに来たの。あのさ、オレの邪魔しないでって言ったと思うんだけど」
     工藤新一がこの世に復活したときに、そう言った。黒羽快斗が敵対している組織について探りをいれられたことがある。本人は善意だったろうが、黒羽快斗はそれを受け取るつもりはなかった。
     工藤新一からの応えはなかった。タクシーの運転手が喧嘩が始まりそうなぴりついた空気にそわそわしているのがわかるが、快斗の口は止まらなかった。
     危険から遠ざけようとしたのに、本人がのこのことやってきたのが気に入らない。助けられたことにははらわたが煮えくり返りそうだ。プライドがある。助けられたくなどなかった。獲物をとられることをおのれの復讐心は受け入れなかった。あるいは対等でいるためにも。
     ぎらぎらと怒りに輝く黒羽快斗の目を見て、工藤新一は冷笑した。
    「誰が助けたって? 俺は、偶然、いいか、偶然、近くを通ったら二人組の不審者がいたから通報して市民の義務を果たしただけだ」
     工藤新一は言いながら車の窓、高速で流れていく景色に目をやった。
     その襟元をつかんで無理やり目を合わせる。
    「だったらあそこにいなくたっていいでしょ」
    「オレは探偵だ。通報した男が捕まるのを確認しただけだ」
    「あのスナイパーは? わざわざ誰かに対処を頼んでたようだけど?」
     なんだか危険なにおいのする会話に運転手はドキドキのようだったが、それを気にしている余裕はない。
    「たまたま日本に来ていた知り合いと一緒だったから、もう片方の不審者がどっかいくから、そっちの尾行を頼んだだけだ」
    「助けられる義理はない」
    「オレもお前にそう言った」
     なんのことだと思ったが、かつてこの工藤新一がまだ小さかったころのことを思い出した。江戸川コナンと呼ばれていた時だ。似たような会話をしたことがあると記憶が告げる。今の台詞を交換したような場面が脳裏に浮かび上がる。
    「…………人の男ってのは」
    「おまえ、人の男だろう。人間の、男」
     最後の最後に勇気を出してついにその点を聞いたというのに、そんな答えが返ってきたものだから、黒羽快斗は沸点を超えそうになった。
     この男! この男! この男!
     おもわず掴んだ襟元をがっくんがっくんと揺さぶってやりたくなる。
     鬱陶しそうに手を叩き落とされて、黒羽快斗は深呼吸を繰り返して無理やり気持ちを落ち着けた。そうだ、ポーカーフェイスを忘れるべからずだ。もう手遅れな気もするが。
    「……ありがとう、助かった」
     助けられたのは事実なので、感謝の言葉をなんとか絞り出した。
     どうしようもない。しょうがない。拒絶する理由がない。受け入れるしかない。
     言い逃れられたところで、受け取った本人はそれを善意だと思ったのだから仕方がない。
    「なんのことだよ。知らないな」
     そっけない言葉にまたこめかみに血管が浮きそうになる。
    「オレは好きにした。お前も好きにしろ」
     あー、そう。そっちがそのつもりなら、オレにも考えはある。
     一周回って頭が冷え始めた黒羽快斗の目は異様に据わっていた。



    「工藤くん、今日もありがとう。おかげで犯人をすぐ捕まえられてよかったわ」
     ころころと笑う佐藤刑事に工藤新一はにっこりとほほ笑んだ。
    「いいえ、お役に立てたようで、なによりです」
    「おーい、しんいちー! 迎えにきたぞ!」
     解決した事件現場から少し離れたところでそんな風に話をしていたら、遠くから声が聞こえてきた。現場の近くに張られた黄色いテープの向こう側で手をふる笑顔の男がいる。
     男は工藤新一によく似ていた。それこそ双子のように。
    「新一ってばー! 聞こえてるだろ、こら!」
     工藤新一が無視しているのはあからさまだった。黒羽快斗はテープの近くに立っていた警官に許可を取ってから、ひょいとテープをまたぐ。
     なにせもう日常茶飯事だ。この工藤新一によく似た男が迎えに来るのは。
     てててっと駆け寄ってきた黒羽快斗は、佐藤刑事にニコリと笑って、お疲れ様です!と元気よく挨拶をした。
     そして工藤新一にも笑顔を向ける。しかし工藤新一にはそのこめかみに血管が浮き出ているような気がしていた。この男、怒っているときほど笑うのだ。
    「もう終わりですよね? そろそろ夕飯の時間なんで、新一を連れて帰りたいんですけど」
