空閑汐♂デイリー【Memories】21 一人で眠れるようになった、あの頃は手にしようともしなかった煙草を覚えた。それは全部、もう一度ひとりで生きていけるようにしようとしたからだ。けれど――あの熱を喪った寒さだけは、ひとりではどうする事も出来なかった。
「ん……、アマネ……?」
「悪い、起こしたか」
出張で地球に来ていると連絡をくれたのはフェルマーだった。久々に飲もうかと、フェルマーが泊まるホテルの一室で買い込んだアルコールを開け気づいた時には泣いていた。
こんな事を言えるのは、フェルマーにだけで。空閑が隣に居ない日々があまりにも色彩に乏しくて、寒く悲しく――寂しいものだなんて吐露する事が出来る相手を、汐見はフェルマーしか知らなかったのだ。
あやすように抱きしめられた体温に、汐見は縋ってしまって。そしてその体温を求めたのも、汐見からだった。
「結構ボク的には頑張ったんだけど、こうもピンピンされてると複雑だなぁ……」
「悪いな、比較対象の体力が有り余ってたばっかりに」
ふぅ、と肺から煙を吐き出しながら汐見は肩を竦めて口端だけで笑ってみせる。その笑みはどこかぎこちなくて――あぁ、久々に表情筋を使った気がするなんて感想を抱く。
フェルマーに抱かれて、その瞬間だけは他者の体温を感じる事でその寂しさを払拭出来ていたように思う。けれど、その後に来る寂しさは縋る前より大きくて。まるで麻薬のバッドトリップのようだと自嘲する。
あの七年半で教えられた腹の奥の奥まで熱の楔を打ち込まれる快感や、訳が分からなくなった後に畳み掛けるようにぐちゃぐちゃにされる自分が融けてなくなるのではと思うような感覚を、思い出してしまったのだ。
一回だけの情交は、空閑に教え込まれた快楽には到底及ばなくて――逆に腹の奥が更なる熱を求めてじくじくと疼く。それを誤魔化すように煙を吸い込んだ汐見へ、フェルマーは白く細い肢体をそのままにベッドに座る汐見の元へとモゾモゾとやって来た。
「煙草、吸ってるのはじめて見た」
「あぁ、あまり人前だと吸わないからな」
咥えていた紙筒を、ほっそりとした男の指先が奪っていく。肺に溜めるように煙を深く吸い込んだフェルマーは、紫煙を吐きながら小さな咳をする。
「やっぱり美味しくないね」
「そんなもんだろ」
短くなった煙草をフェルマーの指先から奪い返し、最後の一口を吸った汐見は灰皿へとその紙筒を押し付ける。
「――ヴィン」
「なぁに? アマネ」
隣に座る男の名を呼べば、この行為を傷の舐め合いと断じた男が宝石のような碧い瞳を細めて首を傾げる。白皙の頬を両手で包み、額をこつりと合わせた。
「ごめんな、ありがとう」
謝罪と感謝を口にすれば、フェルマーは花が綻ぶような笑みを見せてくれて。触れるだけの口付けを与えてくれる。
「ううん、アマネの気が済むなら良いんだ――それに、アマネもわかったでしょう? アマネを満足させられるのは、ヒロミしかいないって」
だからいい加減、どうにかなってよね。揶揄う調子でそう重ねたフェルマーは、汐見の頬へ口付けを落とし、再びベッドへと潜り込んだのだ。