高校時代は、碁盤の目の如く張り巡らされた京都の街並みみたいに完璧だと思っていた男が、実はそうでもないと知ったのは一緒に暮らし始めてからのことだった。
互いに進学を決めて、頭の出来の差ゆえに別れた筈の道が重なったのは、お互い高校を卒業するまでの住まいから通うには少しばかり遠く、互いに進む大学が駅ふたつしか離れていなかったことにある。
沿線に大学が多いこともあり、学生向けのひとり暮らしのワンルームやルームシェア物件が豊富だ。
進学先が決まってから、ちょくちょくスマホから物件を見たりしていた。古泉も今のマンションからは引っ越すと言っていて、どういう間取りが良いとか駅からどれくらいまでなら許容範囲かなんてことを話す。ボードゲーム……確か、バトルラインで四敗していた古泉が穏やかな笑みを浮かべて嘯いた。
――ルームシェアの方が、家賃の予算は同じでも少し良い部屋に住めるみたいですよ。
物件探しをはじめてはいたものの、親からは一人暮らしについて大分渋られていた。俺が一人で暮らした場合、きちんと生活できるかあやしいなどと言われている。確かに家事の手伝いもろくすっぽしないでいた自分としては反駁できる要素はない。絶対に通えないかといえばそういうわけでもない、片道一時間半という微妙な距離もまた、俺の味方になってくれなかった。
だが、古泉とのルームシェアならどうだ?
俺の親から絶大な信頼を得ている古泉一樹と暮らすのであれば、一人暮らしに懸念がある両親を説得する条件としては非常に都合が良かった。
実際、親に相談すると、古泉くんが一緒なら、と拍子抜けするほどあっさり許可される。
――春からお前とルームシェアするから、そのつもりでな。
翌日部室で伝えたら、珍しく鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せた。いつも飄々として表情を読ませない古泉が驚いていたことに驚く。
そう来るとは思わなかったと苦笑していたが、実際のところどうなんだろうか。お前はこうなるってことを知っていたんじゃないのか?
――週末に、この物件を見に行こうと思っています。
その場で見せられた物件の情報は、一人で住むには広すぎる。
玄関から入ると広めのダイニングとキッチン。バストイレは別で、ダイニングの奥に鍵のかかる洋室が二部屋並んでいた。
そして暮らしはじめると、流石に毎日、頭の先から爪の先まで完璧な古泉一樹でいることは難しいらしく、気の抜けた格好を時々目にすることになった。
今も、すっきりした出で立ちで朝食の支度をしているが、後頭部に寝癖を見つけて、随分と油断したもんだ、と思いながらたっぷりのバターが塗られたトーストを齧る。薄く蜂蜜がかかって、バターの塩分と合わせて口の中が幸せで満ちた。
うまい朝飯に免じて、寝癖が付いてると教えてやるのは、駅についてからにしてやろう。
親指に少しだけついた蜂蜜をぺろりと舐めて、内心で独り言ちた。