歳の差夏五水族館デート 空は快晴、風は穏やか、本日絶好のデート日和。
サングラスを掛け真っ白のTシャツに黒のジャケット、セットアップの黒のパンツを履いた高校生にしては綺麗過ぎる出で立ちをした五条悟は待ち合わせ場所である駅の改札前に立っていた。携帯を見て時刻を確認すると、そろそろだな、と自然に笑みが浮かぶ。
「悟!」
「やっほー、傑。」
予想通り、直ぐに真後ろから叫ぶように名を呼ばれ、振り返って手をひらひらと振る。
「悟、今日も先に来てる。まだ十分も前だし、たまには遅刻ぐらいしてよ。」
「バーカ、そんなお兄さんが居るかよ。傑を一人で待たせる訳ないじゃん。」
「そうやって子供扱いしないでって言ってるでしょ。」
「はいはい、ちゃんと分かってるよ。」
分かってない、とむくれたのはこれから絶賛成長期に入る予定の夏油傑という小学生だ。年齢にしてはシンプルなデザインのシャツを着て、年相応の半ズボンを履いている。そして可愛らしい拗ね方は子供そのもので、見た目からもそう扱うなと言う方が難しい。だが、五条自身は本当に夏油を年下として見ている訳ではかった。
「僕は子供扱いじゃなくて傑を特別扱いしてるつもりなんだけど?」
「……そうやって言えば、僕が黙ると思ってるだろ。」
得意気な表情を向けながらそう言ってやれば、拗ねた口調とは裏腹に嬉しそうな表情を浮かべる夏油の姿が見れる。これが見たくて、喜ばせたくて言っているのだが、それを素直に教えてやる予定は今のところ五条にはない。
もし立場が逆で、自らが年下だったなら夏油に子供扱い等絶対にされたくないと五条は思う。だから今日とて、誰よりも大切なたった一人の唯一として扱うのだ。
「さて、今日はどこに行くか分かってるね?傑。」
「もちろん。」
二人は顔を見合わせるとにやり、と笑みを浮かべる。
「「水族館!」」
せーの、で揃えた声は輝く太陽の下に溶けていった。
「うわ、……すげぇ広い。」
都内某所にある水族館の入場ゲート前に五条と夏油は立っている。勿論、このままでは先へ進めないので早速場内へのチケットを購入した。支払いはそれぞれ自腹である。これも、対等でいる為のひとつ。
館内へ足を踏み入れると夏油はその受付の広さや天井から吊り下げられているイルカのバルーンへ視線を釘付けにされる。
「ここは都内でも大きい所だからね。傑は水族館初めてでしょ?」
「うん、悟は来たことあるんでしょ。」
「いや、僕も初めて。」
当たり前の様に放られたその言葉に夏油は目を丸くする。それを見た五条はそんな驚く?と笑ったが高校生になって水族館に来た事が無いのは珍しい部類に入るのではと思った。家族や恋人、修学旅行など、行く機会は割と多い。
五条はあまり家庭環境や出会う前の事を話さない。それについて本人曰く深い意味は何も無いらしいが、夏油は何となく深くは聞けずにいた。前に一度だけ両親の話をしてくれた事があったが、夏油家となんら変わらないありふれた家族の様に思えた。
もし、今五条が見せているその笑顔に隠された陰があるなら知りたいのに、いつも夏油は尻込みしてしまう。
「さ、どこから行く?イルカショーは絶対でしょ。とりあえず展示から見ようか。」
「……うん。」
パンフレットを見ながら話す五条を見上げ、折角二人で出掛けているのだからと夏油は思考を切り替えた。そうして頷いた所でするり、と繋がった手。五条が与えてくれる温もりが嬉しくて夏油からもぎゅうっ、と握り返す。その真っ直ぐな好意が擽ったくて五条の頬が少しだけ赤く染まる。
「悟!見て!綺麗な魚がたくさんいる!」
「ほんとだ。見てよ、こいつ一番小さいのに元気〜。」
道なりに進んでいくと壁に丸型のガラス窓があり、そこから見える色とりどりの魚達。その中を素早く動く一匹を指さして五条が笑う。
小さいのに主張の強い魚だな、と思っていると下から視線を感じて顔を向ける。
「何、傑。僕の顔じっと見て。」
「んー、この魚…綺麗な水色だったから悟の眼みたいだと思って見てた。」
