「ただしい愛人の作り方」プロット【人物設定】
★オメガバース庵53パロ
カヲル:ドイツに縁を持つゼーレ財団の若き理事。29歳。日本を拠点としている化粧品メーカーの代表。純血のαであり、正妻となるαのフィアンセがいる(純血を守るためであり、正妻からは愛されているがカヲル自身は何とも思っていない)。
昔からよく命やその立場を狙われることが多く、また両親は幼い頃に亡くなったということもあり、基本的に人間というものを信用していないし愛というものは全てまやかしだと思っている。
しかしシンジと出会って彼の思いやりに触れてからは彼のことが好きになり態度も軟化させていく。
シンジ:14歳のΩ。元々没落貴族であり、ほぼ一般人のような暮らしをしていたが両親が急死。その後しばらくは一人で暮らしていたものの、家賃や光熱費、何より抑制剤が払えなくなり困っていてパパ活をしていたところ(Ωとはいえども中学生ということもあり、食事のみだったのであまり稼げなかった)で両親の知り合いであるゼーレの会長(カヲルの祖父)がカヲルを頼るようサポートしてくれる。不自由なく大人になるまで面倒を見てやるから、αであるカヲルの愛人となってくれと頼む(シンジはそれを知らず、カヲルからそれを聞かされる)(しかしカヲルは未成年に手を出す趣味はないと言い、何の条件もなく普通に暮らしていいと告げる)。
カヲルと親しくなってからは彼への恋心を自覚するも、カヲルのフィアンセに邪魔物扱いされ、さらに自分を正妻にしようとしているカヲルが親族から疎まれていることを知る。そしてさらに昔パパ活していたことをフィアンセから突っ込まれ、カヲルから離れる。
フェロモン量は普通だが、ストレスがかかると(寂しくなったりした時など)量が多くなる体質を持つ。
【簡単な流れと入れたい話】
カヲルとシンジが出会う→一緒に暮らす→カヲル、最初は取るに足らない子だと思っていたもののだんだんと自分の中に占めるシンジが大きいことを自覚する→シンジ、自分がカヲルの邪魔だとフィアンセから嘯かれて高校卒業と共に最後に寝てから出て行く(うなじを噛ませないようフィアンセから強く言われている)→カヲルの友人であるリョウジのところで匿ってもらうことに(フィアンセの家に引き取られるところをリョウジが助け出してくれた)→リョウジ、カヲルのところへ戻るよう言うもののシンジは彼のためにならないからと首を横に振る→リョウジ、カヲルの元を尋ねる。シンジを探しているものの、自分のことが嫌いになったのかもしれないと言うカヲル→リョウジ、お互い想いあっているくせに!と強硬手段としてシンジを連れてカヲルの元に。自分のものにする、と嘘の宣言をする→シンジをすんでのところで掴むカヲル。君が僕のことを好きでないとしても僕はずっと君といたい、君と眠りたいと言うカヲル→シンジも受け入れて終わり。
★カヲルが学校まで迎えに来るエピソード
→学校でラブレターを貰ったのをカヲルが嫉妬する
家庭教師を雇うことを提案するがシンジに却下される
★月に一度、カヲルはフィアンセと会うことになっている。その間は胸が痛むシンジ
→フィアンセは頻度が少なすぎると怒っている。シンジがいなければ……という思いが募っていく
★リョウジと会う
「嘘つき。……一人でも寝られるくせに」
【本編ここから】
とんでもなく大きな館の大きな応接室、そこで数メートル離れた先にいるカヲル。
「君は、僕の愛人になるために連れてこられたんだよ」
けれど、とカヲルはシンジに言う。
「君が僕を好きになる必要はない」
一目惚れした相手にそう言われるシンジ。
時間が遡る。両親が亡くなってしまい、天涯孤独となるシンジ。ある程度のお金はあったものの、家賃や光熱費、何より抑制剤が払えなくなりそうで困り果てていた。パパ活のようなこともしていたが抱かれる前に怖くなって逃げだして結局失敗。
その時、両親の仕事のパートナー企業の会長であったキールから「自分の孫が君のサポートをする、二週間後に迎えが来るから必要な荷物を全て持っていくように」という手紙が届く。
記載されていた日にちに迎えが来て、されるがままに向かえばカヲルが応接室で待っていた。
カヲル、αがΩを愛人として抱える習慣を説明する。愛人というよりはペット扱い。自分にもフィアンセがいて、君は愛玩人形となるだけだと告げる。
「けれど、君はまだ中学生だ。僕も子どもに手を出す趣味はないし、このままここにいてくれれば御爺様もしばらくは煩いことを言ってこないだろう。お互いに利益を享受すればいい。きみだってここにいれば生活の心配はないからね」
そう言って去っていくカヲル。シンジ、広い部屋を与えられる。
それからカヲルと会うことはほぼなかった。カヲルは早朝に帰ってきて眠り、シンジが学校から帰ってくる頃には仕事に出ている。
暇だから、と家事を手伝いながらお手伝いさんたちと話すシンジ。聞けばかなり前からこのような生活を続けているらしい。大人だし、社長ってそんなものなのだろうか……と考えている。
ある日学校から帰宅して廊下を歩いているとまだカヲルと、それから知らない青年がいて青年の方とついぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい!」
「こっちこそごめん、大丈夫か?」
手を差し伸べてくれる青年。ありがとうございます、とそそくさと退散しようとしたところ、青年が「もしかして君がシンジ君?」と声をかけられる。
「え、あ、はい、そうですけど……」
「リョウジ」たしなめるようなカヲルの声。しかしリョウジは「あっ!」という声を出すと、
「ごめんごめん、さっきの部屋にペン忘れちゃったよ。なあ碇君、君も自分の部屋まで戻るんだろ?良かったら途中まで一緒に行こう」
「え、ええと、」
恐る恐るカヲルの方を見るシンジ。カヲル、仕方ないという溜め息をつきながら「僕は先に車へ行くからね」と行って歩いて行ってしまう。
これで良かったのか困惑しているシンジに、リョウジはにっこりと笑いかける。
「大丈夫だよ、どうせいつだってカリカリしている奴なんだ。ああ見えてもね」
「……あの、貴方は」
「ああ、僕の名前は加持リョウジ。カヲルとは幼馴染でね、たまに仕事の話だったり、あとは普通に雑談しに来たりするんだ」
さあ行こう、と廊下を歩きだすリョウジ。迷わない足取りに、きっと自分よりこの館のことは知っているのだろうと察する。
「君のことはカヲルから聞いたよ。大変だったんだってね、今は悩みとは心配事はない?」
「あっ、あの、はい、良くしてもらっています。……カヲルさんとはあまり、話したことはないんですけど」
「あいつ、生活リズムもめちゃくちゃだしなぁ。あいつ自身もそれに参ってるけど、治せた試しはない」
「……そうなんですか」
「うん。……あいつ、悪いやつじゃないんだ。ちょっとひねくれているだけなんだよ。それを君だけには分かってもらいたくてさ」
「あの、……どうして僕に」
「だって一緒の家に住んでるんだろ? 君が一番、あいつに近いんだ」
「それになんとなく、君とあいつは上手くやれる気がする」
「何かあったらいつでもこの番号にかけてよ。いつでも飛んでくるからさ」
じゃあ、と言ってシンジの部屋まで着くとリョウジは玄関の方へ向かっていく。忘れ物なんてそもそもしていなかったのだ。
残されたシンジ、メイドさんたちにレシピ集などの本を読みたいと相談する。
シンジ、それを聞いて少しでも眠れるようにと学校へ行く直前にカヲルの寝室に温かい飲み物を保温マグに入れておいておくようになる。学校から帰った後にそれを回収するが、一週間経ってもそれが飲まれた形跡は一度もなかった。
口に合わないのだろうかとあれこれ飲み物を試すが、どれも飲まれない。庶民の自分が精一杯、上流階級の人が飲むおしゃれなものを調べて作っているけれど到底叶わないのだろうか。
(……それなら、作り慣れているものの方がいいのかな)
シンジ、味噌汁を作って置いておく。その日、学校から帰宅した後に飲み物を回収しようとしたところ、お手伝いさんたちの噂話をうっかり聞いてしまうシンジ。
「可哀想にねぇ、シンジ君も」
「本当。けれどまさかカヲル様がΩを嫌っているなんて言えるはずもないし……」
シンジ、それを聞いてショックを受ける。その日はカヲルの部屋へ回収へ行かず、自分の部屋へ向かい寝てしまう。
(第1話ここまで)
次の日は飲み物を用意せずに学校へ。帰宅すると、お手伝いさんが慌てた様子で「カヲル様がお待ちです」と告げに来る。
だだっ広いダイニングルームへ連れていかれる。長いテーブルの向こう側にはカヲルが座って待っていた。
シンジ、今まで勝手なことをしていたことを怒られるのではないかと咄嗟に謝る。
「ご、ごめんなさい!」
