ngとroに甘やかされるcg 仕事でイングランドに行くことが決まって、俺はすぐにちぎりんに連絡した。日本どころか世界中に散り散りになってしまった友人と会える貴重なチャンスを逃すわけにはいかない。ちぎりんはすぐに返事をくれて話はすぐにまとまった。互いのスケジュールの関係で昼間にしか時間を取れなかったのは残念だったけど、楽しみには違いない。お酒を飲みながらだらだらするのはオフシーズンの楽しみに取っておくことにして、俺はイングランドに飛んだ。
ちぎりんが待ち合わせ場所に指定したカフェにはおいしそうなケーキが並んでいた。甘いものが好きな俺のために選んでくれたのだ。久しぶりに会えたちぎりんとおいしいケーキ。最高な一日だ。
「元気そうだな」
「元気元気! ちぎりんも元気そうでよかった」
飲み物とケーキを注文し、そのあとは近況報告からかつての仲間たちのことまで、話は尽きない。サッカーについて盛り上がり、海外ならではの苦労について慰めあい、そして話題は日常生活のことになった。
「ちぎりんは凪と玲王と三人で暮らしてるんだよね?」
「おう」
「どんな感じ?」
「んー、快適だよ」
たしか、ちぎりんたちはイングランドに渡ってしばらくはチームが斡旋してくれた宿舎に住んでいたはずだ。三人まとめて同じ建物に放り込まれたとかで、初めての一人暮らしでも安心だと笑っていたのを覚えている。しばらくして海外での暮らしにも慣れて引越しを考えていたら同じようなことを考えていたらしい玲王にいっそ一緒に暮らすかと提案されて、とんとん拍子に進んだとか。
郊外の小さな一軒家は少々古いが広さは十分、セキュリティも問題なし、駐車場完備で家賃も三人でなら余裕があるとかなんとか、そんな話を聞いたのはもう一年以上前になる。つまりちぎりんたちはそれだけ三人暮らしをしてきたということで、快適というからには大きなトラブルもなく過ごしているのだろう。
「お互いの性格は把握してるから一緒に住んで初めて分かる問題が少なかったのが勝因かな」
「それは大事だね」
「家事も最初は順番にやるかとかいろいろやってたんだけどさ、自然と分担が決まってきた感じ」
「ほー。具体的には?」
「料理は玲王が多いな。朝メシくらいなら俺も凪も作るけど、がっつり一食分のメニュー作れるのが玲王だけなんだよ」
「おいしい?」
「めちゃうまい。今度家に来いよ」
まるで自分が作るみたいに言うちぎりんに思わず笑ってしまう。それでも嫌な感じがしないのはちぎりんが心底玲王の料理がおいしいと思っていて、純粋においしいものを俺にも食べてもらいたいと思っているからだろう。あとちぎりんはお嬢だから。むしろそれが理由の九割かもしれない。
「凪も案外家事やるんだよ。個室は自分で管理するルールなんだけど、自分の部屋掃除したついでにって俺の部屋も片してくれる」
「凪が?」
「凪が。そんなにきっちりって感じじゃないけど、むしろそれくらいでちょうどいいというか」
「あー……」
懐かしいブルーロックでの光景を思い出す。俺とちぎりんが生活を共にしていたのは最初のチームZの期間だけだったけど、ちぎりんの布団の周りはいつも雑然としていた。凪はよく分からないけどあの面倒臭がりっぷりだ、ちぎりんと大差ないに違いない。世間一般の基準はともかく、二人の感覚は近いのだろう。平和だね。
「まあ少なくとも俺よりはちゃんとしてるよ。俺が放置してたものとか結構ちゃんと見て処分してくれたりする」
「へえ、なんか意外だね」
「俺もびっくりした。もらった名刺とかさ、ポケットに入れたまんま忘れたりするんだよ。そういうのちゃんと気付いて確認してくれる」
「ああ、名刺もらうねえ」
俺たちはサッカー選手だけど、サッカーだけをしていればいいわけじゃない。ということを知ったのはプロ入りしてからのことだ。スポンサーに挨拶したり、謎のパーティーに招待されたり、そういう場ではよく分からない人たちから名刺をもらう。いっぱいもらう。その整理には俺も苦労しているので、サポートしてもらえるのは純粋に羨ましい。
「じゃあちぎりんは何係?」