「……ふぅん。」
「此処に居ると、悟の眼って、光が映って余計綺麗。」
「……それはどうも。」
夏油らしい人たらしが健在な上、子供ならではの素直さが加わり、より厄介になったなと五条は思う。本人には自覚が無いのが余計に狡い。前世の記憶まで持った状態で自分の顔を素直に褒められては気恥ずかしくて堪らない。
「あ!クラゲ!!」
「うわっ、傑!引っ張るなって……!」
人の気も知らず本人の興味はもう次に移っている。五条は注意を促しながらも、大人しく夏油の後を追いかけた。
「何このクラゲ、すごい光ってる。」
「うわぁ、空間全部クラゲじゃん。」
クラゲ展示のエリアは大きく弧をえがいた水槽全体に広がって泳ぐその姿をゆったりと見られるというのがコンセプトだ。光を放ちながら動くクラゲ独特の浮遊感に時間を忘れてしまいそうになる。
五条はチラリと夏油を盗み見ると、その漆黒の瞳は放たれた光を纏いキラキラと揺れていた。今生では異質な自分の眼よりよっぽど美しいと感じる。
今日五条がここへ来た理由は魚が見たいというより、それを見詰める夏油が見たかったのだ。
「……傑、イルカショー間に合わなくなるよ。そろそろ次に行こう。」
出来るだけ夏油の視界を遮らないようにしてしゃがみこみ、その横顔を見詰めながら声を掛ける。すると夢中になり過ぎてショーの事などとっくに忘れていた夏油はハッとして五条を見る。
「急ごう、悟。次に行くよ。」
「ふ、はいはい。」
急ぎ足でクラゲエリアを後にする。急かす相手に自分の方が夢中になっていたくせに、と五条は笑う。するとその意図が伝わったのか夏油は拗ねたように唇を尖らせた。それが可愛らしく思えて頭を撫でてやると、特に払い除けられたりせず受け入れられる。そのまま夏油と五条は揃って次の展示ブースへと足を進めた。
「デカイ。」
「デカイね。」
館内一を誇る大水槽の迫力に思わず単純な感想しか出て来ない。顔を上げ、首が痛くなる程見上げないと見渡せない薄暗い中を、煌めきながら揺れる魚達は五条にとって前世で夏油と二人で見た夜景を想わせた。
「エイ、飼いたいな。」
「エッ!?何で!?」
少しばかりの感傷に浸っていると突如投げ掛けられた言葉に必要以上の大声を上げてしまう。隣に居たカップルが自分の顔をジッと見つめてくるくらいには周りに響いていたらしい。だが、五条はそんな事を気にしてなどいられないほどに、急に速る心音をどうしたらいいか分からなかった。
「何でって、なんか可愛いじゃん、ひらべったくて。あと、何か乗れそうだし。」
夏油は隣の喧しい男を見上げながら理由を告げた。
その真っ直ぐ届けられた言葉は五条にとってただの子供が話す夢物語以上の意味を持つ。かつての自分と、その唯一。エイの様な呪霊に二人で乗って大空に飛び出した記憶は色褪せることなくある。それは自分だけが抱えているとそう思っていた。
まさか、この小さい親友にも少しばかり残っているのだろうか。
「……エイの背中に乗って空飛びたい。」
「珍しい、悟はそんなの無理って言うと思った。」
「やだね〜、傑。ロマンでしょ、ロマン。」
「真似しないでよ。」
「いいじゃん、大人になるとロマンなんて追いかけられなくなるからね。」
「悟だってまだ高校生じゃん、充分子供だよ。」
「小学生に言われたくはないな〜。」
こうして軽口を言い合うのも慣れたもので、本気の喧嘩に発展する事はまず無い。同年代ならばもう少しムキにもなったかもしれないが。五条にとって喧嘩をしたい訳では無かったが昔の様にそれでしか得られない関係性もある事を知っているので少し寂しくもある。
「傑、昼ご飯食べたらイルカショー行こうか。」
「ん、そうだね。ここのご飯、コラボメニューがあるらしいよ。」
イルカショーと空腹を満たせる事に夏油の表情が思いっきり輝いた。パンフレットに記載があったので五条も魚型のコラボメニューがある事は知っている。というより、どこの水族館にするか迷っていた時の決め手になったのだ。