「……何のことだい?」
「嫌がっていると分かっているのに、無理やり、飲み物なんか用意して……」
カヲル、微笑みを絶やさないまま口を開く。
「一つ、聞きたいんだ。君はどうして僕にあのようなことを?」
「え、」
「何か思惑でもあったのかな」
そう言われてシンジ、顔を真っ赤にする。
「……眠れないと聞いてて、きっと疲れているだろうって思って、それで、用意してました」
「……それだけかい? 僕に取り入ろうとか、そういうことは?」
「そ、そんなことないです! だって、……カヲルさんはΩが嫌いだと聞いたから。僕なんて好きになるはずがないって、分かっているから……」
そこで泣いてしまうシンジ。ごめんなさい、すみません、もうしませんと言って部屋へ勝手に帰る。部屋でぐすぐす泣くシンジ。そこにカヲルがやってきてドアを叩く。
「失礼するよ」
「…………」
黙るシンジ。カヲル、部屋に入ってベッドの端に座る。
「すまない、君を傷つけてしまったね」
「僕がΩを嫌っていたのは本当だ。……僕らαに取り入り、罠をかけてでもαの庇護下に入りたいと思うΩはたくさんいる。僕はそういう彼らを嫌というほど見てきた。自分の足で立たない、こちらの気持ちを考えない性……そう思っていた」
「けれど君は違った。君は僕のことを考えて、それだけでここまでしてくれたんだ」
「君のようなΩは初めてだよ」
「昨日作ってくれた味噌汁は、きっと家庭の味というのだろうね。僕はそういったものに無縁だったから……香りで惹かれた。飲んだら心が温まって……料理をあれほど美味しいと感じたのは、初めてだった」
もし良ければ今からでも作ってくれないか。そう言うカヲルに、シンジは目を擦ってからうん、と頷く。二人でキッチンへ。カヲルがキッチンへ来るのは初めてで、メイドさんたち皆が驚いた顔をする。シンジが作るところをじっと見るカヲル。
「……どうして、夜、眠れないんですか」
「……朝が昔から苦手なんだ。明日が来てしまった、今日も一日生きていかなきゃいけないと思い知らされるのが嫌になる。僕は昔から、誰かが敷いたレールの上を走ってきた。有難いことにそこそこ器用に生まれたからね、逸れることなく正しく走ることだけは出来てしまったんだ」
「昨日と同じ明日が何度も繰り返される。そんな未来に意味はあるとは思えない」
「……でも、明日になったらまた会えますよ」
「お味噌汁だって飲めるし、僕は明日もカヲルさんに会いたい。だから意味がないなんてこと、ないんです」
「……あ、ごめんなさい! 偉そうなこと言っちゃって、」
「いや……君の言う通りだ」
「良かったら付き合ってくれるかい? 僕が朝日を迎えられるように」
(第2話ここまで)
それからカヲルは少しずつ時間をずらして眠るようになる。
朝早く帰った時には昨晩早く寝て起きたシンジが出迎え、前日より一時間遅く寝るようにしていく。
いつもシンジの方が早く目覚め、カヲルを起こしていた。
やがてシンジが家を出る8時以降になると、カヲルは「電車ではなく車で行きなさい」と言って少しでも自分と接する時間を長くしてくれようとした(けれど車で行くと死ぬほど目立つので、断っている)
7時間睡眠だと夜22時に寝れば朝日を見る(朝5時起床)。それを繰り返して行って、やっと明日がその日となったところで、カヲルが「今日は一緒に寝てくれないか」と相談してくる。「」
「でも、邪魔になっちゃうんじゃ……」
「君が? そんなわけないさ。それに抑制剤はきちんと飲んでいるだろう?」
「そ、それは、もちろん」
「……情けない話なのだけれどね、僕はまだ明日を迎えるのが怖いんだ。だから、君にいて欲しい」
その夜は一緒のベッドに入り、おやすみなさい、と声をかけあう。カヲルは寝られないのか、何度も寝返りを打った。
「……カヲルさん、寝られないんですか?」
「あ、ああ、起こしてしまったのならすまないね。大丈夫、もう煩くしないよ」
「……先に謝っておきます」
そうしてカヲルの手を握るシンジ。カヲル、驚いた顔を浮かべる。
「僕なんかとこうしても何の助けにもならないかもしれないですけど、でも、ないよりマシだと思うので」
「……僕も謝ろうかな」
「え?」
そう言ってシンジを抱きしめるカヲル。
「か、カヲルさん」
「すまない、……今だけは許して欲しい」
カヲルの腕の力が強いと感じるシンジ。シンジ、カヲルの背中に腕を伸ばす。
次の日の朝、シンジの方が先に起きる。ゆっくりと起こさないように顔を上げると、カヲルの寝顔。穏やかに眠っていて、顔にかかっている前髪を指でそっと払う。その綺麗な寝顔にドキドキしていると、カヲルが目を開いていく。
「お、おはようございます」
「……おは、よう」
あまり言い慣れていない感じ。シンジ、「カーテンを開けてもいいですか?」と聞く。カヲルが頷く。外は良い天気で、ちょうど朝日が昇っているところだった。
「わぁ、ちょうど日の出だ……!」
太陽が昇っていき、空を照らしていく。シンジ、カヲルの方へ振り返り「綺麗ですね!」と言って笑う。
「……確かに、綺麗だね」
カヲル、ベッドから立ち上がってシンジへ近づき、額にキスを落とす。
「綺麗だよ」
シンジ、自分のことを言われていると気づき「か、顔洗ってきます!」と言って部屋を出て行く。
学校から帰宅すると、ちょうど屋敷から一人の女性とそのお付きの人達がぞろぞろと出て行くところだった。シンジ、誰か分からずとりあえず頭を下げる。女性は嫌そうな顔をしながら顔を背け、車へ乗り込む。誰だったんだろう……と思っていると、後ろから「シンジ君!」と声をかけられる。振り返るとリョウジがいた。聞くと、屋敷でそれぞれの家同士の会合のようなものがあったらしい。
「嫌なやつと会っちゃったなぁ。何かされたりしなかったか?」
「嫌なやつ……? あの、さっきの女の人ですか?」
「あれ? 知らないのか」
やってしまった、という顔をするリョウジ。さっきの人ってカヲルさんの親戚の方とかなんですか?とシンジが聞くと、リョウジはバツの悪そうな顔をして「……カヲルの婚約者だよ」と答えた。
婚約者。確かにフィアンセがいると最初に会った時に言っていた。あの人か……と思うとともに、カヲルの隣にはあれぐらい綺麗な人が似合うんだろうなぁ、と思うシンジ。
(第3話ここまで)
夕飯時になっても、カヲルのフィアンセのことが頭から離れなかった。今ではカヲルと一緒に食事をしているシンジ。ぼーっとしていると、カヲルから声をかけられる。
「どうしたんだい、何か考え事をしているみたいだね。本当は僕に何か言いたいことがあるのではないかい?」
「あ、ええと、カヲルさんの婚約者さんを今日見かけたんですけど、すごい綺麗な方だなって思って……カヲルさんにぴったりですね」
誤魔化すような笑みを浮かべながらそう言うと、カヲルは「ああ、けれど僕は彼女に対して特別な感情は抱いていないよ」と言ってのける。え、と驚くシンジ。
「政略結婚なのさ、僕にとっては。それに、確かに彼女は世間一般的に見たら美しいかもしれないね。けれど僕にとっては──シンジ君より美しい人間などいないよ」
思わずせき込むシンジ。カヲルは大丈夫かい、と声をかけながらもシンジを口説き続ける。
「君が好きだ、シンジ君。どうして君と会ってすぐに気づかなかったのだろうね、君はとてもピュアで、特別な輝きを放っているということに」
「え、いや、でも婚約者さんが、」
「僕が愛しているのは君だけだよ」
まさかここまでド直球に告白されると思っていなかったシンジ。嬉しいけれど、どう返事したらいいのか分からない。相手は立場もあるし、大人で、住む世界が違う人だ。今ここで簡単に返事していいものなのだろうか。いや、もしかしたらからかっているだけなのかもしれない。
そう困っていると、カヲルが「返事はすぐでなくとも構わないよ。しっかり考えて、僕の手を取って欲しい。僕も君が子どもであるうちは決して手を出さない。まあ、親愛のキスぐらいは許して欲しいものだけれどね」と言う。
「あ、あの、カヲルさん、」「カヲル、でいいよ」「いやっ、そんなわけにはいかないです……!」「敬語も外してくれ、君との距離を詰めたいんだ。そうしてくれると僕は嬉しい」「……じゃあ、えっと、……カヲル、くん」
嬉しそうに微笑むカヲル。
「ところで、今日も一緒に寝てくれるかい?」
「えっ」
「まだ一人で朝を迎えるには心細くてね。いいだろう?」
心臓がもたない、と思うシンジ。
それからカヲルはずっとシンジに付きっ切りだった。帰宅してシンジが出迎えに来なければ自分からシンジの部屋まで行ったり、勉強を見てくれたり、食事の際も近くで一緒に食べようということになってカヲルが座っていた場所のすぐ隣でするようになったり。
(ここで二ヵ月ほど経過?)
