空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:03 入学式から数週間、空閑は目の前にある背中を飽きもせず眺めていた。あからさまに入学時の成績順と分かる席順で、空閑は最後列窓際という特等席を手にしていた。その前に座るのは、次席入学だという汐見である。
――相変わらず、姿勢がいいなぁ。
しゃんと伸ばされた背筋は、他を寄せ付けないような近付き難い空気をも纏っていたが空閑にはそれすらも関係ない。
入学式前、新入生の入寮が開始した途端に寮生活を始めた空閑と汐見は他のクラスメイト達よりも少しだけ寮内の先輩達や別クラスに居る同期数人との交流を持っていた上――無事汐見が所属する剣道部に入部を果たした空閑は、大体の時間を汐見と共に行動していたからか彼の態度が単なる人付き合いの下手さから来るものである事を知ったのだ。
「……視線がうるさい」
いつの間にか授業は終わっていたらしい。クラス内でグループが出来はじめている時期の教室で、空閑と汐見は分かりやすく浮いていた。誰にも誘われず、どこかのグループへ行く事もしない汐見と、入学からひと月も経たずに汐見にべったりと評される空閑。今日も汐見は誰にも阿らず、じとりとした視線を空閑へと向ける。
「え、そう?」
「俺の背中じゃなくて黒板見とけよ、あと次は体育だぞ」
呆れ返ったように吐き出される溜息と、汐見が腰を下ろしていた椅子が鳴らされる音に夢見心地から現実に戻った空閑は汐見を追うように慌てて腰を上げる。
「待って待って一緒に行こうよ」
「一緒にって、んな事言わなくても目的地は同じだろ」
不思議そうに切長の瞳を細める汐見へ、空閑は小さく笑う。自身よりも細く少しだけ背の低い汐見の隣に並んだ空閑は「そうだね」と頷いた。
「ねぇねぇ、汐見くん」
「何だ」
「アマネくんって呼んでいい?」
体育館へ向かう廊下を連れ立って歩きながら、空閑は汐見へと問いかける。
――反応はそっけないけれど、多分、俺は彼に気にかけてもらえてる。
そんな予感と共に口にした空閑の願いは、汐見の薄く形の良い唇からこぼれ落ちた「好きにしろ、別に拒否する理由もない」という素気ない一言で赦されて。
「じゃぁさ! 俺の事も名前で呼んでよ。これから三年間同じクラスで同じ部活で同じ部屋なんだから、アマネくんともっと仲良くなりたいし!」
「すげぇコミュニティ強者……お前ならわざわざ俺ん所居なくても、他のグループでソツなく出来るだろ」
「え、面倒じゃん。アマネくんとか、ササハラくんとかと居た方が断然ラクじゃん」
別クラスの部活の同期の名前まで挙げて楽しそうに笑みを浮かべて見せる空閑に、汐見は眉を寄せながらも空閑から視線を外して「そうかよ」とだけポツリと漏らすのだ。
そしてそれが汐見の照れ隠しである事を、空閑はこの短い期間で既に知っていた。