「俺は洗濯することが多いかな。つってもどうしても量多いから二人もかなり手伝ってくれるけど」
「あーシーズン中はねえ」
「オフシーズンでも男三人だとな。まあ玲王がいい洗濯機買ったからブチ込んでスイッチ入れたらあとは乾燥までしてくれる」
「さてはちぎりん、あんまり家事してないね?」
「みんなで買い出し行くときは運転する」
「それは家事なのかな〜?」
にししと笑うとちぎりんも悪びれもせず笑う。この三人なら玲王が家事の主力メンバーになるのは想像に難くないけど、この様子だとぶっちぎりでちぎりんがドベに違いない。甘やかされてるねえと言ってもちぎりんはうんと頷くだけ。うーん、お嬢極まれり。
「最初はどうなるかと思ってたけどさ、めちゃ快適。俺もう一人暮らしできない気がする」
実家より居心地いいかもって、そりゃ相当だ。もちろん実家とは全然別物だろうけど、快適なのは間違いなさそう。ただのプロジェクトメンバーからそこまでの仲になるって、すごいことだよねえ。俺だってちぎりんと仲がいい自信があるけど、この三人の関係には混じれそうにない。
そのとき、テーブルに伏せていたちぎりんのスマホが震えた。
「あ、玲王からだ」
「玲王も今日はオフなんだっけ?」
「そう。でも実家絡みで何かあるって言ってたな」
「相変わらず忙しそうだねえ」
サッカーやって三人分の料理をして(多分それ以外の家事も)、おまけに実家の仕事まで。かつて器用大富豪だと豪語していたのは伊達じゃない。大丈夫なの、と聞いてみてもちぎりんはありゃ忙しくしてる方がイキイキするタイプだからとあっさりしたものだ。それはちょっと分かるかも。面倒なことを前にするとやってやらあって元気になるタイプだよね。
メッセージを読んだちぎりんは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「どったの?」
「今日の夕飯はロールキャベツだって。美味いんだよな〜」
「いいねえ」
食べたことないけど、ちぎりんの顔を見たら相当美味しいことが分かる。このまま飛び込み参加したいくらいだけど、残念ながら今日の夜はチームと合流しないといけない。ロールキャベツはまたの機会にお願いしよう。
「なんか最近はこっちの食事がキツく感じてさ、玲王のご飯ばっか食ってるわ」
「あー、ちょっと分かる」
スペインだって食事は美味しい。でも毎日となるとどうしたって白米と味噌汁が恋しくなってくる。梅干しがあれば最高。そういう感覚も三人共通だろうからちぎりんの食生活が玲王頼りになるのも仕方ない。
その後もとりとめなく話していれば時間があっという間に過ぎていった。今度はみんなで会ってお酒を飲もうと約束して、お店の前でちぎりんと別れた。
「ただいまー」
玄関から声をかけると奥のキッチンからおかえりとコンソメのいい香りに迎えられた。洗面所で手洗いうがいをすませてキッチンに行くと、玲王が何かを切っている最中だった。コンロの上にはロールキャベツが入っているだろう大きな鍋。
「ただいま」
「おかえり。蜂楽元気だったか?」
「うん。今日はロールキャベツだって言ったら羨ましそうにしてた。今度うちに呼んでもいい?」
「ああ。どうせなら潔たちにも声かけよう」
「いいな」
カットされたトマトをひとつつまみ食いして、怒られる前にキッチンから退散する。食事の前に着替えようと個室に戻ると、ベッドに凪が寝転んでゲームをしていた。
「おかえり〜」
「ただいま。あれ、掃除してくれた?」
「軽くね。ついでにシーツも洗った」
「ありがとう」
洗いたてのシーツをかけたベッドに先に寝転ぶのはどうかと思うが、洗濯した人間の特権だ。掃除までしてもらったのだから文句があるはずもない。着替えようとクローゼットを開けようとして、デスクの上に並べられたものが目に入りあれ、と声をあげる。
「それ、ジャケットに入れっぱなしだったよ」
「あー、また忘れてた」
不規則に並べられていたのは数枚の名刺だ。なんとなく見覚えがあるので数日前スポンサーに挨拶に行ったときに渡されたものだろう。さっき蜂楽に話したばかりだというのに、さっそくまたやってしまった。