カヲル君への印象は変わりつつある。前はもっと、ちょっと近づきがたい人なのかもと思っていたのに。
「おや……この手紙はどうしたんだい?」
「え? あっ」
学校で女子(Ω)から貰ったラブレターがバレる。
「あ、あのっ、こういうのってどうすればいいのかな……」
「……シンジ君はどう返事をするつもりなのかな?」
「こ、断るよ!」
それに僕はカヲルさんの愛人だし、と言おうとして胸が痛くなり、咄嗟に別の理由を言う。
「そういった目で見たことない子だし、でも、きっとたくさん勇気を出してくれたと思うから……」
「そう……君は優しいね。その優しさの導くままに言葉を紡げばいい。きっとその子も分かってくれるさ」
「そ、そうなのかな……いつも困っちゃうんだ、こういうの貰った時ってどうしたらいのか」
「……初めてではないのかい?」
「あっ、いや、そんないっぱい貰っているわけじゃないよ! たまにってだけで」
「…………成程」
カヲルが少し怒ったように見えてびくっとするシンジ。しかしカヲルはすぐにいつものような笑みを浮かべて、
「好きな人が魅力的だというのは僕にとっても喜ばしいことだよ」と言ってシンジの腰を抱いてくる。
次の日、HRが終わって教室の掃除をしていると何やら校庭やクラスメイトがざわついていることに気づく。どうしたのだろうと窓に近づくシンジ。すると校門にどでかいリムジンが停まっていてぎょっとする。しかもその前にはカヲルさんが立っている。シンジ、ぎょっとしているとシンジに気づいたカヲルがこちらに向かって手を振る。
「シンジ君、迎えに来たよ」
(第4話ここまで)
周りの注目を集めるシンジ。慌てて鞄を掴んでカヲルの元へと駆ける。
「カ、カヲル君っ……! なんで、いつも迎えなんて、」
「仕事がたまたま早く終わってね。ちょうどいいと思ったものだから」
「ちょうど良くないよっ……! ~~っ、もう、良いから早く乗ろう!」
慌てて乗り込んで溜め息をつくシンジ。隣に座るカヲルは機嫌が良さそう。
「……明日から皆に噂されちゃうよ」
「されるといいよ。シンジ君はあの渚カヲルと一緒に住んでいて、恋人であるようだ……とね」
「あ、ああっ! もしかして今日来たのってもしかして昨日のラブレターの……」
「君は自分の美しさに自覚がないようだからね」
「べ、別に……」
「……学校より僕が家庭教師をした方が安全かな?」
そう過去のことを振り返りながら、今朝の日付を見て「あ、」と言葉を漏らす。
月に一度、第三週の土曜日はカヲルのフィアンセが来る日だった。
いつもは空気を読んで外へ出かけるものの、ちょうど前日に学校で友人の部活の手伝いをしていたので若干筋肉痛。あまり外へ出る気がしない。
(別に、ずっと外にいてくれとか言われてたわけじゃないし……)
今日ぐらいは自分の部屋でゆっくり過ごそうと決めるシンジ。しばらくは二度寝したり宿題をやったりして過ごす。少し休憩しようと、注意を払いながら台所まで行こうとすると外から笑い声が聞こえてきた。近くの窓からそっと覗く。そこにはカヲルとフィアンセが仲睦まじく談笑している姿があった。
(……お似合いだなぁ)
カヲル君は政略結婚とか言っていたけど、こんな中学生の子どもより、ああいう人といた方がいいんじゃないか。
そうナーバスになるシンジ。一人でいたくない、誰かいないだろうか。
(……あ、そうだ)
電話をするシンジ。相手はリョウジ。
「ごめんリョウジ君、今から遊びに行ってもいい……?」
裏口からこっそり出て、リョウジの家へ向かうシンジ。リョウジの屋敷も十分大きい。
「シンジ君!」
「ごめんね、いきなり来ちゃって」
「全然だよ、ゆっくりしていって。カヲルの屋敷よりは面白いものがあるはずだからさ」
しばらくゲームなどで遊び、休憩しようとコーラを出されたところでリョウジが「カヲルと何かあった?」と聞く。
「え、」
「ちょっと元気なさそうだったからさ」
シンジ、今日のことを言う。自分が隣にいていいのか。カヲル君は僕のことを好きだと言ってくれているけれど、多分最終的にはフィアンセの人を選ぶ。その方がいいとは思うけれど、ずっとその気持ちでいるのは苦しい。
「ただの居候だって思えれば良かったとは思うんですけど、……」
「それぐらい君も、カヲルのことが好きになったんだね」
頷くシンジ。
「……あのフィアンセとの関係はそう単純じゃない。それぞれが持つ会社同士の利益のため、という意味合いもある。だけどシンジ君がカヲルのことが好きで、カヲルも君のことが好きだってことは僕が保証する」
「リョウジ君……」
「ま、今日ぐらいはあの浮気性の男のことなんて忘れたら? カヲルにはこっちから連絡しとくからさ、今日は泊まって行きなよ」
「え、でも、」
「まぁまぁ、ゲームももっとあるし、遊びたいだろ?」
そう言われて頷くシンジ。たくさん遊ぶものの、その日は夢の中でカヲルとフィアンセが挙式する夢を見る。
そうして次の日の朝、誰かが自分を起こす感覚がする。「シンジ君、迎えに来たよ」と言われてシンジ、「僕のところになんて来ないくせに……」と寝言で言う(本人にとっては夢の中で)。
「……シンジ君?」
「うーん……あれ、カヲル君……?」
驚いた顔をしているカヲル。シンジ、慌てて起き上がる。
「カ、カヲル君!?」
「……やあ、お目覚めのようだね」
時計を見れば二時半。どうやら一度うたたねをしてしまっていたらしい。
「迎えに来たよ」
カヲルがシンジの頭を優しく撫でる。シンジ、その理由は分からないけれどとりあえずそれを受け入れる。
「……迎え?」
「君がいないと僕は眠れないだろう?」
「そ……んなことないよ、カヲル君はもうきっと一人でも眠れるよ」
「いいや、君がいないとダメなんだ」
「そんな僕を、許してくれるかい?」
「ゆ、許すも何も、」
「……カヲル君と、一緒にいたい」
起きていたリョウジに挨拶して、一緒に帰る二人。
ベッドに入り、一緒に寝る二人。抱きしめてきたカヲルを抱き返しながら、今の幸せを噛みしめていたいと願うシンジ。
(第5話ここまで)
それからしばらくしたある日の休日、カヲルの元に仕立て屋がやって来た。
邪魔になるから自分の部屋に帰ろうとしたシンジ、カヲルに呼び止められる。
「待って、君のために呼んだんだ」
「え?」
「スーツを仕立てるのさ。持っていないだろう?」
「え、ええと、なんでスーツ……」
「一ヶ月後に僕の誕生日パーティーがあるんだ。まあ、僕としてはそんな催しなどどうでもいいのだけれど、君にも出席してもらえれば出る甲斐も生まれるからね」
「あ、でもそれなら学生服が……」
「いいや、スーツの方がふさわしい。それにもう呼んでしまったしね」
「でも、あの、お金……」
「僕が出て欲しいとお願いしている立場だからね。勿論僕が出すさ」
それからあれよあれよと採寸されるシンジ。
解放された後に、(そっか、一ヶ月後誕生日なんだ……)と思う。
何を贈ればいいのだろう。きっとそこら辺のものならきっと自分で買えてしまうだろうし、きっと相応しいものはあげられない。そう考えてずっと悩んでいる。
(手料理、とか……?でもパーティーで色々出るだろうし)
僕がカヲル君にあげられるものって何もないんだなぁと思うシンジ。
ひとまずヒントでもないか探してみようと屋敷の中を歩いていると、カヲルの部屋から何か言い争うような声が聞こえてきた。カヲルの声だけが聞こえてくる。
「……確かに彼女の持つ利権が手に入らなくなるのは惜しいかもしれません。けれど彼女だけが米国へのパイプを持っているわけではありません。代わりは探せばいるでしょう。けれど彼は僕の──」
そう言えば最近カヲル君は忙しいらしい。今日も自分の仕事部屋に籠って作業をすると言っていた。
最近は食事と寝る時ぐらいにしか会えない。それが寂しくて溜め息をつきつつ洗濯の手伝いをしていると、近くにいたメイドさんが「良かったらカヲル様に珈琲を持って行ってあげて」とアシストしてくれる。