    「ええ、大丈夫よ。工藤くん、あらためてありがとう。気を付けて帰ってね」
     明るい笑顔で手をふる黒羽快斗と、静かに微笑んで会釈をした工藤新一は、正反対だというのにやはりよく似ている。


     帰路についたふたりは静かだった。徐々に周囲から人がいなくなりはじめてから、工藤新一は口を開いた。
    「なんのつもりだ」
     あのビルでの一件があってから、なぜか黒羽快斗は工藤新一のところにおしかけてきて、あれこれと世話を焼くようになった。気が付いたら家に忍び込んで料理をし、出かけたらスケジュールが合う限りそばにいるし、合わなくてもこのように迎えにくる。犯人が逆上したら、新一が反応する前に取り押さえたりもする。別にそんなことをしなくていいと何度言ったことか。そのたびにオレがそんなのに負けるわけないでしょと返ってくる。まあ実際負けたところを見たことがないが。
     あと頼んでもいないのにマジックショーで暇をつぶしてくれるし、時には暗号をつくってくれる。これは良かった。もっと寄越してくれてもいい。
     なんなんだ、と思った。
    「なにが?」
    「暇じゃないだろ」
    「オレは好きにしてるだけ。お前が好きにしたように」
     舌打ちをひとつ残して、工藤新一は歩く速度を速めた。
     仕返しだ、と直感的に思う。悪意のかけらもない仕返しだ。だから妙に効く。
     善意に悪意を返せるような男ではないので、結局自分のテリトリーに踏み込まれても蹴りだせない。
     どうしようもない。しょうがない。拒絶する理由がない。受け入れるしかない。
     そう、どうしようもない!


    -------------------------------------


     大学の知り合いに連れていかれた合コンにかの名探偵がいた。
     文にしてしまえば一行でまとまるシンプルな状況だが、私にとっては天地がさかさまになるくらい衝撃的なことだった。なぜって、私は工藤新一のファンなのである。
     元は同じシャーロキアンであることに勝手に共感を抱いていただけだが、かつて彼が事件を解決する場に居合わせたことで、私はいっきに彼のことを好きになった。彼の推理の冴え、場をコントロールする力、色んなことが彼が素晴らしい探偵であると証明している。彼と同じ時代を生きていて良かった……と何度思ったことか。
     そんな風に信奉している相手が目の前にいるのだ。正気を保っているだけマシだと思いたい。
     私は彼の対面の席に座り、彼の話し相手をつとめるという栄誉を賜ったのだ。うきうきでホームズの話をした。少し世間話をしたあとに、おそるおそる水をむけたらにこにこで話に乗ってくれた。うれしい。
     ほかの合コン相手などもう気にしていられない。数合わせで連れてこられたのだし、もとよりすみっこでちまちまと料理を食べるだけのつもりだったのだ。それに他の相手にはこれ以上の縁を感じない。これから先関わり合いになる可能性が低い人と、今までずっと応援してきていた工藤探偵。どちらに軍配があがるからわかりきったことだ。
     それに、ほかの参加者はだいたい黒羽快斗に目を奪われているようだった。彼のマジックは確かにすさまじく、私もこんな状況でなければアホみたいな顔で手をたたき続けていたに違いない。黒羽快斗は東都大学の有名人のひとりだ。そんなに交流がない私でも彼の人となりはなんとなくわかるくらいには。
     しゃべりつづけて乾いた喉に麦茶を流し込む。こんな場だが、酒が飲めないのでひとりだけ麦茶だ。
     しかし、いったん落ち着いて周囲を気にする余裕が出てくると、なんというか、先ほどから視線を感じる気がする。誰に見られているのか確かめようとするとすぐに視線が離れて行ってしまう。少し首を傾げた。
     工藤新一に視線を戻すと、彼はにこりと微笑んでくれたので、私はてれてれと顔を伏せてコップを口元に運んだ。
    「そういえば、工藤さん」
    「なんでしょう」
    「以前怪盗キッドの現場に参加されたことありましたよね」
    「ええ」
     どうしてそんな話になったかというと、直前に見た黒羽快斗のマジックと工藤新一が珍しく何度も現場に足を運んだ怪盗キッドがマジシャンという、まあ単純な連想だった。
    「なんとなく思っただけなんですが、黒羽って、ああ、あのあそこでマジックを披露している人です」
    「大丈夫、知ってますよ」
