空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:28「ハッピーバレンタインです!」
そんな声と共に廊下へと呼び出された汐見へ可愛らしい柄の付いた紙袋をひとつ渡すのは彼の後輩である女子生徒――皆川で。
「あぁ、何か机の上に山積みになってると思ってたけどバレンタインか」
ようやく合点が入ったとでもいうように頷いた汐見に紙袋を渡した女子生徒の隣に立っていた彼女の同期であり汐見の後輩でもある東間は「汐見先輩それマジで言ってます?」と眉を寄せた。
「マジだな。ヒロミも何か大量に渡されてたから、一体何事かとは思ってたが」
「名もなき女子達が地縛霊になりそうですね」
ナンマイダ、なんて言葉と共に手を合わせる東間を横目で見ながら、汐見は「でも何で東間まで来てんだ? お前ら二人って珍しい組み合わせだけど」と問う。
「あぁ。普通科女子が専門科棟に一人で行ったりしたら面倒なんですよ。だから、専門科の東間を召喚しまして」
からりと笑いながらそう答えた皆川の言葉に、そういうものなのかと頷いた汐見に東間は言葉を繋ぐ。
「一年は女子部員いませんし、二年は俺以外普通科なんで」
「ついでにフェルマー先輩にもチョコ渡せたので最高の役得でしたね!」
「へぇ、皆川はヴィンにチョコ渡したかったのか?」
「あ! 別にフェルマー先輩狙いとかじゃないですよ、あの人のホワイトデー凄いんですよ。去年は高級焼き菓子の詰め合わせ!」
色気より食い気と言わんばかりのガッツポーズを見せる皆川に、汐見は成程と頷く。
「俺はヒロミに任せてるからな、あいつの方がそういうもののセンスがいい」
「去年も空閑先輩と汐見先輩は連名でお返しくれましたもんね」
「そういう事」
過去を思い返し夢見心地といったような皆川の声に、汐見は静かに頷いて。そんな会話に言葉を挟んだのは東間だった。
「そういえば空閑先輩は休みですか?」
汐見がいる所には空閑ありとまで思うほどに大体一緒に居る片割れの姿がない事に首を傾げながら汐見へ問いかけた東間に彼は「そもそも俺ら今自由登校だから休みって概念すらないと思うぞ」と言葉を返し「何か呼び出されたから行ってくるとか言ってたな。総合棟の研修室」と重ねて。
重ねられた言葉に後輩二人は唖然とする。そわそわと視線で会話するような後輩達の姿に汐見は「言いたい事があるなら口で言ってくれないか」と眉を寄せる。
「じゃぁ言いますけど……」
「それって! 空閑先輩告白されてるんじゃないですか!?」
意を決して口を開こうとした東間の言葉を奪うように、前のめりで叫ぶのは皆川で。汐見と空閑がそういった関係である事は、剣道部では公然の秘密のような事実だ。
「……そうか」
汐見の声は心なしか普段よりも低い。そんな汐見の様子を気づいていないような皆川は「良いんですか!? 何処の馬の骨かも分からない女に告白されて!」と言いたい放題だ。
「皆川」
「何でしょう!」
「コレ、空閑の分もあるよな」
コレ、と指したのは自身が手に持つ紙袋で。汐見の言葉に皆川は勿論と頷く。
「ばっちり用意してますよ!」
「俺から渡しとく」
汐見が出した手のひらに供えるように紙袋を置いた皆川は「それじゃぁ私は戻りますね!」と楽しげな笑みを浮かべたままで既に廊下を走り出していた汐見の背中へと手を振った。
「――し、空閑先輩の事がずっと好きだったんです!」
汐見が研修室のドアをノックもなく開けた瞬間、彼の耳には高く甘い声が届いて。突然開いたドアに肩を跳ねさせたのは、汐見にとっては見たこともない女子生徒だった。
「あ、アマネ来たんだ」
突然の闖入者に驚く事もなくへらりと笑った空閑の元へ、汐見は真っ直ぐに突き進む。
「告白されたのか」
「されたみたいだねぇ」
事実を確かめるように淡々と言葉を紡ぐ汐見へ、カラカラと笑い声を上げる空閑はのんびりとした調子で答える。そうして汐見は空閑の制服にしっかりと巻かれたネクタイをぐいと引き寄せ、噛み付くような口付けを贈ったのだ。
「んっ……ふっん、ま……んんっ」
慌てた空閑が汐見のキスから逃れようと言葉を紡ごうとしても、汐見はしつこい程に唇を重ね舌を差し入れて空閑の口蓋を擽る。わざとらしい程にはしたない水音を立て、空閑の唾液を啜り舌へと吸い付き空閑の言葉を封じてしまう。
夜でもここまで激しくはしないというような接吻を空閑へ贈りながら、汐見は横目でこの空間に存在するもう一人の女を見遣る。深い口付けに当てられたのかそういった事への免疫がないのか、彼女は固まったままで顔を真っ赤にしていた。気が済むまで空閑の口腔を蹂躙した汐見は、最後に空閑の舌先をじゅ、と吸い上げてようやく空閑を解放する。互いの唾液によって作られた銀糸が二人を繋ぎ、消えていった。
ようやく汐見が空閑を解放したというのに、空閑は先ほどの接吻でスイッチが入ったのかその瞳に雄の欲を湛えながら今度は自ら汐見の唇へとむしゃぶりつこうとする。そんな空閑の挙動を止めるように、空閑の口元に人差し指を置いた汐見は固まったままの女子生徒に艶然とした笑みを浮かべた。
「すまんが、コイツは俺のものなんだ」
あとこれ、皆川達からのバレンタイン。と後輩から託された紙袋の一つを空閑へと押し付けた汐見は、空閑の唇へと触れさせていた人差し指を離す。言葉にせずとも空閑にはその意図が伝わるだろう――それは「よし」の合図だった。
互いに紙袋を片手で持ちながら、互いの体に両腕を巻き付けた二人は再び口付けを交わす。目の前にいる女に見せつけるように口付けを交わしてれば、ようやく金縛りから解けたのだろう女子生徒が逃げ出すように走る足音が汐見の耳へと届き――彼は口付けを交わしながらも、笑みを浮かべていた。