空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:01「あぁ、同室か」
ボストンバッグ一つ肩に下げ、その部屋に足を踏み入れた空閑の目の前に座った――より詳しく言えば、部屋を二分するように中央に置かれたベッドの下段に腰掛け文庫本を開いていた青年が、その手の本をパタンと閉じながら入り口に立ったままの空閑へと声を投げる。
「確か、空閑だったか」
「うん、クガヒロミ。ええと、汐見くんだったよね」
淡々と言葉を紡ぐ青年へ頷いた空閑は、入り口に貼られた名札を思い返しながら問いかける。その言葉に頷いた青年――汐見は「シオミアマネ」とその名を名乗った。
「入寮開始は昨日だっけど、入学式までは日があるよね? 昨日から来てたの?」
窓際のデスクがすっかり汐見の私物に囲まれてる様を見ながら、空閑は自身が先に送っていた段ボール数箱が積まれたその上にボストンバッグを載せ汐見へと問いかける。
「あぁ、特急で一本だからな。家に居るとこの後に及んで地元の公立に進めとか煩くて――お前もこの時期に来るんだから、似たようなもんなんだろ?」
面倒臭げに肩を竦め、今まで合わなかった視線をようやく空閑へと合わせた汐見は口元だけで笑みを浮かべる。
「そうかも」
汐見に倣うように肩を竦めた空閑は、汐見へと掌を差し出しながら口を開いた。
「これから少なくとも三年は一緒になるんだろうし、宜しくね。パイロットコースなんでしょう?」
受付の先輩は空閑へ同じコースで部屋割を作っていると言っていた筈だと思い返しながら、汐見へと問いかける。そんな空閑の問いに対して、汐見も「そうだな」と一つ頷き腰を下ろしていたベッドからゆっくりと腰を上げる。同じパイロットコースの体力試験を本当にクリアしたのか疑いたくなりそうなスラリとした細い肢体が空閑の眼前に晒される。
「更に言えば、部屋割は成績順らしいぞ。下位から順に四人部屋埋めてったら二人余ったんだと」
口端を悪戯っぽく上げた汐見は気の強さがありありと見えるような挑戦的な笑みを浮かべて空閑を見つめていた。
「宜しくな、主席クン?」
そう口にした汐見は少しだけ癖のある黒い髪を揺らし、深い焦茶色の切長な瞳を空閑の夜の海を思わせる深い碧色をした瞳へと向けていた。汐見の視線に射抜かれた空閑の心臓は、小さく一度だけ跳ねたのだ。