空閑汐♂デイリー【Memories】15 渡されたのは、精巧な銀細工のブローチだった。八年半もの間、この徽章を求めてきたのは嘘ではない。手のひらの上で真新しい光を放つ細い銀の線で構成された楕円形の徽章を見つめ、今この場に居ない男の事を想う。
「ミスターシオミ、受領のサインを」
流石に重要な受領確認は未だに紙で行われるらしい。教員が差し出したバインダーとペンを受け取って、少し考えてから肩口のペン差しに入れていたボールペンを抜き出す。
「良いものを持ってるな」
「これならずっと使えると思って、高校卒業の記念に買ったんですよ」
汐見の言葉に教員は鷹揚に頷き、サラサラと書かれていくサインを見つめていた。それはかつて同じ場所を目指していた愛しい男と揃えで買った白銀色に輝くボールペンだった。
「シオ、卒業おめでとう」
「それはお前もだろ、フォスター」
卒業式とは名ばかりの航宙徽章授与式が終わり、汐見に声を掛けてきたのはフォスターで。彼の言葉に肩を竦めて笑う。汐見の言葉に「それはそうだが」とフォスターも小さく笑みを浮かべた。
「シオ! フォスター! お前らも行くだろ?」
「あぁ。シオも行くだろ?」
「……あぁ、そうだな」
陽気な調子で汐見とフォスターへ声を投げるのはシャルパンティエ。航宙徽章を受領した同期十九人で飲みに行くという誘いは、授与式前から受けていた。乗り気にはなれなかったが、フォスターの視線に居心地の悪さを感じながらも汐見は渋々といったように頷いて。
そんな汐見の様子にシャルパンティエは眉を寄せて「お前まだ引きずってんのかよ」と苦々しげに漏らす。そんなシャルパンティエへフォスターは「そっとしといてやれ」と嗜めていた。
「それはそれとして、飲みには行くがな。今お前を一人にしとくのは得策ではなさそうだ」
「お前は俺の保護者かよ、フォスター」
「クガにもお前の事を頼まれてるからな」
ひらりと振るように汐見の前に出されたフォスターの端末画面には、空閑からの端的なメッセージが表示されていた。
――アマネの事、よろしくね。
その一文に汐見は思わず舌を打つ。あの日以来、汐見と空閑は一度たりとも連絡を取っていない。フォスターには、メッセージを送る癖に。
「……勝手な奴」
ポツリと溢れていった言葉は、思った以上に不貞腐れたような響きで自分の耳に届いて。それすらも苛立たしい。あの頃は、こんな気持ちで航宙徽章を受け取るなんて思ってもいなかった。
この先もずっと一緒に居れるなんて事は、傲慢にも程があるなんて。あの頃の汐見は――そしてそれはきっと空閑も、思ってはいなかったのだ。