珈琲を運ぶシンジ。ノックして部屋に入ると、疲れ果てている様子のカヲルがいた。
「……シンジ君か。ああ、珈琲を持ってきてくれたんだね。恥ずかしいな、こんなところを見られるなんて」
「あ、いや、その……ごめんなさい」
「君は悪くないよ、余裕のないところを見せた僕自身のせいだ」
おいで、とカヲルはシンジを呼び、自分の太ももの上に座らせる。そしてぎゅっと抱きしめると、「君さえいれば僕は幸せなんだ」と呟くカヲル。
シンジ、いっそのこと本人に聞いてしまおうと聞いてみるが、「シンジ君がいるだけで僕は何もいらないよ」と返されてしまう。
そういうことじゃないんだけど……と思っていたところで、カヲルから「強いて言うなら、今日の就寝前には君の作ったお味噌汁が飲みたいな」と言われる。そこでシンジ、それを入れている保温スープジャーとペアマグカップを新しく買おうと決める。
しかしお小遣いとしてもらっているお金は全てカヲルから貰ったもの。どうやってお金を貯めよう、と考えているところでリョウジから電話がかかってくる。そこでシンジがその件について相談すると、「じゃあ僕んちで働く?」と提案してきた。
原料メーカーの社長であるリョウジ。屋敷の中にもその原料資料などがあるが、散乱していて困っているとのこと。資料整理をしてくれれば時給を出す、と言うリョウジにシンジ、速攻でやると決める。
誕生日プレゼントにと決めたのはスープジャーとお弁当箱。お弁当はこれから作ってもいいかも……と思ったから。
合計で一万円ほど必要になり、5日間かけて水木金土日とリョウジの家へ通うことになった。
学校から直行し、夕飯までに帰ってくるというサイクル。カヲルには部活だと告げていた。
しかし土日も行こうとするシンジに、カヲル、何かあるのではないかと疑う。
土曜日の夕飯の時に、カヲル、シンジに対して「部活、忙しいようだね」と聞く。
「ああ、うん、怪我した子が出ちゃったみたいで、その穴埋めに、」
「そう。じゃあ明日は僕がまた迎えに行こうかな」
「え、」
「疲れているだろう? また騒がれるのが嫌なら少し離れたところで待とう。そうすれば目立たないだろうから」
「いや、でもカヲル君ほど忙しいわけじゃないし、申し訳ないからいいよ! この前だってすごい疲れてたみたいだったし」
「君と一緒にいたいんだ。駄目なのかい?」
こてん、と首を傾げられてつい「駄目じゃないよ」と言ってしまいそうになるシンジ。けれどそう言うわけにもいかず、ぐっと堪える。
「……駄目!」
「シンジ君……」
「僕だってもう小学生じゃないんだし! 部活の子と一緒に帰る約束してるから、来ないで!」
そう勢いで言ってしまって慌てて訂正しようとするものの、カヲルは寂しそうな顔をしながら「そうだね、君を少々子どもらしく扱いすぎていたのかもしれない。行って来るといいよ、明日は婚約者が来るからその相手をしなくてはならないしね」
シンジ、婚約者と過ごすんだ……と少ししょぼんとするものの、やっぱり止めると言うこともできない。
(……立場をわきまえろ)
どれだけ愛していると言ってもらえていたとしても、自分はしょせんカヲルと一緒になれはしない。それならこんな気持ち、早く捨ててしまえればいいのにと泣く。
次の日の夜、帰宅するとカヲルはまだフィアンセを出迎えるために着ているスーツに身を包んだままだった。玄関ホールで偶然(本当は帰宅を待っていた)カヲルと会ったシンジは、お茶菓子が余ったから自分の部屋へ来ないかと誘う。
断りたいけれど、世話になっている手前断れないシンジ。頷くとカヲルが腰を抱いてエスコートしてくれるものの、その時に甘い香水が香る。
(……いつものカヲル君の香水じゃない)
フィアンセを抱きしめたりしたのだろうか。でも婚約者という仲なんだから、そうするのだって何もおかしくはない。
でも、僕を好きだと、愛していると言ったのに。
(本気じゃ、なかったのかな)
そうだ、最初から本気にするべきじゃなかった。カヲル君が僕なんて好きだなんて言うわけがない。ただ、僕で遊んでいるだけなんだ。
(でも、なら、それでもいいじゃないか)
ここを出たところでどこにも行く場所なんてない。カヲル君が僕を愛人扱いしているなら、一緒にいられるその時までは一緒にいたい。
「……シンジ君」
「え、」
「何か、思いつめたような顔をしているね」
気づいたらカヲルとお茶をしていたシンジ。シンジ、諦めたように笑って、「いつもと、ちょっと違う香りがしたから」と言う。
カヲルにとっては妬いてくれていると思っているため、「不安にさせたかな。でも、昨日は僕もそうだった。君から拒絶されるなんて、この世の終わりと同じだからね」と言って抱きしめてくる。
シンジ、それを遠くで感じる。シンジはまだ、カヲルが自分で遊んでいてもおかしくないと思っている。
(第6話ここまで)
誕生日プレゼントは買ったものの、カヲルも忙しく、誤解が解けないままパーティー当日になる。
スーツに着替える前にメイドさんたちの手伝いをするシンジ、招待客リストにフィアンセが来ることを知る。
(そっか、まあ、そうだよね……)
せっかくスーツを仕立ててもらったけれど、あまり出る気にならないシンジ。
パーティーが始まり、最初の挨拶からの歓談の時間になった瞬間、さっと会場を出てキッチンへ向かう。
「あの、僕、手伝います! 皿洗いでも、何でも」
「あら、でもパーティーが……」
「あんなところにいても、馴染めないので」
ジャケットを脱ぎ、エプロンに着替えて皿洗いをしていると、メイドが慌ててキッチンへやって来る。
「カヲル様がシンジ君を探されているみたいです」
どうして、と思いながらも今はあまり顔を合わせたくなくて、どうしよう、と怯えるシンジ。
「……大丈夫、ここのドアを通っていけば屋敷の裏側へ出られるわ。従業員用通路だからきっと誰にも会わないと思う」
「え、」
「手伝ってくれたお礼よ」
そう言われて裏から外に出て、どうしようか考えるシンジ。近くの公園で一晩ぐらいなら、もしくは渚の家か…と渚へ電話をかけていると、その裏口にはカヲルがいた。
「カ、カヲル君!?」
「……寂しいな。僕の誕生日は祝ってくれないのかい?」
「そ、そういうわけじゃなくて、」
「ほら、戻ろう」
「っ、嫌だ……!」
咄嗟に腕を振り払う。カヲル、冷たい目を向ける。
「どうしたんだい、僕が何かしたかな」
「ちが、違くて、……僕が、いけないんだ」
「シンジ君が?」
「……言えないよ」
そう言うと、カヲルはシンジと視線の高さを合わせて、「一度だけでいい。僕と会場をぐるっと回ってもらえないかい」と頼む。シンジ、自分が我が儘を言っているという手前もあり、それぐらいなら…と言ってカヲルの手を取る。
カヲル、会場まで戻ってシンジと一緒に入ろうとする。するとちょうど入口から出てきたリョウジと鉢合わせる。
「シンジ君、その恰好……」
「え?」
「……ううん、お似合いだなって思っただけだよ。まるで、結婚式みたいだ」
その言葉に、この衣装の意味とカヲルが着ているスーツが自分のものと近しいということに気づく。待って、と言おうとしたものの、カヲルは既にシンジの腰を抱いて会場内へ入っていく。
そこにいた客たちはシンジを見てざわつく。あれは誰だろう。社交界にあんな人がいただろうか。皆が興味津々に見てきて、居心地が悪いシンジ。しかしカヲルは得意げな表情で、噂好きそうな女性が二人の関係を質問してくると「僕の大切な人です」と返した。顔から火が出そうなシンジ。
一周した後、カヲルは会場から出るとそのままシンジの部屋まで送る。
「僕のわがままに付き合ってくれてありがとう。今日はもう疲れただろう? 流石に僕が最後までいないわけもいかないからね、ただ……もしよければ、全てが終わった後、またここへ来ても?」
「……呼んでもらえればカヲル君の部屋へ行くよ」
「いいや、たまには君の部屋で寝てみたいからね。僕が行くよ」
それじゃあ、と行こうとするカヲルに待って、とシンジが声をかける。
