文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day14 月もなく、星々だけが煌めく中。構内の照明すらも落とされた真夜中のプロムナードを空閑と汐見はそぞろ歩く。常ならば煌々と輝いている筈の学校に隣接する宇宙港も、殆ど照明が落とされ心なしかひっそりとして。
「久々だな、この時間に外歩くの」
「そういえばそうかも」
真夜中の冷え切った空気が肌に心地いい。少し先を行く汐見の姿も闇に紛れてしまいそうで、空閑は彼に追いつくように足を早める。真夜中の散歩は高校生の身分であった頃から、時折汐見に誘われるままに行われていて。こうして歩き回るのは久々の事だった。
「まぁ、理由は分かりきってんだけどな」
少しだけ刺すような調子でそう重ねた汐見に、空閑は苦笑を漏らす。昨年までは夏の熱から逃げるように、この時期は幾度もこうやって外を歩いていた。その恒例行事のような夜の散歩が今年は今日まで行われていなかったのは、ひとえにこの時間に外を出歩ける状態になかったという事で。
「アマネだって強請ってくるじゃん」
「まぁな」
悔し紛れに言い返した空閑の言葉に、汐見はなんて事ないように肯定で返す。この闇の中で、先に進む汐見の顔色さえも窺えず空閑はぼんやりと闇に浮かぶ汐見が纏う白いシャツを追う。そうしなければ、その幽かな白さえも消えてしまいそうで。
「お前が俺をそうしたんだろ」
呆れたような声と共に、先を進む白は立ち止まる。空閑が彼の前に追いつけば、闇の中でぼんやりと浮かぶ汐見の白い肌が空閑の瞳に映された。
「……アマネ」
汐見の表情を見ようと、空閑は目を凝らす。一体彼は、どんな表情をして自身を見つめているのかと。声の通りに呆れて、それともそれを通り越した侮蔑の色でも浮かべているのか。触れられる事を知らなかった汐見の肌を――そして、その粘膜の内側の奥の奥までをも拓き耕したのは他ならぬ空閑であった。
汐見は空閑の手を拒否しない、拒否しないどころか求めてさえくれる。しかし、そうさせたのは空閑であり――そうして汐見を手中に収めた空閑の行為に対して、汐見がどう思っているのか知ってしまう事を空閑は心の奥底で怖れていた。
「あ、今日は面倒臭い方だな」
「……なんですぐ分かるの」
ずい、と差し出された両手は空閑の頬を挟み、表情まで見える程近い距離まで顔を近付けた汐見は少しだけ眉を寄せてあっけらかんとした調子で口を開く。
「三年一緒に居れば、それくらい分かるだろ」
お前割と分かりやすいし、ついでに言えばそれくらい分かろうとも思えない奴とは三年も一緒に居たくない。
重ねられた言葉は、まっすぐに空閑へと届けられる。
「俺からしてみれば、何をそんな不安がるんだって思うんだけどな。俺がお前に捨てられる事を怖がるなら兎も角、俺はお前しか居ないんだから」
呆れたようにため息ひとつ零しながら、汐見は空閑の頬を両手で挟んだままで真っ直ぐに空閑を見つめて言葉を紡ぐ。
「アマネを俺が捨てる? そんな事あり得ないでしょ! 俺だってアマネしか居ないんだけど!」
「なら良い。お前のせいで我慢が効かねぇんだ、ちゃんと最後まで責任持て。俺がお前に捨てられても、他の人間になんざ触られたくもねぇぞ」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、景気付けのように挟んだ両手のひらで空閑の頬をパシリと軽く叩いた汐見は触れるだけの口付けを贈りその両頬から手を放せば再び足取り軽く先へと進んでいく。
そんな汐見の背を追うように、空閑は歩幅も大きく足を進めて。ひっそりと闇に沈むプロムナードを進む二人の上、黒々とした闇の中では銀河系が美しい光を湛えながらたなびいていた。