大水槽を抜けてフードコートに到着すると入口の直ぐ傍にメニュー表があった。魚の形をしたピラフや、クラゲの形をしたハンバーグ、熱帯魚を思わせるキラキラとしたドリンク類という俗に言う映えのあるそれに夏油の目はあちこちへと移り変わる。
「悟はどれにする?どうせなら半分こしたい!」
「いいね〜。傑はなに食べたいの?」
「僕はこれとこれで迷ってる。」
そう言って夏油の指がなぞったのはハンバーグとラーメンだった。ラーメンは具材であるネギやメンマの形が魚になっているらしく、水族館という世界観が徹底している。随分可愛らしい昼食なりそうだと五条は内心微笑んだ。
「じゃあ、僕がラーメンで傑がハンバーグってのはどう?」
「それじゃあどっちも僕が食べたいものじゃないか。悟が食べたいのは?」
子供なりに自らの好きな物をどちらも食べれるのだから享受してしまえばいいのに、相手の事を気に掛ける夏油の言動に心を擽られる。
「僕はラーメンかカレーかで迷ってたから丁度いいんだよ。」
そう言ってみたものの、甘やかされたと思っているのか不服そうな夏油に向かって笑いかける。
「デザートは僕に選ばせてよ。それでどう?」
「うん、好きなの選んでいいよっ。」
これで対等になれる、そう夏油は思ったのか漸く満足気な表情になる。
「これとこれ、あとこのアイスもだね。」
五条はクレープにパフェ、アイスを選ぶとその量に呆気に取られている相手の手を引いて早速注文すべくレジへと向かった。
「「いただきます。」」
運ばれてきた料理を目の前にして二人の声が重なり合う。その後、すぐさまフォークを手に持った夏油は崩してしまうのが勿体無い程可愛らしいクラゲ型をしたハンバーグの足部分をそっと掬い上げる。
「ん、美味しい!」
一口食べてから嬉しそうに笑った夏油をまじまじと見つめてから五条は目の前の麺を口へと運ぶ。
「美味いね。」
向かい側に居る自分の唯一と食べる物は何時だって、何だってとびきりの味がすると思う。それも、五条が思う前世からの変わらない事のひとつ。
「悟、半分こしよう。」
「ん、クラゲ崩していいの?」
「いいよ。その代わりこのヒトデみたいなタマゴ食べていい?」
「どーぞ。」
お互いに今まで食べていた物の皿を持ち上げて交互に手渡す。ちなみに、星型にくり抜かれた味付け卵はヒトデ型だったらしい。五条はなんで星なのだろうと思っていたが夏油の言葉で解決した。子供の発想力が凄いのか自分が鈍いのかは分からなかったが、思ったよりハンバーグが美味しくてあっという間に半分平らげてしまう。
同時に夏油もラーメンを食べ終わったらしく、またお互い元の位置へと皿を交換する。
「悟はさ……。」
楽しい食事の最中だというのに不意にぽつりと名を呼ばれた。視線だけ向けて返事をすると言いにくそうに言葉に詰まる親友が居る。
「なに?どうしたの傑。言ってくれなきゃ分からないよ」
ナプキンを手にし夏油へと伸ばすと、口元に付いているソースを拭き取ってやりながら五条は出来るだけ優しい声を出す。
それに背中を押されたのかゆっくりと夏油の唇が動いた。
「悟はさ、こういう所、来たことないの?家族とか……恋人とかと」
「あはは、何かと思ったらそんな事?」
「そんな事って……!」
自分にとっては大したことが無くても、相手にとっては重要だったなんて事はよくある。今回もそれだったらしく軽く笑われた事に夏油が眉間の皺を深くさせた。
「ごめんごめん。大した理由なんて無いからさ。僕、小さい頃はインドアってやつで家でゲームか遊びに行っても近所が多かった」
「彼女とは?」
「居たことないからな。前は興味が無かったし、今は傑と居るのが楽しい」
「ふぅん……」
「だから、傑が心配するような事はなにもないよ」
その言葉に心の内を見透かされたような気がした夏油はバツが悪そうな表情を浮かべる。
「ふ、当たってた?」
「……悟、意地悪だよ」
