空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:21 唯一部活も授業もない日曜の朝、常ならば空閑の腕にすっぽりと抱き寄せられている筈の体温は既になく。空閑はその違和感に寝ぼけたまま、幾度か深い海と同じ色をした瞳を瞬かせる。
腕から消えた体温を探すようにのそりと起き上がった空閑は、窓際のデスクに腰掛け文庫本を開いている男の姿を視界へと入れた。
「起きたか」
いつもながらに短い言葉で空閑の起床を確かめた汐見の声に、半分以上寝惚けたままで空閑は笑みを彼へと向ける。
「早いねぇ、どしたの? いつもならまだ寝てるじゃん」
「寝てるっつか潰されてんだけどな、お前に」
幾分か不貞腐れた声で返ってきた言葉に空閑は眉を下げ、汐見の機嫌を伺うように言葉を探す。
「だって奥まで許してくれるの土曜の夜だけじゃん……嫌だった?」
言い訳じみた言葉の後、探るように付け足された問いへ汐見はゆっくり首を横に振る。
「嫌か嫌じゃないかで言えば、嫌ではない」
ただな、と汐見は空閑の言葉を待つことなく言葉を重ねていく。
「日曜半日毎回潰れてんのも、どうかと思ってな――いやまぁ腹は普通に痛いんだが。まぁ走れたし大丈夫だろ」
後半は寧ろ自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいく汐見に、空閑は再びその瞳を瞬かせる。「走ってきたの?」思わず口から溢されていた問いに、汐見は肯首して。
「そこら一周くらいだけどな。で、だ」
デスクチェアをくるりと回しベッドに座ったままの空閑へ向き直った汐見は、その手の内にぶら下げられた二つの鍵を空閑へと見せる。キーホルダーにぶら下がる金属が揺れ、チャラリと涼やかな音を立てていた。
「借りてきたからどっか行こうぜ」
汐見の手の内にあるのは、寮で何台か保有するバイクの鍵で。広大な敷地を有し、宇宙港が隣接するこの学校は良く言えば学校全体が一つの街のようになっているが――悪く言えば、学校と宇宙港しかないド田舎だ。それ故に、大体の生徒は十七歳になると二輪免許を取得する。その為校内には教習所まで用意されている。
そして、寮では生徒に対しバイクの貸し出しも行なっている。安全運転を遵守し、少しでも違反や事故を起こせば退学という制約は付いているにしても。
「良いねぇ、どこ行こうか」
「まぁ近場だろうな、海沿い走りたい気分なんだ」
「了解、すぐ準備する」
空閑はその言葉と共にようやくベッドの上から抜け出して、ツーリングへと向かう為の支度をはじめるのだ。