プロになって名刺をもらうことが増えたが、元々整理整頓が苦手なのでもらいっぱなしのまま行方不明にさせてしまうことも多い。玲王はもらうたびにアプリに登録してきっちり管理しているが、とても真似できそうにない。一度冗談で俺のも整理してと言ったらあっさりいいけどと返されて、それはさすがにちょっとと辞退したものの、真剣に検討した方がいいかもしれない。
「これはー、スポンサーの偉い人でーーこっちは……誰だっけ?」
スポンサー企業の名前は憶えているので判別できるが、まったく覚えがない企業の名刺も混じっていた。多分同席していた誰かなのだろうけど、名前を見ても何も思い出せなかった。
「分かんないなら捨てれば?」
「いやそれはまずいだろ」
「誰か分からないのに持ってても意味なくない?」
そんなことないと反論すべきなのに返す言葉がない。必死に記憶をひっくり返して、挨拶をしたあとに紹介された人物がいたことを思い出した。個人的な知り合いで今回の契約とは関係ないが今後縁があればうんぬんかんぬん言っていたような気がする。つまり現段階ではまったく無関係の人間ということだ。本当に縁があるとすればそれはまず事務所を通しての話になる。
せっかく思い出したというのに、凪が言う通り意味のない名刺だった。しかし素直に認めたくなかったので、ひとまとめにして引き出しの中に仕舞い込んだ。本当に縁があれば改めて貰うことになるだろう。
部屋着に着替えてベッドに寝転んだ巨体をぐいぐい奥に押しやる。凪はちょっと嫌そうな顔をしながら俺が潜り込むスペースを空けてくれた。
「……あ、死んだ。もう、お嬢のせいだ」
「実力だろ」
苦情を切り捨てると足を蹴られたのでこちらも応戦する。凪が操作する画面を覗き込みながらの争いの不毛さに笑いながら頭を枕に埋めると、すっかり馴染んだ柔軟剤の香りがした。
「この前さ」
「んー?」
「クリスに笑われたんだ。君たち三人はおんなじ匂いがするねって」
「まあ同じ洗剤と柔軟剤使ってるからね」
「多少は香水使ったりするじゃん。でも分かるんだって」
凪はそうでもないが俺は気まぐれに香水を使うこともあるし、玲王は日によって使い分けるくらい気を遣っている。でもそういうことじゃないらしい。
「なんか、家族っぽいよな」
同じ家に暮らして同じ洗剤と柔軟剤を使って同じものを食べて。今現在の瞬間最大風速で言えば、家族よりよっぽど家族らしい生活をしている。言ってからちょっと気恥ずかしくなって視線を凪からスマホの画面に戻した。
画面の中のキャラクターは次々と敵を倒してポイントを重ねていく。相変わらず上手いもんだ。画面にWINの文字が表示されると凪はアプリを落とした。
「じゃあ千切は末っ子だね」
「……まあ誕生日順で言えばそうだな」
「不服そう~」
「玲王はともかく凪が上ってのが納得いかない。ていうかお前が長男かよ」
「ウチは次男が超しっかりしてるからさ」
「それはそう」
「お~いメシできたぞー」
これ以上ないタイミングで玲王が登場して、凪と顔を見合わせて笑ってしまった。どうしたんだと不思議そうにしている玲王を笑ってごまかして、いそいそとリビングに向かう。テーブルにはサラダと最近好きなパン屋のバゲットに主役のロールキャベツ。完璧な夕飯だ。料理上手な次男に感謝しつつ、いただきます。
料理は仕込みが肝心。これはビジネスにも通じると最近しみじみ思う。与えられた条件が同じなら、成否や完成度を分けるのは事前準備だ。むしろこの段階で戦いはほぼ決まってくる。
肉を捏ねながらそんなことを考えていると、後ろから間延びした声をかけられた。
「レオ~、見つけたよ」
「お、でかした」
肉まみれになった手を洗いボウルにラップをかけてテーブルに向かう。凪が成果物──千切の部屋から発見した名刺を並べていた。
「ジャケットのポケットに入れっぱなしだった」
「相変わらずだな……」
社会人としてはどうなんだと呆れつつ、とりたてて注意するつもりはない。言ったところで改善する気がしないというのが半分、現状の方が都合がいいというのが半分だ。
「んー、これはスポンサーのだな、こっちも……」
