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    sabasavasabasav

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    カスミは坊ちゃんが不老だということを、ルックから聞いている。そこに萌えたので書いた。

    #幻水小説

        ▽        ▽

     風が吹いている。

     同盟軍本拠地の高台。灰色に沈む空の下、冬の気配を孕んだ風が山々を撫で、湖の水面を揺らし、遠くの稜線をぼんやりと霞ませている。冷たい空気は、肌を刺すような鋭さを持っていた。
     けれど、カスミはその冷たさを拒まなかった。石壁に背を預け、胸いっぱいに風を吸い込む。凛とした冷気が肺に満ちるたび、心のどこかに溜まっていた澱が、ゆっくりと洗い流されていくような気がした。
     以前は、この季節が苦手だった。武器を握る手は悴み、吐く息は白く、世界はただ静かで、寒さが孤独を際立たせた。
     ──けれど、この季節になると、必ず思い出す光景がある。
     こういうとき、彼はふらりと現れて、決まって数言だけ交わして去っていくのだ。たったそれだけなのに、不思議と心は温かくなった。
     「ここは冷えますから建物の中へ」と呟いたときは「カスミのほうが寒そうだ」と苦笑して、自分のために着てきただろう外衣を肩に掛けてくれた。
     何気ない話にも、彼はまるで大切な報告でも聞くように、じっと耳を傾けていた。
     話し上手ではなかった己に沈黙を押し付けることもなく、ただ隣にいることを自然に受け入れてくれる人だった。
     だから、気がつけば視線で彼を探すようになっていた。名前を呼ぶとき、ほんの少しだけ胸が高鳴るようになっていった。
     自覚した頃には既に、彼の姿はどこにもいなくなっていた。
     前髪が風に揺れて踊る。音もなく流れていく雲。耳に届くのは、轟々と唸る風の音と、遠くで旗がはためくかすかな音だけだった。
     ──ふと、背後に気配を感じた。
     それは、まるで風の一部が人の形を取っていくような存在感だった。
    「……こんなところにあんたがいるなんてね」
     懐かしさを含んだ声に振り返ると、そこには緑色のローブに身を包んだルックが立っていた。年齢の定まらない外見に、戦場の只中を渡ってきた者だけが持つ、深く澄んだ眼差しが鈍く光る。
    「……ルック様。私に何か伝言でも?」
    「別に、用事があって来たわけじゃない。ここなら一人になれると思ったのに。予定が狂ったよ」
     ルックは肩をすくめ、石壁にもたれるカスミの隣に立った。二人の間に会話はなく、ただ風だけが通り過ぎていく。言葉がなくても、不思議とその間は苦にならなかった。
     けれどその沈黙を、ルックの問いが破る。
    「……ティアのこと、考えてた?」
     まるで核心を突くような一言だった。
     カスミの心臓が跳ねる。反射的にルックを見返し、そしてすぐに目を逸らした。
    「あんたさ、あいつのこと好きなの?」
     取り繕うように口を開くが、言葉はうまく出てこない。
    「い、いえ……その……あの……えっと……」
     情けないほどにうろたえる己がいた。任務であれば、どんな修羅場でも冷静でいられるのに、彼の名前が出ただけで、まるで子どもに戻ったように動揺する。
     けれど、やがて観念したように目を伏せ、小さく頷いた。
    「……はい」
     答えた途端、心の奥にしまっていた想いが溢れそうになった。
    「三年も経って、もうどこにいるかも、生きているかも分からないのに?」
     酷いことを言われているとは思えないほど、やさしい声だった。しかしその問いかけは、胸の内にある避けてきた箇所を鋭く突いてくる。
    「……そうですね。探しても、見つかりませんでした。もしかしたらもう、どこにもいないのかもしれない。なのに……」
     言葉を噛み締めながら、カスミは続けた。
    「諦めきれないんです。何も告げずに国を去り、私はあの方に何も伝えることができなかった。もう一度出会って、話がしたい。それだけなんです。……いえ、きっと……会って話をして、置いていかれた自分を納得させたいだけなのかもしれません」
     自嘲の笑みがこぼれた。未練がましいと思いながら、それでもその気持ちは消えてくれなかった。
     ふいに視線を感じて顔を上げる。ルックがまっすぐにこちらを見ていた。その眼差しには、哀れみとも取れる冷たさが滲んでいた。
    「……だったら、聞いておいたほうがいい。知れば後悔するだろうけど、知らないままじゃ、進めないこともある」
     ルックの言葉に、カスミは無意識に背筋を伸ばした。
    「真の紋章は、ただの力の源じゃない。あいつが持ってるのは生と死を司る紋章、通称ソウルイーター。生きとし生けるものの魂を喰らう悪食だよ」
     その言葉に、呼吸が止まる。
    「特に、傍にいる者ほど危険が伴う。大切に想う者ほど、引き寄せられていく。……だから、あいつは誰の傍にもいられなかった」
     説明は理にかなっていた。そして、妙に腑に落ちた。
     彼が誰にも別れを告げなかったこと。誰とも深く関わろうとしなかったこと。どれも、ただの自己犠牲ではない。彼自身が誰かを喪うことを最も恐れていたから、行動に移していた。
     カスミの心にはそれほど大きな動揺はなかった。彼の優しさを知っているからだ。誰かを傷つけることを恐れる彼ならば、そうするだろう。
     納得していたカスミを余所に、ルックはさらに言葉を続ける。
    「それだけじゃない。真の紋章は、時間さえ縛る。三年前の戦争中、ティアの身長が伸びなかったのは紋章のせいだ。成長することも、年老いることもない。身体も、歳月も……あいつは生きている限り自分の時を進めることができなくなった」
     その瞬間、内部から凍りつく感覚がした。
     ──時が、止まる?
     想像すらしたことのない事実だった。
     魂を奪う呪いよりも、その現実はあまりに残酷だった。
     彼は今も、あのときの姿のままなのか? 三年という時の流れに乗れず取り残されている?
     理解とともに、どうしようもない後悔と哀しみ、それすら零れ落ちていくほどの喪失感が波のように押し寄せた。
     カスミは、拳を強く握り締めた。目を伏せ、言葉を探す。
     ルックの話を聞いて、納得してしまいたくなった。これが真実なのだと、心に刻みつけてしまえば、楽になるのかもしれない。全てを受け入れて、「彼とは共に生きる運命になかった」と思えたなら、この胸の痛みも少しは和らぐのかもしれない。
     それでも──その一歩が、どうしても踏み出せなかった。
    「……信じられません」
     静かに、けれど強く、言葉が溢れた。
    「あなたが安易な嘘をつくような人ではないことは、分かっています。でも……ティア様が、自分の意志で誰の手も取らずに去っていったのだとしたら、その理由は想像でしかありません。私は、自分の目で確かめなければ、納得できないんです」
     ルックは静かにカスミを見ていた。その瞳の奥に見え隠れするものが何だったのか、カスミには分からなかった。
     やがてルックは小さく「そう」とだけ呟いた。

