初雪 年の瀬も迫ってきた冬本番、夏油と五条は任務を終え高専の寮へと戻る最中の事。迎えの車が渋滞に巻き込まれてしまった為、電車と歩きで戻ってくる方が早いという結論に至り、男子寮の建物が見えてきた時だった。同じ歩幅で歩いていたはずの友人が立ち止まるので夏油は少し遅れて振り返り、来た道を数歩戻る。
「悟?」
「……雪だ」
五条が真上を見詰めながらそう呟くので夏油も反射的に上を向いた。時刻は既に夜十時、腹の虫が騒がしいのも忘れて二人は舞い始めた雪に息を吐く。負けじと白いその吐息が更に寒さを際立たせる。
「降ってきたね、このまま振り続けたら積もるかな」
「積もったらどうすんの?」
今だ上を見上げながら問いかけてきた五条へと視線を戻した夏油は一瞬考え込むように目を伏せる。
「雪寄せしたり、小さい頃は雪遊びもしたけど」
「雪遊びって、雪転がしたりするアレ?」
興味が降ってくる雪から逸れ、五条が自らの方を向いた事に夏油の心が微かに震えた。
「雪を転がすのは過程だよ。それで雪だるまを作ったり雪合戦をしたり」
「ふーん……それ、俺達でも出来る?」
真っ直ぐに見詰めてくる友人に今度は夏油が上を向く番だった。
「雪が積もればね。悟、雪遊びしたいの?」
「さぁ、やったことねぇから」
ちぐはぐな質問の答えに雪を見詰めていた夏油は、結局五条を見る羽目になる。幼い頃から五条家の次期当主だった彼は雪遊びをした事がない。自分が知らない友人の幼い姿を想像でしか補えない中、そのつまらなそうな顔を変えるのは自分が良いと夏油は思う。
「積もったらやろうか。硝子も誘ってさ」
「やる!」
五条の口元が柔らかくなったのはマフラー越しでも分かる程で、それ程までに気を許されているという事実は優越感に近い。この感情が正しさなのかを証明するものを今の夏油は持ち合わせていなかった。
「ん?なんだよ」
「いや、…悟、少しじっとして」
考え込んでいる間に何か気が付いた夏油は五条に対し真横からその表情を覗き込んだ。街灯が少し後方にあるせいで見えにくいな、と思いながら自然と伸ばされた両手は眼を保護していたサングラスの縁に触れる。弾かれる事無くそのまま丁寧に裸眼が晒されて暗がりに煌めく。
「やっぱり」
「あ?」
サングラスを傷付けないように利き手で持ちながら、もう片方の手で五条の睫毛に触れる。指先に感じる水滴と微かに感じるどちらのか分からない体温。夏油はそれを許されている事がどれ程なのかまでは思考が回っていない。
「悟って睫毛長いから濡れてる」
「は、」
「なんかキラキラしてるから何かと思ってさ。ごめんね、急にサングラス取ったりして」
そこじゃないだろ、と思った五条だったが言葉は形にならず夏油に奪われたサングラスは謝罪と共に手元へ戻ってきた。再び、寮がある方向へと進み始めた夏油の後に五条も続く。そうして建物が近付くにつれて暑さからマフラーを緩めると、隙間から漏れる吐息が濃くなった気がした。