数枚の名刺を素早く分類していく。そのほとんどが新しく千切についたスポンサー企業や関連会社のものだったが、一枚だけ記憶にない企業のものが混じっていた。企業名で調べても特に関係はなさそうだ。つまりこれは個人的な知り合いを紹介された可能性が高い。
千切はこうしてスポンサーから妙な紹介を受けることが多い。本人はあまり意識していないようだが、ビジュアルやプレースタイルに起因してか俺や凪につくスポンサーとはちょっと毛色が違うのだ。もちろん大半は問題ない。でもそこからあぶれたごく一部が大問題で。
スキャンした名刺のデータに要注意のタグをつけておいて他の名刺と一緒に束ねた。
「こいつ以外は大丈夫そう」
「りょーかい」
凪は名刺をじっと見つめてから千切の部屋に入っていった。そのまま千切が帰ってくるまでゲームをして過ごすつもりだろう。俺も料理の続きをするためキッチンに戻った。さっき今晩はロールキャベツだと千切にメッセージを送ったら笑顔のスタンプが返ってきたので失敗するわけにはいかない。まあ失敗なんてしないけど。
三人で暮らし始めてもう二年目になる。最初は周囲から大丈夫かと心配されていたけれど(主に俺への負担的な意味で)、まったく問題なく日々を過ごしている。出会ってから過ごした時間が短くも濃密すぎて良くも悪くもお互いを理解しあっているので重大なトラブルや問題もなく平和に暮らしている。慣れない海外暮らしは細々としたストレスがそこかしこに散らばっているが、三人で暮らすこの家に帰ってくると不思議なほど落ち着くんだ。
こっちでの生活に慣れて宿舎を出ようかという話になって、三人で暮らすかと提案したのは俺だ。凪も千切も一人暮らしさせるのは不安だったし、それならいっそ一緒に暮らせば安心でメリットも多かった。合理的判断だ。
……最初はそういう、人間らしい動機だったんだよなあ。
いや、下心はあった。不安や心配も本当だったけれど、俺は千切と凪を手元に置いておきたかったんだ。このタイミングなら一緒に暮らすって提案もおかしくないし、海外という環境を理由にも言い訳にもした。そして凪は俺の気持ちを理解していて、悪びれなく相乗りしてきた。俺も同じだし俺がいた方が都合いいでしょといつもと同じ顔でさらりと言ってのけた。
最後のロールキャベツを巻き終え、先に仕込んでおいたスープに入れていく。今日はコンソメスープだ。トマトやクリーム、カレー風味なんてのも作ったことがあるが、なんだかんだシンプルなコンソメスープが一番美味いと思う。
こっちの食事は日本に比べると重くなりがちだから自炊するときはあっさりしたものが多い。おかげでどんどん外食が億劫になってきた。それは凪も千切も同じようで、仕事が入ってない限りは三人で食卓を囲むのが当たり前になっている。胃袋を掴む作戦としては大成功だろう。
凪は凪でらしくなく千切の部屋まで掃除したりして、俺たちはこの家の快適さを守ることに余念がない。凪が千切の部屋から名刺やら連絡先のメモやらを発掘して持ってきたときはこれが目的だったのかと笑ったけど。部屋を勝手に掃除されたり服のポケットを漁られたりしたら、普通なら怒りそうなものだが千切の大雑把さと凪のキャラクターが奇跡的なマッチングを起こして今のところ千切が凪の善意を疑っている様子はない。
そんなふうに普通ではありえないだろってレベルで俺たちに依存した生活を送っているくせに、妙なところで
一線引いて丸投げにはできないあたりが千切の面白いところだ。以前冗談混じりに俺の名刺も管理してよと言われたとき、俺は別にいいけどと返した。『(千切が知らないだけでもうやってるから手間は変わらないし)いいけど』の意だったのだが俺があんまりあっさりしていたからか千切は気まずそうに辞退した。結局自力で管理できてないし俺と凪は勝手に拝借して把握してるんだけどな。
スマホが震えてメッセージの受信を知らせた。千切からの蜂楽と別れて今から帰るという知らせだった。ロールキャベツはいい感じに煮込まれているし千切が好きなバゲットを用意してあるし、今からサラダを準備したらちょうどいいタイミングになりそうだ。気をつけてと返信して、冷蔵庫から野菜を取り出した。