     風が吹き抜けた。すべての言葉が終わったことを告げるように。

     そのとき、ふと気配が途切れた気がして隣を見やると、ルックの姿は既にそこに無かった。
     まるで風そのものに還るように、音もなく、静かに消えていた。




     ──数ヶ月後。
     ルカ・ブライトとの戦いがようやく一段落した頃、カスミはリアン達と共に山間にひっそりと佇む小さな村を訪れていた。
     同盟軍リーダーを名乗っている人物が滞在しているという噂が本拠地まで流れてきた。また悪用されてはかなわないと、リーダー直々に原因究明に動き出すことになった。地の利があるため、リーダーの護衛として付き添っていた。
     長閑な村だった。住民すら然程いないというこの村で長らく宿泊しているという少年が、この先で釣りをしているという。
     風が吹いている。
     草木が擦れる音が耳に届くほどの静けさ。それでも、確かにこの先に誰かの気配があった。
    「ティア、様……」
     記憶と寸分違わぬ少年が、そこにいた。
     ティアは少し驚いたように目を見開き、それから──懐かしむように、穏やかな微笑を浮かべた。その微笑みが、カスミの記憶の中にいるティアの姿と、完全に重なった。
     ティアは、変わっていなかった。
     その事実が、刃となって胸を貫いた。
     リアン達に挨拶をするためなのか、その場でティアが立ち上がった。視点が下がる。いつの間にか、カスミの背丈はティアをとうに追い越していた。
     三年という時間が、彼の上だけを静かに通り過ぎていたという証が我が身にある。
     ルックに伝え聞いていた真実が、目の前で静かに証明されていく。

     カスミは、静かに息を吐いた。
     胸の奥で何かが崩れていく音を、確かに聞いた気がした。


        
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