降風【安眠の場所】 普段が安眠じゃないとは言わない。
自宅のベッドに寝転がれば日頃の疲れが祟ってすぐに眠りにつくことが出来るし、仮眠室のベッドでもまあまあな睡眠が取れる。
だが、さっき言った場所ではない所で寝るのが一番ぐっすり眠れて、一番スッキリと起きられるのだ。
それがどこかと言うと……
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「……またこんな所で寝ているのか」
最近よくあることだ。
組織の任務から帰ってくると、毎回のようにハロの世話を頼んでいた風見が僕のベッドに寄りかかるようにして寝ている。
そんな体勢で体が痛くなったりしないのかと心配になるが、風見によれば意外と大丈夫らしい。
よく眠っているんだろう、胸が大きく上下して呼吸が深い。
こんな所で居眠りしてしまうくらいなら、ハロの世話の後は家に帰ったらいいと言っているのだが、風見はそうしない。
……もしかして夕食目当てか? まあ、それも悪い気はしないが。
よく眠っている風見を起こすのは忍びなく、夕食の準備のために台所へ向かう。
今日は何を作ってやろうか。
やはり誰かと一緒にご飯を食べるというのは楽しいもので、風見は特に反応がいいので作りがいがある。
そうだな……、焼き秋刀魚ときつねの五目煮、炊き込みご飯と、それからほうれん草のおひたしでも出そうか。
無意識に小さく鼻歌を歌いながら、頭の中のレシピノートを開いて腕まくりをした。
「風見。……風見、起きろ。夕食ができたぞ」
「んあ……?」
肩を揺すって起こせばぼへっとしたなんともみっともない顔で風見がこちらを向く。
……こんな顔、ご家族と僕以外知らないんだろうな。そう思うと、なんだか胸がくすぐったい。
むにゃむにゃと口の中で何か言っていた風見がくわっとあくびと背伸びをして、それから「おはようございます」と言ってきた。
どうやら目が覚めたようだ。
「おはよう。タオルを出しておくから顔を洗っておいで」
「ありがとうございます」
初めてここで風見が居眠りしていた時は、起こした僕に飛び上がらんばかりに驚いて、土下座の勢いで謝ってきたのに……今ではもう慣れたのか、当然のように、と言うと語弊があるが、まあ、嬉しそうに起きるのでなんとも言えない気持ちが僕の胸の中で渦巻くのだ。
可愛いとか、三十路の男に言ってもいいんだろうか? 僕なら嫌だけど。
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んー!! よく寝た!!
のびーっと背伸びをして洗面台の蛇口をひねる。
やっぱり降谷さんの家で寝るのが一番熟睡できる。
何でかなって考えたんだけど、やはり降谷さんのベッドからほんのりと香る、自分より強くて頼もしい男の匂いというか、まあ、降谷さんの匂いに安心してしまうのかもしれない。
なんか女々しいけど、守られてる感がするというか、落ち着くというか。
バシャバシャ顔を洗っていると洗面所に降谷さんが入って来て、タオルを渡してくれた。
それにお礼を言って受け取ったタオルで顔を拭くと「夕食出来てるぞ」と台所へ誘われる。
……降谷さん、優しいよな。何度も自分の家で年上のおっさんが居眠りしてる事にも怒らないし、その上毎回手作りの夕食までご馳走してくれて。
なんて言うんだろう。……そう、許されてるというか。
……い、いやいやいや、ないないない。でもちょっと期待しちゃう。
降谷さんが嫌じゃないなら、ダメって言われるまではここで仮眠させてもらおう。