【緋色】 招待状「別に結婚したいワケじゃないけど、ウエディングドレスは着てみたいわよね」
「そういうモンなの」
とてもうっとりとは形容しがたい表情の野薔薇に、虎杖がよくわかんないと顔に書いて返事をしている。
「あんな豪華なドレスなら一回とは言わず、何回も着てみたいじゃない」
「何回もって、それ、あんまりいいことじゃないんじゃない」
誰もが納得で同意してくれそうな突っ込みを受けた野薔薇は、コント見たいなやり取りをほぼ無表情で聞いていた伏黒に、矛先を向けてにやりと笑う。
「あんたは、タキシードって言うより紋付きの方が似合いそうね」
「どーでもいいし」
「相手もいないのにって。別にそこがどうでもいいわよ」
面倒そうに顔を顰める様子にばっさりと切って捨てた様子に、既に結婚式の要素はなくなりつつある。
「なあ、俺は」
「虎杖は、うーん、タキシード、より、紋付きかしらね。タキシード似合いそうなの、いないわね」
「野薔薇、大事な人、忘れてない、ほら、ここにいるでしょ、タキシードが一番似合いそうな人」
晴れているとは言え、梅雨の中休み、じっとりとした空気を吹き飛ばすような陽気よりは、能天気に近い嬉々とした声が、休み時間の教室に響いた。
「あれ、先生。帰っていたの」
負けず劣らず弾んだ声は虎杖で、後のふたりは湿度に馴染みそうな表情で担任を見上げた。
「帰ってたよ~。僕、似合うよ、タキシード」
伏黒の後ろに構ってもらうつもりで近寄ったところを、慣れたように身を躱して呆れたように言い返した。
「アンタ、紋付きぐらい自分で着られるぐらい、着慣れてるでしょ」
「えっそうなの」
「俺、先生の着たとこ見たい」
驚きの声に満更でもなく、そーだねぇなどと言いながら、でも、と続ける。
「紋付きは傑の方がカッコいいんだよ」
他人事なのに得意げな五条に、三者三様の表情を浮かべながらも、揃って納得したように頷いた。
「確かに、夏油先生、似合いそうね。先生も結婚式は和装ね」
「別に結婚の予定はないけど、ほら、僕はタキシードの方が似合うって」
へらへらと調子よく口元を上げる様子を、瞳に僅かなイラつきを浮かべて確認するように、言葉を強くする。
「でも、夏油先生は紋付きの方がカッコいいんでしょ」
「傑はね」
「でしょ。夏油先生のかっこいいトコ見たいんだったら、諦めるしかないんじゃない」
「……。 どう言うこと」
「結婚式で和装と洋装、バラバラで式するカップルなんていないわよ」
今後こそ馬鹿にしたように言い切ると、両掌を空に向け、お手上げのポーズだ。
「んっ? そうだろうね」
「って事は、先生たち、和装になるんじゃない、結婚式」
「誰と誰の」
小首を傾げる様が、大男なのにかわいいとか、ありえないんだけど、と野薔薇が内心で罵倒しながらため息とともに指を突きつけた。
「アンタと夏油先生に決まってるでしょ」
「えっっ。えっ。はっぁっっ、何で」
珍しく、と言うより初めて見た、慌てだした担任に、三人が慌てだした。気になりだしたら遠慮なく訊けてしまうのは、虎杖の長所でもあるので、問いかけはストレートだ。
「何でって、付き合ってるんじゃないの、先生たち」
「えっっ、違うし」
「うっそぅぅ。だって、一緒に住んでるじゃん」
「一緒に住むぐらい」
「ごはんだって、作ったり、作って貰ったり。お弁当だって渡してたじゃない。アンタが弁当作るとか、衝撃過ぎたんだけど」
「美味しい、って言ってくれたら、作りたくなるでしょ」
「キングベッド一台しかないですよね、五条先生たちの寝室」
「「はあぁぁぁ。えっ、伏黒、見たこと……」」
何気なくぼそりと告げたひと言に、同級生ふたりが一斉に視線を向けたが、そのまま五条の返事に、くるりと頭ごと視線を向け直した。
「傑、寝起き悪いから起こさなきゃいけないし、一緒に眠る方が安心するんだよ」
寝顔を思い出したのか、やけに優しくやわらかな表情と、普段は聞かない、否、夏油絡み以外では聞かない、陽だまりのぬくもりのようなあたたかな声に、一瞬殺意を向けたくなった生徒たちがいた
「喋る時だって、肩抱くは、腰抱くは、顔近付けてふたりだけで内緒話してくすくす笑ってるし」
「うーんっ、まあ、そう、だね」
黒い眼帯で見えない筈の瞳が、忙しなく左右に揺れるさまが、見えた気になる。
「それに夏油先生、五条先生だけには、めちゃくちゃ甘いし」
「そんなことないよ、みんなにだって優しいじゃない」
そこはきちんと主張をしないといけないとばかりに、先生らしく、たんたんと事実を伝えるように落ち着いた声で語る。
「俺たちには、まあ、優しくはありますけど、アンタには甘いんだって。アンタ用の菓子をいつも持ち歩いてるでしょ、夏油先生」
それに対して、何を今更と言わんばかりに、常の淡々とした口調を損なうことなく真正面から、感じている思いを伝える。
「ほら、僕ってさ」
「わかってるわよ、でも、そんなの自分で持ち歩きなさいよ。おまけに、知らない人が先生に近付こうとしようものなら、背後で眼光鋭く睨みを利かせてるでしょ、夏油先生」
「それ、ほんと」
「嘘なんて言わないわよ、馬鹿らしい」
「先生たち、ほんとに、付き合ってないの。俺たち、てっきり」
「結婚するかと思ってたわよ」
「あれで無自覚って。まあ、あんたはあり得ても、夏油先生が無意識はありえないだろ」
「えっ、そうなの恵」
「なんで自分のコトになった途端、誰よりわかっている夏油先生のこと、わからなくなるのか、わからないとは言い切りませんけど、もう少し、なんとかした方がいいですよ」
長い付き合いの伏黒に、呆れたように言い切られ、えっ、それって、傑も、と、ほんのり首筋を赤く染め浮足立つ五条に、まあ、と思い出したように野薔薇が晴れやかに笑う。
「ふたりでタキシード着てバージンロード歩いて、紋付きで披露宴やったらいいんじゃない。もちろん私たちも呼んで。おいしい料理食べさせて貰うから」