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    はるち

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    はるち

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    箱の中の鯉は生きているのか、それとも死んでいるのか。そも、生死の境界はどこにあるのか?

    #鯉博
    leiBo

    奇術師は失敗した ロドスのオペレーター・リーは任務の際に奇術師の扮装をすることがあり、即興でマジックショーを開くことがあった。彼が得意としたマジックの一つが、「オルフェウス」である。名前の由来であるミノス神話の通り・死者の復活を題材としたマジックだ。例えば、枯れた花を花瓶に入れる。布をかぶせ、神秘的な呪文――炎国語は聞きなれない人間にとっては秋風のように耳触りの良い呪文だった――と共にステッキで触れ、その後に布を取り払う。するとそこには瑞々しい生花が咲き誇っている。或いは、枯れた花を誰かに渡す。不気味なプレゼントに辟易しているその人の手を取り、彼が握手をする。握手の後に再び手元を見ると、花は時計の針を戻したように、芳しく咲く生花へと変貌している。
     いずれも袖やデスクの下に生花を隠し、一瞬の内に入れ替えるというトリックだ。その話術も相まって、彼のマジックショーは好評だった。失敗だってご愛敬。彼がステージに立てば、彼を知らない人間だって魅了され、終わるころには大喝采だった。その気になれば、マジシャンとして生計を立てていくことも出来ただろう。彼はスポットライトが眩しすぎるとぼやいていたが。
    「オルフェウス」で彼が蘇らせたのは、植物だけではない。動物もだ。そのシルクハットから、一匹の兎を取り出す。跳びはねることはおろか、ぴくりとも動かない。観客の一人をステージにあげ、その呼吸も鼓動も止まっていることを確かめさせる。彼は物憂げな表情で布をかぶせ、そして魔法をかけると――、兎は再び動き出し、跳びはねて彼にじゃれつく。観客にも兎が生きていることを確かめさせるためにステージから降りると、兎は彼を蹴り飛ばして床に降りる。そのまま追いかけっこを始めた彼らを、観客の笑い声が包む。
     あれだけは、私もタネがわからなかった。だからそれが御法度であると知った上で、私は彼に尋ねた。返答は期待していなかったが、しかし彼はあっさりと手の内を明らかにしてくれた。
    「龍泉宝丹っていう薬ですよ」
     聞けば、それは動物を仮死状態にする薬物なのだという。心臓は止まる。呼吸も止まる。けれどそれは極めて短時間であり、薬の効果が切れれば速やかに彼らは〝生き返る〟。内緒ですよ――と言う彼の口がいやに重かったのは、マジックのタネを明かすのが嫌というよりは、そういう形で動物の命を弄ぶことが、本当は嫌だったのだろう。ではなぜそのようなマジックを披露していたのかといえば、観客の注意を惹きつけるために、或いは不老不死を望む有力者の気を惹くのために、これが一番効果的だったからだ。不老不死、そして死からの復活。古今東西、時間と場所を問わず、人が希求するところだ。
     彼に龍泉宝丹を少量分けてもらい、成分を解析したところ、サルゴンのとある一族に伝わっている神経毒と成分が極めて類似していた。サルゴンの毒――そう、これは毒なのだ――は、一種の刑罰に用いられている。罪人に傷をつけ、その傷口からこの毒を浸透させると、罪人は一旦死亡する。けれどその後、生前の意識と自我を失って蘇り、言いなりに動く奴隷になる、という刑罰だ。この毒を使われた罪人は、現地の言葉でゾンビと呼ばれる。
     だから私は尋ねた。炎国では、この薬を用い、その後に蘇った人間を、僵尸キョンシーと呼ぶのかと。
     彼はカードをシャッフルするばかりだった。
     しかし代わりに教えてくれた。龍泉宝丹は、一粒飲めば仮の死を、二粒飲めば永久の眠りを、三粒飲めば死後の復活を与えるのだと。自分はそれを三粒服用したことがあり、それが原因で死にかけたことがあるのだと。いつものように、あののらりくらりとはぐらかして、こちらに白昼夢を見せる様なあの口調で。
     死者の復活。
     それが兼ねてから人々が渇望していることは、題材とする作品や神話が各国に見られることからも明らかだ。例えばオルフェウス、例えば極東にある黄泉比良坂。サルゴンの一部地域では遺骸を加工して保存し、水銀を飲んだ炎国の皇帝もいる。しかしその試行錯誤も空しく、多くのテラ人類にとって不死、そして蘇生というのは――ブラッドブルードやリッチのような一部の例外を除き――夢物語に過ぎない。或いは、ゾンビのような悪夢に。
    「ドクター」
     名前を呼ばれ、意識が白昼夢めいた回想から浮上する。顔を上げれば目的の部屋の前へと辿り着いたところだった。IDカードで施錠を外す。中に入ろうとするオペレーターを制し、ここから先は私一人でいいと告げる。オペレーターは本当に私を一人にしていいのか躊躇ったようだが、最終的には私の好きにさせてくれた。
     部屋の中は薄暗く、不自然なほどの薬品の匂いがした。死体安置所とはそういうものだ。腐敗臭を隠さなければならない。鉛のように冷え切った部屋の中央には、棺が一つ、置かれていた。誰が入っているのかは――言うまでもない。彼が本当に死んでいるのかは疑いようもない。心臓を貫かれても生きている人間などいるはずがないだろう。本来であれば速やかに埋葬すべきところを、彼の身体を未だこんなに薄暗い場所に留めているのは、彼自身の意思である。生前、彼は言っていたのだという。もし、自分に何かあったら――遺体を埋葬するのは、ドクターに顔を見せてからにしてほしい、と。多くの人間は、それは最期の挨拶をする猶予を残してほしい、という意味だと解釈している。しかし私は知っている。私が、彼の最期のマジックショーに招かれた、只一人の観客であることに。彼の薬、龍泉宝丹、骨の髄まで染み込んだというそれは、正しく効果を発揮するのだろうか? 彼に約束した死後の復活を、本当に果たしてくれるのだろうか? 彼の一世一代のマジックは、――本当に成功するのだろうか?
     正直に言って、私は、それが失敗することを望んでいる。だってそうだろう。こんなものは生命の冒涜に他ならない。それに、私が望んでいるのは――自我を失い、記憶を失って尚、動く死体ではない。あるいは、私が望んでいるのは、奇跡しっぱいなのかもしれない。尊き奇跡、全き復活。そんなことはあり得ないと、知っているけれど。
     けれども、彼が望むなら。
     舞台の幕を開けよう。
     私は、彼の口上を真似して口ずさむ。紳士淑女の皆々様方、本日は炎国の奇術師のマジックショーにお越しくださり誠にありがとうございます。今宵は、現実と幻想の境界を越えた、不思議不可思議摩訶不思議な魔法の世界へと皆様をご案内いたします。目の前で起こる奇跡の数々、目を疑うような光景に、心を奪われる覚悟はできていますか? あなた様こそが、次々と繰り広げられる奇跡の目撃者となることでしょう。今日この場所で、あなた様に目を見張るような驚きと感動をお届けいたします。どうか皆さま、日常の退屈と鬱屈を忘れてください。そして今この時だけは、子供の頃に夢見ていた奇跡と幻想を思い出してください。まず皆様にお目にかけますのは、死者の復活。箱の中にいる男は、生きているのか――死んでいるのか?
     それでは、箱を開けましょう。
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    はるち