「あ、あの、えっと、プレゼント、用意してて……」
「プレゼント?」
「そ、そんなすごいものじゃないんだけど!」
ちょっと待ってて、とシンジは自分の部屋からプレゼントを取ってきてカヲルに渡す。ペアマグカップは最後まで買うかどうか悩んだけれど、結局購入してしまった。何か言われたらフィアンセと使ってくれと言おうと思っている。
カヲル、驚いた表情のまま「……開けても?」と聞く。シンジ、もちろんと頷く。カヲル、プレゼントであるジャーとペアのマグカップを見る。
「きっとカヲル君が色々貰うものの中じゃ一番しょぼいかもしれないけど、でも、一応リョウジ君のところでバイトさせてもらって、自分で稼いだお金で買ったものだから、ええと、その……」
「リョウジのところでアルバイト……もしかしてそれって、」
「……部活って、嘘なんだ。本当に、ごめんなさい……」
カヲル、しばらく黙る。もしかして失望させてしまっただろうか、とシンジが不安になっていると、プレゼントを片手で持ち、もう片方の腕でシンジを抱きしめる。
「こんな素敵なプレゼント、生まれて初めてだよ」
「そっ、そんな! 大げさだよ!」
「いいや、初めて愛している人から貰ったプレゼントだからね。一生大事にするよ。ふふ、それにしてもお揃いのマグカップなんて嬉しいね」
初めて、という言葉と心の底から嬉しそうな顔をするカヲルにのぼせ上がるシンジ。そしてぽろぽろと泣く。どうしたの、と驚くカヲル。
「ちが、ごめん、あの……僕、僕ばっかり、カヲル君のことが好きだと思ってたんだ。カヲル君が僕に好きなんて言うのは、単なる遊びだろうって……だって、だって僕は、」
「ここに『愛人』として来た。そうでしょう?」
そう言われて、カヲルはシンジの涙を拭う。
「……そうだね。僕なりに精一杯愛情は伝えたはずだけれど、君の立場から見ると不安になるのも当たり前のことだ。すまない、僕は君の気持ちに気づいてあげることができなかったね」
「さっき、君と一緒に会場内を歩いたのはね、親族や周りの関係者に僕と君の関係を理解させようと思ったからなんだ。……シンジ君、僕の家は結婚相手の最低条件がαであることなんだ。それを僕は、壊そうと思う。そのためにもう行動も起こしている」
「もしそれらが全て整った時には──君に、プロポーズをさせて欲しい」
そう言われてさらに泣くシンジ。カヲル、困ったような顔を見せて「そんなに嫌かい?」「そうだね……最初会ったばかりの頃、僕は君に酷い態度を取った。そう思われるのも当然なのかもしれないね」と言うので、シンジは泣きながら首を横に振る。
「う、嬉しくて、」
「……本当かい?」
「僕は、会った時からカヲルくんのことが好きだったよ」
そう言われて感激するカヲル。その時、九時を告げる時計の音が鳴る。
「パーティの途中でしょ? 僕はもう大丈夫だから、行きなよ」
「……戻りたくないなぁ。君とこうしてこのままいたい」
「駄目だよ、行くっていったのはカヲル君でしょ?」
「彼らと過ごす退屈な時間より、君と過ごす数分のほうがよっぽど価値があるさ。けれど……そうだね、僕は僕で務めを果たさないと」
シンジの額にキスを落とすカヲル。そうして去っていくカヲルに、シンジはベッドに飛び込んで心臓が持たないと溜め息を漏らす。
しかしシンジはこの時まだ、自分に敵意を抱く人物の存在に気づいていなかった。
(第7話ここまで)
次の日、まだカヲルからキスされたことが信じられなくてふわふわしているシンジ。
しかし学校からの帰り道、一人で歩いていると突然黒塗りの車から出てきた男たちによって車へ無理やり乗せられる。
「な、何ですか……っ!?」
「ごきげんよう、碇シンジさん」
そう言われて声のした方を見ると、そこにはカヲルのフィアンセがいた。
フィアンセ、カヲルの前からいなくなって欲しいとシンジに直談判する。
昨日の結婚式でカヲルがシンジのことを好きだということは分かった。けれど自分だってカヲルが好きだし、何より婚約者だという面目もある。金が欲しいならいくらでもあげるから出て行って欲しいと告げる。
「そ……そんなこと言われても困ります!」
自分のことが憎いことは理解できるものの、そんな乱暴な手段を使われるなんて、と怒るシンジ。
するとフィアンセは数枚の写真を手渡してくる。それは昔、シンジがパパ活をしていた時に、町の防犯カメラに撮られていた写真だった。
「これをカヲルが知ったらどう思うかしら」
媚びへつらうΩを嫌っていたカヲルはきっと自分を嫌うに違いない。止めて欲しいとお願いするシンジ。フィアンセはそれなら三日後の土曜日に、家の近くにある交差点まで迎えに行くから家から出る準備をして来るようにと告げる。その際、カヲルに新しい保護者ができたから、と伝えておくようにとも言う。
酷く横暴だと言うシンジに、フィアンセは「カヲルが貴方と一緒になりたいと思い出してから、親族一同を説得することに必死になっている。そのせいでカヲルがキールグループを継ぐのは適当ではないと非難する者も出てきて対応に追われてまっている。それに自分と結婚するのは彼の会社をより発展させるためであり、カヲルに対してメリットしかない」と言う。
「貴方が、カヲルを追い詰めているのよ」
シンジ、それを聞いて最近常に忙しそうにしているのはそのためかと気づき、仕方なく頷く。
カヲルにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。でも、今あったことを言うわけにもいかない。どうやって説得すればいいんだろう。
(カヲル君が、僕がαに媚びを売ってたって言ったら、)
カヲルが嫌いだと言っていたΩの性質を思い出す。きっと幻滅するだろう。僕のことなんて嫌うに違いない。
『君がそんな子だとは思わなかったな』
息が苦しくなるシンジ。
『君のことなんて、もう、』
その瞬間、食事中であるカヲルから声をかけられてハッとするシンジ。
「どうしたんだい、気分でも悪い?」
「ぁ……ううん、そうじゃなくて、」
「……何か悩み事でもあるのかな」
シンジ、何もないと言おうとしたけれどカヲルはそれを無視してシンジが何か言い出すのを待っている。シンジ、逃げられないと悟ると、ええと、と口を開く。
「も、もしかして、僕、邪魔かなって」
「邪魔?」
「カヲル君、お仕事忙しいみたいだし、きっと僕なんかといるよりもっとちゃんとした人が側にいた方がいいだろうし、こんな子どもと一緒にいたってきっといいことなんて何もないし! ……ぁ、そうだ、僕、なんならリョウジ君の家の子になっても、」
「シンジ君」
怒ったような表情を浮かべるカヲル。
「僕は君が好きだと伝えたはずだ。それに君がいないと僕は夜も十分に眠れないんだよ。それほど君は僕にとって必要不可欠なんだ。それを忘れないで欲しい」
「……そんなことないよ。そしたらこれからは、一人で寝る練習をしてみようか。僕がいなくなっても、」
「いなくなろうとしているのかい?」
口を滑らせてしまったシンジ。やばい、と思ってももう遅い。カヲルは「……シンジ君、僕は君に何かしてしまったかな」と尋ねる。「違う、そういうわけじゃ、ないんだけど……」とたどたどしく答えると、カヲルは溜め息をつきながらフォークとナイフを皿の上に置いた。
「シンジ君、君は中学生だ。保護者として一度君を引き取った以上、君を見守る責任が僕にはある。そしてそれは僕にとって面倒でも何でもない」
「……」
「だから、……お願いだからいなくなるなんて言わないでくれ」
そう言われて、何も言えなくなってしまったシンジ。そして余計に、僕が出て行かなければという思いを強くする。
でも、自分の中にあるカヲルのことが好きだという気持ちが邪魔をする。
次の日、クラスの子が高校生の恋人であるαと関係を持った、という話を耳にする。
(どうせ、もう会えないのなら、)
発情期促進剤の説明。
定期的な発情期がなかなか来ない、タイミングをずらしたい、恋人と楽しみたい人向けのもの。
