【夏五】七夕ですね あるところに、とても強い力を持った少年がいました。少年の家はずぅっと昔から続く有名な呪術師の家系で、少年はその中でも400年ぶりだという稀有な双眸を持って生まれた特別な存在でした。
幼い頃から呪術師となるべく育てられ、呪術界のために生きることが定められていました。少年の強い力を警戒する敵も多く、生まれたときから賞金首、10歳になる頃には大人に混じって呪霊退治にも出かけていました。
少年にとっては、それが普通の日々でした。
大きな屋敷の中だけで過ごしてきた少年には、外の世界で同い年の子供たちがどんな生活を送っているのか知らなかったのです。
だから、特に疑問に感じることもなく、限られた世界の中で呪霊退治の日々を送りながら、すくすく育っていきました。
転機が訪れたのは、少年が15歳のときです。屋敷の中から出て、東都の学校へ通うことになったのです。
学校へ通うことさえ初めての少年は、見るもの聞くことすべてが新鮮で、戸惑いました。
特に同級生となった2人――名を夏油傑と家入硝子――は、少年にとって驚きの連続でした。
今まで屋敷では許されてきたほとんどが、彼らには通用しないのです。
思うがままに口にしただけで2人は怒り、特に夏油とはときには殴り合いの喧嘩になることも珍しくありませんでした。
少年にはなにが悪いのかわかりませんでした。頬を腫らしながら素直にそう口にすると、夏油は随分と驚いた様子で、戸惑いながら、それでもひとつひとつ丁寧に教えてくれました。
はじめの頃こそ、こんな場所から出て行きたい、帰りたいと願っていましたが、一緒に過ごすにつれ徐々に楽しくなっていったのです。
少年は、15まで過ごしていた世界がかなり狭く、偏ったものであることを知りました。
夏油と家入が教えてくれた世界は、それはもう楽しいものでした。
楽しくて、嬉しくて――ついつい少年が行うべき仕事を忘れてしまったのです。
あまりに仕事を投げ出すので、ある日少年の父が怒って少年を屋敷に連れ戻してしまいました。それからは一歩も外に出ることを許してはくれません。
しかし一度外の世界の楽しさを――親友という存在の喜びを知ってしまった少年は、もう2度と知らない頃には戻れません。
ひどく落ち込み塞ぎ込んでしまった息子に、父は仕方がないと一つだけ許可を与えました。
それは、年に一度だけ、東に分かれてしまった友人たちと会うことを許可する、というものです。
本当ならば毎日だって会いたいところですが、仕方がありません。少年は年に一度会える日だけを楽しみに、与えられた仕事に精を出して――――
「――灰原、なにこれ」
「え?七夕の物語を祓本の2人でアレンジしてみました!」
どや!と得意げに胸を張られ、困ってしまう。
「だいたいなに、じゅじゅつし、って。僕の設定どうなってんの」
心底わからん、と顔を顰める五条に、夏油は内心苦笑した。
五条はなにも覚えていないのだから、頭の中が?マークだらけでも仕方がない。
「…ま、もしこれが本当に悟なら、大人しく父親に従ったりしないよねぇ」
「そうそう、ぶん殴って傑と逃げる――ってなんでだよ」
はは、と上手く笑えたか、わからない。横目で物語の作者――灰原を窺えば、同じように苦笑している。
この内容を理解できるのは、ほんの一部の者だけだ。
「面白そうですね、その線に変更します!家の反対をおしきって、2人だけの逃避行!」
「いやもう七夕原型なくなるよね?!」
普段はツッコまれる方なのに、灰原相手では立場が逆転している。気づかれないようにそっと息を吐いて、夏油は五条の右手を両手で握った。
「私と一緒に逃げてくれる?」
冗談めかした中に、ほんの少しリアルを混ぜる。<あのとき>には、絶対に口にできなかったセリフ。
五条は驚いた顔で何度か瞬きをしたが、すぐにニヤリと笑った。
「おう、地獄の果てまで付き合うぜ!――ってだから七夕どこ行ったんだよ!」