文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day31 年に数度あるかどうかといった混雑に眉を寄せる汐見に、空閑は困ったように笑いながら「校舎からも見れるけど戻る?」と問いかける。
「良い、折角良い場所取れたんだから此処で見る」
「そ? まぁ、人混みに押し合いへし合いして見れずに帰るってのも本末転倒か」
「だろ?」
彼らが三年間と数ヶ月を過ごした学び舎に隣接する北部国際宇宙港。その屋上に作られた展望デッキのの柵にもたれながら、汐見は辟易とした表情を浮かべそんな彼を見つめる空閑は苦笑を隠さない。
この宇宙港で年に一度行われる夏祭り、一年の頃に一度来てその混雑っぷりにもみくちゃにされてから二年目と三年目は足を向けてはいなかった。
空閑はどちらでも良かったのだが、汐見が人混みを厭ったのだ。汐見が行かないのであれば、空閑も一人で行こうとは思えないと毎年果敢に宇宙港へと足を向けるフェルマー達を寮のロビーで送り出していた。
それが今年は汐見から「宇宙港の夏祭り、行くか」という言葉が空閑へと向けられ――空閑は汐見の乱心を疑った。
「でも、アマネ人混み苦手っていうか嫌いじゃん。突然宇宙港の夏祭り行くって言い出してどうしたのかと思ったよ」
「お前俺が誘った時も、暑さで頭どうかしたって言い出したよな。最後だからさ、行っとこうと思って」
空閑の言葉に汐見は肩を竦め、すっかり暗くなった中で煌々と照らされる滑走路を眺める。そこには一機のスペースプレーンが離陸を待っていた。この夏祭りの一番の目玉は、離陸するスペースプレーンとそれを彩る花火で――普段はお目にかかれない航宙機と花火のコラボレーションに、観客の持つ無数のカメラレンズが向けられ機体はエンジンを轟かせる。
加速する機体はふわりと宙へと浮かび、鉄の塊は地上を離れていく。それだけで美しいその光景は、パッと光輝く火花の花弁に彩られるのだ。
「綺麗だな」
「うん、綺麗だ」
ポツリと零された汐見の言葉に、空閑は頷いて。真っ直ぐに滑走路へと向けられた汐見の横顔へ、視線だけを向ける。彼の細面の整った相貌はどこか冷たさを帯びて、真っ直ぐに幾度も開かれる炎の花へと向けられていた。
多分これが、この場所で見る最後の花火だ。学校祭の夜にも思ったその感想は、今度こそ次がない。数日後に彼らはこの場所からようやく旅立つのだから。
「ねぇアマネ」
「何だ」
「この夏、楽しかったね」
汐見の耳元で彼の名を呼べば、切れ長のともすれば冷たさすら感じる――空閑にとっては愛おしいその瞳が空閑の瞳へと向けられて。短い言葉と共に首を傾げた汐見へ笑いかけた空閑の言葉に、汐見もまたゆっくりと柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「ヒロミが居たからな」