前に友人からふざけてもらったものがあり、どうしたらいいのか分からなくてずっと何かあった時用のピルケースの中にしまいこんでいた。
(こんなの、でも、)
でも、もう会えないのだとするなら。
そろそろ就寝の時間だという頃に、シンジはカヲルの部屋へ入る直前に促進剤と避妊薬を飲む。
するとすぐに表れた身体の変化に戸惑いながらも、ドアを開ける。カヲルは声をかけようとしたものの、フェロモンの香りからすぐ異変に気づく。
「シンジ君、君は」
「……カヲル君」
「駄目だシンジ君、今すぐにここを出て行くんだ……! そうしないと、」
「そうしないと、何?」
「……っ」
カヲル、残された理性でΩの抵抗薬をベッドサイドの引き出しから取ろうとする。シンジ、その腕を咄嗟に掴んで動きを封じ、そのまま抱きつく。
「カヲル君、辛いよ……」
「シンジ君、」
「カヲル君が駄目なら、僕、他の人に頼っても……」(確信犯)
カヲル、それを聞いてパッとシンジの方を向く。すると強いフェロモンの香りに、シンジを押し倒してしまう。
(第8話ここまで)
★R-18 第9話
次の日、いつものようにシンジの方が早く目を覚ます。
隣で寝ているカヲルに、ごめんなさいと謝り、枕元に「出て行きます 今までありがとうございました」という手紙を残して部屋から出る。
車で迎えに来たフィアンセ。フィアンセはシンジが乗るのは後ろについてきている車だと言いつつ、ボディガードにシンジの肩を抑えさせる。怪訝に思うシンジ。フィアンセ、馬鹿にしたように笑う。
「貴方のあの写真は貴方に諦めてもらうために手に入れたわけじゃない。カヲルの目を覚まさせるために用意したの」
「な、にを……」
「30分前に、既にカヲルへ送ったわ。……良かったわね、これですっぱり諦められるでしょう?」
怒ろうとするものの、自身が悪いということは分かっているシンジ。何も言えずに、ボディガードに促されて後ろの車へ行こうとする。しかしその時、背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「リョウジ君!?」
リョウジはボディガードを押しやると、シンジの肩を抱きながらフィアンセに近寄る。
「シンジ君はうちで預かる。何か問題でも?」
「……カヲルに言ったら承知しないわよ」
「そっちこそ。カヲルが全てを聞いたらどうなるか分かってるのか?」
フィアンセ、それに何も答えず、「……その子を二度とカヲルに会わせないで」と言って車を出させる。
リョウジはフィアンセの親戚でもあり、仕事の話をしに昨日フィアンセの家に行ったところ偶然聞いてしまったのだという。
「良かった、間に合った……危なかったなシンジ君、きっとあのまま行ってたら適当な変態αの元に売られてたよ」
「え、」
「まぁ、大変なのはこれからか……シンジ君、君はどうしたい?」
そう聞かれて、カヲルの元に戻りたいもののカヲルの元に既に届けられた自分の写真を考えると到底戻れないと悟る。けれど自分の居場所もなくて震えていると、リョウジは「とりあえず、僕の家にでも行こうか」と案内する。
リョウジの家へ着く。すると執事が「カヲル様から何度もお電話があって……」と困ったように言ってくる。
「なるほど。探してるな、シンジ君のことを」
「カヲル君……」
「まあ、とりあえず部屋に行こう。カヲルから電話が来ても僕らはいないと言っといて」
そう言ってリョウジは部屋へ行くと、紅茶を淹れてくれる。
「……ごめんね」
「どうして謝るわけ? シンジ君は何も悪くないじゃないか」
「でも、迷惑かけちゃってるから」
「あはは、そんなの気にしなくていいよ。……シンジ君は、カヲルに会いたい?」
シンジ、迷っていることを告げる。きっとカヲル君にはもう嫌われてしまっている、それに自分がいることでカヲル君の迷惑になるのなら、もう会わない方がいいと思う。そう言うと、リョウジは真剣な瞳でシンジの方を見る。
「それで本当にいいの?」
「……でも、これしかないから」
「なぁシンジ君、僕は多分近いところで二人を見てきた。君たち、正直言って、お互いにぞっこんだった。カヲルだって、今まであんな顔したところなんて見たことなかったんだ。幼馴染の僕が言うんだよ、間違いない。本当にしたいことがあるなら、最後の最後まで足掻いてみるべきだ。だから──」
そう説得していたところで、先ほどの執事が息せき切ってやって来る。聞けば、カヲルが押しかけてきたとのこと。
ヤバい、と思ったリョウジはシンジにひとまずこの中に隠れていてくれとクローゼットの中に入れる。
クローゼットの隙間から、少しだけ部屋の様子を見ることができた。リョウジがシンジのティーカップを片しているとカヲルがノックもなしに入ってくる。
リョウジ、何も知らない様子で「なんだよ、どうした?」と聞く。しかしカヲルはいつもの余裕のある笑みを浮かべずしかめっ面のまま、リョウジに「シンジ君の居場所を知らないかい」と聞いてくる。
「知らないよ、カヲルのところじゃないのか?」
「……これが枕元に置かれていたんだ」
手紙をリョウジに見せる。「……家出、ってこと?」とリョウジが聞けば、カヲルは深い溜め息をつく。
「分かっているのはシンジ君が僕の前からいなくなったということだけだ」
「心当たりは?」
「……昨夜、彼を抱いてしまった」
お茶を噴き出すリョウジ。
「ま、まぁ、Ωとαのそういう行為は中学生以上であれば法律に違反はしないけど……でもカヲル、高校卒業までは手を出さないって僕には言ってたじゃないか」
「発情期の彼と会ってしまったんだ。……抵抗薬も間に合わなかった。もしかしたら彼を怖がらせてしまったのかもしれない」
「可能性としては……彼は前に僕に対して好きだと言ってくれた。それに嘘はないはずだ。第三者が僕らに介入してきたのかも」
ドキッとするシンジ。リョウジも「その方が可能性が高いんじゃないか」と言う。
「これからどうするんだ?」
「シンジ君を何としても見つけ出す。彼がいないなんて、耐えられない」
そう言って出て行くカヲル。見送りに行ったリョウジが戻ってきたところでシンジはクローゼットから出る。
「……まさか先に進んでいたとは思わなかったよ」
「い、いや、あれは、その、……もう会えないと思ったから……」
「シンジ君もやる時は積極的なんだなぁ」
リョウジ、シンジの頭をぽんぽんと撫でる。
「とにかく、ここにいたければいつまでもいていいけど……でも、君は決めるべきだ。カヲルとどうなりたいのかをね」
その日の夜、与えられた部屋でシンジはカヲルに電話をかける。
「シンジ君! 今どこに、」
「カヲル君、よく聞いて。……僕は、」
「僕は貴方のことなんて、好きじゃないです」
(第10話ここまで)
『シンジ君、』
「僕の面倒を見てもらえるからカヲル君の家に行っただけで、ちょっと優しくしたらすぐに心を許したりして……愛人って立場も気楽だったのに必死になったりして、……そういうのいい加減、重いなって思ったんです」
『僕のことが……好きではなかった?』
「はい」
「知ってるんでしょう、カヲル君。僕が色々な男の人の相手をしていたの。あれぐらいの距離でいてくれたら良かったのに」
シンジ、泣きそうになるのをぐっとこらえる。
「今まで面倒を見てくれてありがとうございます。僕、好きな人がいるんだ。これからはその人と生きていきます」
『待ってくれ!』
『君が、君が近くにいないのなら……僕はどうやって生きていけばいい?』
「……フィアンセさんと、幸せになってください」
シンジ、急いで電話を切って、ベッドへ寝転がる。一人で寝るのは久し振りだった。
それから半年後。シンジはリョウジが手配してくれたマンションで暮らしていた。
あれから一度もカヲルとは会っていない。学校の場所は知っているはずだけど決して押しかけてきたことはないし、誰かが自分を探している感じもない。
(……もう、僕のことなんて忘れているんだろうな)
一人でご飯を食べることも、寝ることも慣れてしまった。