何時もの様に笑った五条に負けた様な気がしてすっかり臍を曲げると皿の上に残っているものを掻き込んだ。
「すーぐる。」
「な、…むぐ、っ…!」
間延びした呼び方をされ不機嫌さは更に増す所だったが不意に口内に突っ込まれれば、間抜けな声が出る。
舌に当たるその甘く冷たい感触は、アイスだ。
「美味しい?」
「……美味しい。」
「良かった。」
夏油の口へと突っ込んだ張本人はご機嫌な様子で問い掛ける。食べ物に罪は無いので率直な感想を述べると満足そうに頷かれた。
「ありがとう、傑。」
静かに、はっきりと五条の唇から紡がれた言葉はやけに切なく夏油の胸に響いた。お礼を言われるのが初めてな訳ではないのに、こんなにも堪らなくなるのはあまりに嬉しそうで泣きそうな顔をして言われたからだと思う。
きっとそうだ、と無理やり自分を納得させると夏油はクレープを手に取り思いっきり頬張るのだった。
お腹も膨れた二人はイルカショーの会場へとやってきた。ぐるりと円形になっている場内は吹き抜けになっており、中央のプールではイルカ達が気持ち良さそうに泳いでいる。
「悟、前の方に座ろうよ。」
「本気!?服とか濡れるよ。」
「平気だって!ほら、早く。」
すっかり気分が上がっている夏油を止めることなど出来ず、五条はされるがまま前の方へと引っ張られていく。
最前列の一段後ろに腰を下ろすと丁度始まりの鐘が鳴った。
『皆様、今日はようこそお越しくださいました!最後まで楽しんでいってください!』
トレーナーの女性から明るい声が聞こえると一斉に拍手が鳴り響く。五条も手を叩きながら隣の夏油を気に掛ける。既にイルカに集中しているようで、明らかにそわそわとしていた。ここまで楽しんでくれるなら来た甲斐もあるというもの。
『さぁ、まずはジャンプから!』
その掛け声とトレーナーの動きに反応しイルカ達は次々と飛び跳ねていく。ぶつかる事もなく、優雅さすら感じるその動きに興奮した夏油は思わず隣の少し大きい手をぎゅうっ、と握り締めた。
『この子達はバランスも凄いんですよ〜!』
宣言通り、イルカの背中に乗った女性はプール内をそのまま一周して見せる。おお〜、という驚きや感嘆の声に五条も段々とのめり込んでしまう。夏油が自分の手を強く握った理由が分かった。これは興奮する。
『皆様、頭上のくす玉をご覧下さい!こちらを今から割ってみせます!』
恐らくラストスパートだろう。トレーナーの合図と共に助走をつけたイルカは思いっきり飛び上がる。見逃すまいと自然に二人の顔も上に向く。
くす玉にイルカの鼻先が激突し、パンッと音がしたと思った時には、着水したイルカによって二人揃って頭から水を被っていた。
「ぶっ、あははっ、何これ!インナーまで濡れてる!」
「ほんと、髪まで濡れた!」
イルカは本当に凄いと思ったがここまで濡れると思っていなかった二人に出来る事は腹を抱えて笑うくらいだった。
「どうする、傑。お土産のとこでTシャツでも買う?」
「んー、いいよ。夏だし、風邪も引かないでしょ。」
そう言うと夏油は背負っていたリュックを降ろすと、中から少し大きめのタオルを取り出した。
「タオルあるから拭こう。悟、頭貸して。」
「はーい。」
まるで予測でもしていたかのような用意周到さに驚きながらも五条は素直に背中を丸めて頭を差し出した。
わしゃわしゃと雑に拭かれるのもまた愛おしいものだ。
「貸して。傑も拭きな。」
相手の手からタオルを奪うと湿った黒髪を同じく乱雑に拭いてやる。
「悟、もう少し優しく……。」
「傑がやったのと変わらないって。拭ければいいじゃん。」
五条の言葉にえー、と小さな文句を言いながらも拭き終わったタオルをしまい込むと二人は立ち上がった。
「さて、メインイベントも終わったし、お土産でも買いに行く?」
「そうだね。」
濡れた身体で受ける屋外の風は気持ち良いな、と目を細めながら隣に居る夏油に問いかけた。直ぐに返ってきた返事と共に席から立ち上がるとそのままどちらとも無く手を繋ぐ。
