レディの過去(小説もどき)工場が立ち並ぶこの街で、煙突から出る黒い煙は毒だった。
瓦礫、アルミ板、そんなものを重ねたものを
家と呼ぶ。まだ少女に名前がない頃、瓦礫の中から顔を出した。裸足で釘がささることなんて日時茶飯事だ。機械人形が道を行き来している。
錆び臭い場所から少し離れる。あたりには木々がない。それも全部この建物と煙のせいだと思う。果実も草もなにもないこの場所で
生臭いゴミ置き場からオイル混じりの残飯を手に入れる。魚の骨と鳥の骨、それらを手頃な石で潰して食べる。それが少女の生き方だった。
変わる事のない、日常だった。
旅人の赤い男が来るまでは。
人、生物さえもこの辺りでは少ないこの国
で赤い肌と大柄な男、肌よりも赤い角は恐ろし良と思った。
後退りする中で足がもたついて尻餅をついてしまう。男を見上げ、必死に睨みつける。それが少女に出来るささいな抵抗だった。
「レディ、こんな所でなにをしている。」
男は少女の元へひざまづいた。
それから男のいる村まで行くことになったらしい。あまりに突然の決定と否定を許さない言葉に戸惑いながらも強い声で信じて欲しいと訴える男は大きな手を少女に差し出した。
この時少女は初めて手を繋ぐということを知り、少しだけ頬を緩ませた。
村に来る途中、街には色々なメロディが奏でられた。ストリートミュージシャンが楽器を弾きながら歌を歌っている。
歌が終わるとパチパチと周りの人が拍手を送る少女も目を輝かせながら周りに習い、手を叩く。
コインや札が入っている帽子が足元の数十センチ先に置かれている。男は少女の肩を叩き、そして帽子に札を一枚入れた。
そんな楽しい旅を数日過ごし、少女と男は村に着いた。
男の家に着き、食べたご飯は美味しく、男のそばに居て笑みを浮かべる女性はとても綺麗だ。男の1番大切であろう女に少し嫉妬を覚える。それは良くある少女のありきたりな淡い初恋だとまだ気づいてはいない。
歌を歌い、村のみんなが笑顔を見せるように笑って見せた。男衆は少女を可愛がったが、村の女衆は少女を気に入らなかった。
それでも、赤い男が恐ろしい村人は静かに恨みを募らせていくしかなかった。
「レディ、君に名前をつけようか。」
赤い男が少女に問う。名前は少女が一人として認められるための個性の一つだと言う。
しかし、うーんと唸った少女は少し気の乗らなそうな様子だ。
「レディってもう読んでくれないのは嫌。」
「これは名前ではないのだよ。」
「じゃあ、レディって名前にするわ」
そんなやりとりでこの少女はレディという名になった。愛くるしく笑うレディに赤い男は笑みを返した。
「でもあなたの名前を知らないわ。」
「私の名前は...赤い男だよ。」
「まんまじゃない!似たようなものね!」
おかしそうにレディは笑った。
そして今度は恥ずかしそうに、「赤い男」と声を小さくして呟いた。
夜。
村の喧騒に目を覚ます。
窓枠に松明の灯りが揺れている。
村の女がまた村から叩き出そうとしてるのだと
布団の中に身体を縮こませ、罵倒の声を聞かないよう耳を塞いだ。歌を歌おう。そうすればいなくなる。
ドン
重いものが床を叩く音が聞こえる
歌を歌おう。そうすれば笑ってくれる。
うおおおおあああああ
男のような低い声に歌が止んだ。
今日はいつもより激しいようだ。
夏の夜。じめじめして肌に張り付く髪が鬱陶しかった。
キーンたいう耳鳴りと暑さでかんがえるのがめんどくさく思う。立ち上がりふらつく足を動かした。自分の息遣いと心臓の音が五月蝿い。耳鳴りも疎ましくて仕方がない。
部屋から出ると夜風が少し涼しく感じる。
_______群衆の中に赤い男が倒れている。
男共は棍棒や斧を持っていた。
「独り占めするな!!」
叫んだ男は血塗れの赤い男に鉄の棒で殴った。
「あのこの笑顔と歌は俺だけの為のものだ!」
斧を、棒を、鍬で叩いた。
「...なにをしているの?」
震える身体で、絞り出すように声を出す。
武器を持つ男達は口元を笑わせ、レディに一斉に声を上げた。
「おお、美しい!」
「愛らしい!」
「可愛らしい声だ」
「愛おしい」
レディには男衆の目が、手が、口が、
全てが恐ろしい。
理解できない生物を見るような顔のレディを男衆は尚も分からないようで絶賛の言葉で捲し立てる。
そんな感情を愛と呼ばないで欲しい。
そんなものを私に向けないで欲しい。
気味悪さに目を瞑る。今まで耐えてきた涙が零れ落ちた。
すると、男達の声は止み、あたりが血みどろだけになった。男共は私を泣かせたのは誰かと愚かにも互いに食い合ったのだった。
残骸の元で少女にはくだらないというかのように笑む。
「ああ...」
なんだ、そんな事か。と
__________
白い街。
地下の施設はそんなに広くはないようで、
観客達の声がここまで届いた。
会議室にあるような長いテーブルの椅子腰掛ける。目の前の壁は他のコンクリートとは違い、大きな鏡に自分を写し、笑みを浮かべた。
「よし。」
赤い角のついたカチューシャを今日も頭につける。
自分の歌のイントロが聞こえ始め、観客の声の最大の歓声を呼ぶ。椅子から立ち上がったレディはハイヒールの音にふと、自分の成長を感じた。思わずクスッと笑う。
歌と共にステージ上にあがり、最大限の可愛い笑顔を観客に魅せた。
私は___
この街が大好き。私の生き方そのものだから。この街が大好き。私の居場所だから。
今日も私に目を奪われればいい。心も身体も開け渡せばいい。
でも、私のモノはなにも奪わせない。