ある日、リョウジが慌てた様子でシンジの家まで来る。どうしたのかと驚くシンジに、リョウジが一通の封筒を見せる。
「カ、カヲルがとうとう結婚するって」
シンジ、どういえばいいのか一瞬悩むも、ぎこちなく笑う。
「そっか、良かった」
「本当にこれでいいのか? こんなの、」
「カヲル君が決めたことでしょ? なら応援しなきゃ」
「シンジ君、なぁ、諦めるのは駄目だ。だってまだカヲルのことが好きなんだろ!?」
「……でも、僕には何も出来ないよ」
※リョウジ→貞5へ変更
「何も出来ないなんて、嘘だ」
「……」
「本当は、何も出来なかった時が怖いだけだろ?」
「な……渚君には分からないよ!」
自分とカヲルは身分が違うのだからそもそも一緒になんてなれないのだということ。それなら自分は彼の前からいなくなってしまった方が良い。その方が皆幸せになれるから、と。
「カヲルさんに酷いこと言ったんだ、多分僕のことなんかもう嫌いになってるよ。きっとカヲルさんが最も嫌いなΩは、僕なんだ」
「──だから、何だって言うわけ?」
壁ドンする渚。シンジ、それに言葉が詰まる。
「あり得ないけど、ほんっとうにあり得ないけど、万が一兄さんが君のことを嫌いだとする。でも、だから何だって言うんだ? そのことと、シンジ君が兄さんのことを好きなのはまた別問題だ。それに何も出来ないなら、何も変わらないってことだろ? なら好きなだけ兄さんに迷惑をかければいい」
「……で、でも、結婚するならそうしたところで無駄でしょ?」
「あっ、またそういうこと言う! だから関係ないって言ってんじゃん!」
「分かった、分かったよ、じゃあこの話はおしまい。君は兄さんが誰かのものになってもいいし、それに文句もないってわけだね。あーあ、来て損した」
「…………ごめん」
「いーよ、別に。じゃあね、シンジ君」
バタバタと去っていった渚にぽかんとしながら、そういえば買い物する予定だったんだった、とぼんやりしたまま外へ出る。買い物をして、カヲルさんがいなくても生きていける、こうして生活できてるじゃないかと思うシンジ。でも、とスーパーでお味噌を見つけた瞬間、ハッとする。確かにカヲルさんなしでも生きていけるかもしれない。でも、何かが苦しい。
帰り道、河原の近くで太陽が沈んでいくのが見える。あの日見た朝日が、消えていく。
(……そんなの、嫌だ)
気づかないうちに、自分が涙を流していることに気づく。それからしゃくりあげるように泣いて、寂しい、カヲルさんの側にいたかったと泣く。
「シンジ君!」
声が聞こえてきて、ハッと振り向く。そこにいたのはシンジのことが心配でずっとあとをつけていた渚だった。
「カ、カヲルさんかと思った」
「うん」
「カヲルさんが良かった……」
「……そうだろうね。何もしないだけなら僕みたいなのしか来ないよ」
だからね、と渚がシンジの涙を拭いてやりながら言う。
「好きな人は、迎えに来させるか──自分で迎えに行かなきゃね」
走るシンジと渚。既に教会の中にいる。
以下、式場に入るまで回想。
渚に、一ヶ月後にカヲルが式場見学に行く予定だと聞く。
一人でいるらしいから、その時に会いに行って自分の気持ちを伝えよう、と渚が持ちかける。
当日、シンジを迎えに来る渚。その手には何故かカヲルの誕生日に来たスーツがある。
「どうせなら気分高めようよ。いいじゃん似合ってるし」
「え、でも、」
「ほら、いいからいいから!」
そう言われて着替えるシンジ。それを見ると満足そうに笑って、渚の車で式場まで行く。
チャペルの扉の前まで行くと、渚が振り返る。
「さぁ、準備はいい? この先に兄さんはいるよ」
「……うん」
「じゃあ──勢いよく、扉を開いて」
そう言われ、両手で開いた途端、目の前の光景に絶句するシンジ。
そこには白いスーツを着たカヲルとウェディングドレスを着た例のフィアンセ、そして多くの参列客がいた。
それはまさに、結婚式の最中だった。
向けられる視線に固まるシンジ。カヲルだけが笑みを浮かべると、「僕の勝ちだ」とフィアンセに言って、シンジに向かって駆けてくる。
「え、な、何を、」
「行くよシンジ君、走れるかい?」
「えっ!? いやまずは説明を、」
「生憎とその時間はなくてね。ほら、おいで」
そう言ってシンジをお姫様抱っこするカヲル。
「君にずっと会いたかった。触れたかった。声を聞きたかった」
「やっと、君に手が届いた」
(第11話ここまで)
三人で教会の門をくぐり、渚の車に乗り込む。
渚とカヲルは爆笑。カヲルの膝の上に乗せられているカヲルはまだ事態が呑み込めていない。
「あっはっは! 痛快だったなぁ、あいつのあの悔しそうな顔ときたら!」
「同情はするけれどね。まぁ、人の気持ちなんて金では何ともならないと彼女もこれでやっと分かっただろう」
「あ、あの……」
「ああシンジ君、半年ぶりだね……! 君がいなかった時間は本当に地獄のようだったよ、きっとどの拷問よりも辛く苦しかった──けれど、君が来てくれると信じていたから耐えていられた」
「ま、待って、来てくれるってどういう意味?」
「つまりはね、ぜぇーんぶ共有してたんだよ、僕らは」
運転しながら渚がそう言う。
「君が僕に引き取られて少ししてから、兄さんに君の居場所も全て伝えてたんだ。あ、文句なら兄さんの方に言ってよね。シンジ君がいなくなってから兄さん、あまりにも意気消沈しちゃってさ。それでお酒に逃げるようになったりしたから、ほら、人としてどうよって話じゃん?」
「渚、」
「いいでしょ、兄さんも少しはかっこ悪いところぐらい見せなよ。……まーそんなわけで、シンジ君のいるところは筒抜けだったってわけ。でもまだあのフィアンセが目を光らせているからね、そう簡単に自分の元へ戻すわけにもいかない。それに君が本当に兄さんのことがまだ好きかも、きっとそうだと思ってはいたけれど不確かではあったからさ」
「……これ以上彼に話させていると余計なことを言われそうだね。僕はそれから賭けに出たんだ。彼女に結婚しようとプロポーズをした。ただし、もし結婚式に誰かが乱入してきたら、婚約を破棄するとね」
「誰か、なんてそんなの一人しかいないけどね。大変だったんだよ、彼女に君の居場所が分からないように裏工作したりしてさぁ! 影武者まで用意したりしたんだよ。それなのにそんなの知らない君は普通にスーパーとか行ったりするし!」
「君には知らせないようにしていたんだ。君自身が選んでくれないと意味がないからね」
「え、じゃあもし僕が来なかったら、」
「僕は彼女と結婚していたね。まあ、長続きはしなかっただろうけれど」
シンジ、それを聞いて顔をさっと青ざめる。自分が台無しにしてしまったのだ。
どうしよう、謝らなきゃ、と呟くとカヲルがシンジの手を握る。
見ると、カヲルは優しく微笑んでいた。
「……渚、どこかに車を停めて少し出てくれ。二人きりになりたい」
「えー? 追手が来るかもしれないのに? ……まぁいいけど、兄弟の乳繰り合いなんて見たくはないしね」
車から出る渚。カヲルはシンジを自分の膝に乗せたまま、自分を正面から向かい合わせるようにする。
「教えてくれるかい。……半年前、君は僕に好きではないと言ったね。あれは真実かい?」
「え、」
「君が渚によって無理やり連れてこられた可能性だってあるだろう。君は優しい子だから……」
「や、優しくなんかないよっ!」
シンジ、慌てて否定する。カヲルがどうして自分のことをこんなに受け入れようとしてくれているのか不思議でしょうがない。
「……カヲルさん、どうして僕に賭けるようなことをしたの。だって、僕みたいなΩ、カヲルさんは嫌いでしょ? しかも、す、好きじゃないとか言って、カヲルさんのこと傷つけたし……」
「……ああそうだね、嫌いだったよ」
シンジ、傷ついた顔を浮かべる。けれど、とカヲルは言葉を続ける。
「それはシンジ君の美しさを損なうものではなかった。分かるかい? それでも僕は、君のことが好きなんだ。だから賭ける意義があった。君に好きではないと言われても、君を好きでいることを止められなかった」