    DONEドクターの死後、旧人類調技術でで蘇った「ドクター」を連れて逃げ出すリー先生のお話

    ある者は星を盗み、ある者は星しか知らず、またある者は大地のどこかに星があるのだと信じていた。
    あいは方舟の中 星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いているからだね
     ――引用:星の王子さま/サン・テグジュペリ
     
    「あんまり遠くへ行かないでくださいよ」
     返事の代わりに片手を大きく振り返して、あの人は雪原の中へと駆けていった。雪を見るのは初めてではないが、新しい土地にはしゃいでいるのだろう。好奇心旺盛なのは相変わらずだ、とリーは息を吐いた。この身体になってからというもの、寒さには滅法弱くなった。北風に身を震わせることはないけれど、停滞した血液は体の動きを鈍らせる。とてもではないが、あの人と同じようにはしゃぐ気にはなれない。
    「随分と楽しそうね」
     背後から声をかけられる。その主には気づいていた。鉄道がイェラグに入ってから、絶えず感じていた眼差しの主だ。この土地で、彼女の視線から逃れることなど出来ず、だからこそここへやってきた。彼女であれば、今の自分達を無碍にはしないだろう。しかし、自分とは違って、この人には休息が必要だった。温かな食事と柔らかな寝床が。彼女ならばきっと、自分たちにそれを許してくれるだろう。目を瞑ってくれるだろう。運命から逃げ回る旅人が、しばし足を止めることを。
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