共犯者 こんなことして、悪い子になったみたいだ。
そう蜜のようにどろりとした言葉は、先ほどまで声にならない声がいくつも浮かんでいた空間へ少しの痛みを抱えながら混じっていった。普通の人間ならばなんとなく居たたまれなくてそのままスルーしてしまうような、そんな言葉。しかし隣で横たわっていた渚には、そうシンジが発した理由がまるで分からなかった。好き嫌いは分かるし、善悪の区別だって一応つく。けれど人間の心情の機微に関しては、渚の理解度は生まれたての赤ん坊とそう変わりはしなかった。
「悪い子?」
安っぽい糊づけが施されたシーツの海の中で、渚が疑問をそのまま口にする。お互いに、服は着ていなかった。というより、シンジがこの部屋に身を寄せるようになってから服を着ている時間より着ていない時間の方がもはや長い。
「綾波が死んで、アスカも大変なことになったのに……君とこんな夜遅くまで、あんなことしてる」
「それって悪いことなの?」
「……悪いことだろ」
そう言ったきり黙りこくってしまったシンジに、渚は分からないなァ、と胸の中で独り言つ。けれどシンジのそういうところが、渚は好きだった。悩みがちで、なんだかんだ真面目で、自分とセックスまでしているくせに一向に甘えてきたりなんかしない。
そこが厄介。そこが面倒くさい。そこが可愛い。
だから、側にいる。彼が欲しがるならセックスだってする。きっと自分が相手じゃなくてもいいんだろうな、と渚は分かっていた。シンジはきっと誰だって良かったのだろう。自分に気を遣わない相手なら誰でも。でも、だからこそ、渚は自分が選ばれたことを嬉しく思っていた。
美しい、と信じて疑っていなかった。シンジ本人がどう思っていたとしても。渚はシンジ以上に繊細で美しいものを見たことが無かった。
老人たちは人類のことを愚かな生き物だと言っていたけれど、あんなのは嘘っぱちだ。あんなところに引きこもっているから視野が狭いのだ。
「そうだね。なら、悪い子なんじゃない」
けれど、と思う。
清く正しく美しいものを自分の色に染めるのはあまりにも快感だった。ほの暗い闇の中でそっと光を灯すような行為だった。更けていく夜の中で、シンジが曝け出すエゴは渚の胸の中を酷く焦がした。
「でも、僕はそれで良かったと思ってるよ」
遠くないうちに来る、終わりの時に思いを馳せる。
だって悪い子じゃなきゃ、僕を殺せはしないだろう。
* * *
本当は一度だけ、遠い昔に渚はシンジに出会ったことがある。
ユイに連れられて研究所にやって来たシンジがたまたま迷子になってしまい、そこを脱走常習犯であった渚が助けたのだ。泣いているシンジの手を引いて、大人たちがいそうな場所へ導いてやった。あの、研究所を彷徨う時間が永遠に続けば良かったのに、と渚は思う。もしくは自分の部屋に閉じ込めてしまえば良かった。そしたらもっと彼を悪い子にできたかもしれない。
あの時と反対じゃん、とシンジの手に絞め殺されながら渚は思う。あの時幼いシンジの手を握ったら、彼は優しく握り返してきた。あれが、渚が初めて人と触れた瞬間だった。そしてその皮膚から伝わる体温に、手を離したくないと思った。そんなことは出来なかったけれど。絶対に出来なかったけれど。
ねぇ、僕のせいで、君はもっと悪い子になるね。遠のく意識と苦痛、そして満足感の中で渚は笑う。でもね、僕はそんな君が大好きだよ。