もちろん、指を絡めたりはしない。その辺を五条は弁えていたし、意識しているつもりは毛頭無かった。
「悟、ぬいぐるみ、でっかい!」
不意に手を離された事と大きな声で意識を目前へと戻す。そこに居たのはイルカの大きなぬいぐるみを抱き上げる夏油で、五条は見た瞬間に胸を撃ち抜かれた。
「…悟?」
「あ、うん。すっげー可愛いじゃん。傑に似合ってるよ。」
「何それ、全然嬉しくない。」
ぬいぐるみというファンシーな存在によって先程までの余計な思考は何処かへと消え失せる。救われたと息を吐いた五条の事など気にもとめず夏油はぬいぐるみを元あった場所に戻していた。
「あれ、買わないの?」
「買わない、高いし、大きいなって思っただけだから。」
癒し効果は抜群だったのにな、と五条は心の中だけで残念がる。
「それより悟、またお揃いで何か買おうよ。」
「ふふ、……お揃い、気に入ったの?」
「……記念になるでしょ。」
以前に行った動物園のデートでは五条からお揃いを提案した事もあり、夏油の方から言われるとつい嬉しくて舞い上がってしまう。そのせいで揶揄う様な口調になるのは許して欲しい。
「何にしようか、この前はキーホルダーだったし。」
「うーん、また持っていたり付けれたりする方がいいな。」
二人揃って店内を歩きながら候補を絞っていく。ハンカチ、ボールペン、そして、ピアス。五条の心臓がドキリと音を立てる。まさか小学生にピアスを進める訳にはいかない上、何より水族館で売っているデザインでは可愛いが過ぎる。
「傑の趣味じゃないな。」
「何が?」
「っ、……!!」
小さく音にしてしまったそれを本人に拾われてしまい、思わず肩が震えた。本当に自分は夏油と居ると油断し過ぎてはないかと思う。感じた事や考えた事がついポロッと零れてしまうのはどう考えても隣が心地良いから。
「……あ、ピアスか。かっこいいよね。」
「やっぱ、付けたいとか思うの?」
「今は無理でも悟と同じくらいになったら付けたい。」
「良いんじゃない、絶対似合うよ。」
こういう未来の話をする時の五条が纏う空気は、いつも夏油を少しだけ苛立たせた。何かを言いたげで、それでいて寂しそうなのに、五条が隠したがるそれを自分には暴く事も問い掛ける事すら出来ない。
「悟、これはどう?缶バッジだって。」
「いいね、付けれるし。」
「しかもイニシャル入りだって!SとGどっちがいい?」
「じゃあ、僕がSで傑がGっていうのは?
……やっぱり二人とも名前のSに「いいよ、そうしようか。」
そう問いかけたものの五条は気恥ずかしくなる。二人はどちらもイニシャルがS・Gである。それなら、互いに一つずつを持っていた方が二人で一つの様な気がしたのだ。勿論そんな重たい事言えるはずもないが。
耐え切れなくなった五条がやっぱり、と訂正しかけた瞬間弾んだ声に遮られる。
自分の真意など少しも伝わっていない夏油が笑みを浮かべると、Sの文字が入ったバッチを手渡してきた。
「なんだか、親友って感じがして嬉しい。」
その夏油の言葉に、五条は双眼を零れるほど大きくさせ、じんわりと滲んでくる水分に慌ててしまう。サングラスを掛け直すふりをして何とか誤魔化しつつ、そのまま流れるように会計を済ませた。
「傑、どこか他に見たい所ある?一応全部回ったけど。」
「大丈夫、悟は?満足した?」
パンフレットを再度広げながら夏油の顔を覗き込むようにして問い掛けると当然の様にして自分へも同じ問いを投げ掛けられた。年齢的にも自分の事だけ考えていたって何ら可笑しくない中で、五条自身の事を気にしてくれる。それだけで震える程嬉しかった。
「うん、したよ。……それじゃあ帰ろうか。」
小さく頷いた五条がまた夏油の手を握ろうとした瞬間、ぎゅっ、と少し乱暴に握られる掌。
「いつも悟からだから、たまにはね。」
そう言いながらも明らかに照れている表情があまりに愛おしく、五条は思いっきり噴き出してしまう。それに拗ねた夏油を宥めるのは自宅に送り届けるまで続いたのだった。