空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:22 既に太陽は山の向こうへと沈み、空には昼の名残のような淡い青空とそれに影を付けるような雲の深い青が混ざり合い美しいコントラストを作り出している。
その濃淡がまるで水彩画かちぎり絵のようだなんて、ぼんやりと思いながらバイクを走らせていた空閑はようやく目的の人影をその視界の中に収めていた。
静かに舗装された道から逸れ、砂と礫と少しの雑草が生える地面にバイクを停める。そこには彼が乗るそれと同じフォルムをした一台のバイクが既に停められていた。後輪の泥除け部分に剥がれかけた校章のシールが貼られている事を確かめて、その先に積まれている消波ブロックの上に腰掛ける人影のシルエットを見上げる。
顔を確かめなくてもわかる。そこに佇んでいるのは、汐見だった。
「ほんと、絵になるよな」
口の中で小さく呟きながら、夜が近づく薄明の中で一人佇む男をじっと見つめて。積み木のように組み上げられた消波ブロックの一番上に腰掛け、すらりとした足を片方だけブロックの縁へと投げ出すように乗せる男は空閑の目からしてみればシルエットだけでも一枚の写真として切り取りたい程で。
空閑が来たことには気付いていないのだろう。汐見の視線は海へと向けられたままで、それは二年と少しの期間共に過ごした空閑が知っている何か嫌な事があった時にそれをやり過ごそうとする汐見の癖のようなものだった。
学校から歩けば一時間弱、自転車であれば二十分程、バイクであれば十分かそこらで着くこの場所に、汐見は一人で時折訪れた。そして彼はその場所でぼんやりと海を見つめるのだ。
「アマネ!」
次は彼へと届くように声を張り上げ汐見の名を口にした空閑の声は、しっかりと汐見の元へ届く。海から空閑へと視線を向けるようにシルエットが動いた。返事はない――まだ帰る気にはならないのだろう。そう理解した空閑は再び口元に手を添えて声を上げる。
「そっち行って良い?」
立方体の全ての面に同じサイズの立方体を接着したようなゴツゴツとしたフォルムのブロックに足を掛けながら問い掛ければ、影は肯首したように見えた。自身の都合のいいように解釈して、空閑はブロックをよじ登る。
本来の用途から考えればこんな事は想定されていないのだろうけれど、アスレチックのようで面白い。安全性については全く配慮されていないアスレチックではあるが。
「教室で何か絡まれてたし、部活には来なかったからここだと思ったけど。ほんとワンパターンだね」
汐見は口数こそ少ないが、他者に阿らず我が道を進むタイプの人間だ。空閑はそういう所を好ましく思うが、世間一般から見れば敵を作りやすい性格と言える。それでいてパイロットコースの中では空閑か汐見かと言うような成績優秀者となれば、絡まれる事も少なくない。
空閑自身はそれらをあしらうのが得意だが、汐見はそれらを受け流すのが得意ではないと空閑が気付いたのは出逢ってから半年経った頃。その日、汐見ははじめて部活に顔を出さなかった。
そんな事を思い出しながら汐見の隣に腰を下ろし、わざとらしい位に楽しげな声で彼へと告げた空閑は太陽の名残に照らされる汐見のきょとんとした表情を見つめる。汐見の切れ長な瞳が驚きに見開かれると、普段は神経質そうな印象を受ける細面が一気に幼く見える。
「ワンパターンっていうか……うわ、これ今俺も気づいたけど、めちゃくちゃ恥ずかしいな……」
薄明かりの中でも白い頬が朱に染まるのが見える程に顔を赤く染め上げた汐見の言葉の意図が読み取れず、空閑はその続きを求めるように首を傾げる。
野生動物のように喉で唸り声を上げながら、表情を隠すように片手でその顔を覆った汐見は観念したように小さな声を漏らす。
「此処にいれば、大体お前が迎えに来るから……」
だから、一人になりたくなったら此処に来るんだ。一人になっても、ヒロミが来てくれるから。
消え入りそうな声で頬を赤く染めながらそう口にした汐見の言葉を脳内で咀嚼して、空閑も汐見に引きずられるように頬に熱が集まっていく感覚を覚える。両手で顔を覆い叫び出しそうになるのを堪える空閑に、汐見は追い討ちをかけるように言葉を重ねるのだ。
「多分俺は、お前が思っている以上にお前に惚れてるぞ」