    「あ、そうですか。あのう、黒羽のマジックってとってもすごいじゃないですか」
     正直私は黒羽以上のマジシャンはこの世にいないのではと、この正気に戻ったわずかな間で思わされていた。
    「そうですね」
    「キッドはどれくらいだったんですか?」
    「どれくらい、というと?」
    「黒羽よりすごかったのかなあと思いまして、実際見た工藤さんのご意見などを伺いたくなりまして」
     工藤新一は少し沈黙した。今までのレスポンスの速さと比べたからこそ、一瞬戸惑ったことがわかる。蒼い瞳をめぐらせて、彼は答えた。
    「彼のステージマジックを見たことがないので、なんとも……」
     ちらりと一瞬黒羽のほうに視線がいった。
    「ああ、キッドは大掛かりなマジックが多いですもんね」
    「ええ。まあでも、クロースアップマジックは甲乙つけがたいと思いますよ」
     工藤新一の言い方が妙に悩まし気だと思ったが、私は素直にはえーと相槌をうった。それはすごい。確保不能の大怪盗と同じレベルと工藤新一に認められているとは、黒羽はとてもすごいのだろう。
    「じゃあマジックだけじゃなくって、全体で見たらどうですか?」
    「全体?」
    「性格とか込々で。総合点つけるなら」
     そんな風に話を続けてしまったのは、なんというか好奇心だった。大した意図はない。
     工藤新一はまたしても黙り込んだ。しかも今度は長考である。
     私はかたずをのんで彼の答えを待った。
    「……………………キッド…………かな…………」
    「おおっ」
     私は思わず感嘆の声をあげて身を乗り出した。
    「おわっ」
     その後に思わず悲鳴をあげてつい仰け反った。
     工藤新一のそばにいつのまにか恨めし気な黒羽快斗がいたからである。
    「工藤……俺よりキッドが好きってわけ?」
    「まて、妙なことを考えるな。お前は百点満点の男だ、黒羽。お前のマジックは俺も大半が見抜けないし、明朗快活で友人も多い。困ってるやつは助けるお人よしで、俺もそういうところによく助けられてる」
     工藤新一はすかさず黒羽の頭を引き寄せて撫でた。黒羽快斗はさっきまでの恨めしさが嘘かのようにえへえへ笑っている。
     というかこのふたり、思っているよりも仲がいいのだなあと私はのんきに思った。
     のんきに思っていたが、えへえへ笑っていた黒羽の表情がいきなりすとんと落ちて、無表情になったのを目撃してしまってちょっと悲鳴をもらした。なんか怖かった。
    「でも、俺よりキッドを選んだんだろ?」
    「まあ……言うなればキッドは120点の男……いやもうちょっと上げてもいいかもな」
    「その加点どっから来てんだよ! 俺にも加点しろ、俺にも!」
     黒羽快斗はわかりやすく拗ねた表情をつくって、工藤新一にうざ絡みしていた。まあ友人が自分より得体のしれない男をほめてたらちょっとむかっとするかもしれない。
     工藤新一のほうはといえば、ふいとそっぽを向いていた。
    「かーてーん! かーてーん! 俺のご飯おいしいって言ってたじゃん! そのぶんちょうだい!」
    「……5点たしといてやる」
    「ええー! 足りないって、そんなんじゃ! じゃあじゃあマッサージは!? この前したやつ!」
    「……10点」
    「もっと! あと10点はちょうだい! いや6点でもいい!」
     とにかくキッドの点数を上回りたいらしい。
     このふたり、思っているよりも仲がいいのかもしれない。二回目の感慨であった。そんな手作りご飯とかマッサージが飛び出てくるような付き合いだと思っていなかった。
     周囲の人もそうらしい。珍しいものを見たという目で黒羽快斗と工藤新一のやりとりを見ている。
     彼らのやり取りを微笑ましく見守りつつ、まったく手をつけていなかった料理を食べ始める。少し冷めてしまったが美味しい。
     そんな風に料理に舌鼓を打っていると、ふと私の鼓膜は工藤新一が小さくつぶやいた言葉を拾い上げた。
    「お前の点数あげたら、キッドのもあがっちまうんだけどな……」
     驚いて顔をあげると、苦笑している工藤新一と目が合った。
     ないしょ、というようにウィンクされて、私はこくこくとうなずくしかなかったのである。
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