「カヲルさん……」
「だから、聞きたい。君は僕のことをどう思っている?」
「……カヲルさん」
シンジがカヲルの両手をぎゅっと握りしめる。
「僕はやっぱり、いくら同意の上だと言っても……あんなふうに、ウェディングドレスを着ている人を裏切るなんて行為は駄目だと思う。そういうカヲルさんは、好きじゃない」
「シンジ君、」
「でも、でもね、それ以上に……嬉しかったんだ」
頷くシンジに、幸せそうに笑うカヲル。
すると外からノックする音が。カヲルが窓を開ければ、渚が迷惑そうな顔を浮かべている。
「取り込み中のところ悪いけど、もうそろそろいい? 兄さんとこの使用人たちからまだかって連絡来てるんだけど」
「そうだね、そろそろ行こう」
「……? そういえば、どこへ行くの?」
「僕らの家さ。実はね、庭にチャペルを用意したんだ。どうして渚が君にこのスーツを着せたか分かるかい?」
「ま、まさか、」
「今から婚約式をしよう。来てくれるね?」
車が屋敷の前に着く。カヲル、シンジをお姫様抱っこしながら運ぶ。
「僕、Ωだよ」
「君は『碇シンジ君』だよ」
「お金持ちじゃないし」
「違うというのは素晴らしいことさ」
「一緒になれるまで、待たせちゃう」
「結婚を夢見る生活も十分素敵だと思うな」
「……僕を、番にしてくれる?」
「それはこちらの台詞かな。君を、僕だけのものにしてもいいかい?」
(→イラストのシーン)
「うん、して欲しい……カヲルさんと、一緒にいたい」
チャペルへ着くとそこには大勢の使用人が二人の幸せを祝っている。
カヲル、シンジに婚約指輪を渡す。これからはちゃんと、二人で幸せになることを決意するシンジ。
それから数年後、シンジの高校の卒業式。保護者として来たカヲルがあまりにも注目を集め、恥ずかしかったと帰りの車の中で漏らすシンジ。カヲルはふっと笑い、「では僕が行かない方が良かったかい?」と尋ねるとシンジは「……意地悪」と返す。
「けれど、今日で君も無事に高校卒業……僕も保護者ではなくなる、というわけだ」
「……カヲルさんはずっと僕の保護者として接してきたわけ?」
「勿論、そういう面でも君を見守ってきたよ。でも、それだけではないことは君も分かっているだろう?」
(プロットはここまでとなります)
────────────
★カヲルの誕生日パーティーの時、シンジがカヲルにプレゼントを渡すも自分の本音を零さない(「ここに『愛人』として来た。そうでしょう?」を言わない)というルートも考えていました。
が、ここで吐露しないと後々の展開がややこしい&ずっと曇らせてばっかりなので話として面白くなくなる、ということもありボツにしました。
「ぁ、マグカップは、」
「うん?」
「……ううん、何でもない」
突き放す勇気がなかったシンジ。カヲル、シンジの額にキスをする。
「ぅわ、!」
「ありがとう、シンジ君。ゆっくりおやすみ」
そう言って出て行くカヲル。シンジ、顔を真っ赤にさせる。
次の日、まだカヲルからキスされたことが信じられなくてふわふわしているシンジ。
しかし学校からの帰り道、一人で歩いていると突然黒塗りの車から出てきた男たちによって車へ無理やり乗せられる。
「な、何ですか……っ!?」
「ごきげんよう、碇シンジさん」
そう言われて声のした方を見ると、そこにはカヲルのフィアンセがいた。
フィアンセ、カヲルの前からいなくなって欲しいとシンジに直談判する。
昨日の結婚式でカヲルがシンジのことを好きだということは分かった。けれど自分だってカヲルが好きだし、何より婚約者だという面目もある。金が欲しいならいくらでもあげるから出て行って欲しいと告げる。
「カヲル君が僕を選ぶなんて、あり得ないですよ」
「……そう、貴方はそう思っているのね」
「いつかはカヲル君の元を去ろうと思っています。でも、……そのタイミングは僕に任せてもらえませんか」
「いいえ、私は今すぐ出て行ってもらいたいの」
フィアンセはカヲルがシンジを正式なパートナーとして迎えたいため、親族に根回ししていることを語る。しかしそのせいで祖父であるキールの顰蹙を買い、ゼーレグループの次期会長の座が危うくなりそうな状況に。しかもフィアンセの手掛ける会社とともに協力してまだゼーレが広められていない南米進出の足がかりにする予定でもあったが、それもふいになる。自分がいるせいでカヲルがピンチ&躍起になっていると知り、固まるシンジ。
「それに──こちらには、こういうものもあるわ」
何枚かの写真をフィアンセはシンジへ見せる。するとそこには、昔生活に困っていた時にパパ活していた時の写真(一緒に並んで歩いているだけで、直接的な場面を撮ったものではない。けれど腕を組んだり話している様子が見える)。
「な、」
「人間、探せばボロが出てくるものね。……これを、カヲルには見せたくないでしょう」
「一週間後、この場所で貴方を迎えに来ます。カヲルから離れてくれるのなら貴方の生活の面倒は私の家で見ましょう。その代わり、もし来なければ……ふふ、カヲルはきっと貴方のことを軽蔑するでしょうね」
自宅近くの公園で降ろされるシンジ。一週間後、家を出なければならないということだけ分かっている。カヲルが忙しいのだって、自分のせいなのではないか。
カヲルにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。でも、今あったことを言うわけにもいかない。どうやって説得すればいいんだろう。いつか離れるべきだとは思っていた。一緒になれないのに、側にいるなんて辛いだけだから。それでもまさか、こんなに早くそれが訪れるなんて。
(カヲル君が、僕がαに媚びを売ってたって言ったら、)
カヲルが嫌いだと言っていたΩの性質を思い出す。きっと幻滅するだろう。僕のことなんて嫌うに違いない。
『君がそんな子だとは思わなかったな』
息が苦しくなるシンジ。
『君のことなんて、もう、』
その瞬間、食事中であるカヲルから声をかけられてハッとするシンジ。
「どうしたんだい、気分でも悪い?」
「ぁ……ううん、そうじゃなくて、」
「……何か悩み事でもあるのかな」
シンジ、何もないと言おうとしたけれどカヲルはそれを無視してシンジが何か言い出すのを待っている。シンジ、逃げられないと悟ると、ええと、と口を開く。
「も、もしかして、僕、邪魔かなって」
「邪魔?」
「カヲル君、お仕事忙しいみたいだし、きっと僕なんかといるよりもっとちゃんとした人が側にいた方がいいだろうし、こんな子どもと一緒にいたってきっといいことなんて何もないし! ……ぁ、そうだ、僕、なんならリョウジ君の家の子になっても、」
「シンジ君」
怒ったような表情を浮かべるカヲル。
「君がいないと僕は夜も十分に眠れないんだよ。それほど君は僕にとって必要不可欠なんだ。それを忘れないで欲しい」
「……そんなことないよ。そしたらこれからは、一人で寝る練習をしてみようか。僕がいなくなっても、」
「いなくなろうとしているのかい?」
口を滑らせてしまったシンジ。やばい、と思ってももう遅い。カヲルは「……シンジ君、僕は君に何かしてしまったかな」と尋ねる。「違う、そういうわけじゃ、ないんだけど……」とたどたどしく答えると、カヲルは溜め息をつきながらフォークとナイフを皿の上に置いた。
「シンジ君、君は中学生だ。保護者として一度君を引き取った以上、君を見守る責任が僕にはある。そしてそれは僕にとって面倒でも何でもない」
「……」
「だから、……お願いだからいなくなるなんて言わないでくれ」
そう言われて、何も言えなくなってしまったシンジ。そして余計に、僕が出て行かなければという思いを強くする。
でも、自分の中にあるカヲルのことが好きだという気持ちが邪魔をする。
次の日、クラスの子が高校生の恋人であるαと関係を持った、という話を耳にする。
(どうせ、もう会えないのなら、)