はるち
DOODLESF系鯉博「雪女/石黒達昌」のオマージュです
白の幻影低体温症とは、深部体温が三十五度未満となる疾患である。寒冷な環境に長時間暴露された時や冷水に浸かっている時など、身体の熱放散が熱産生を上回る場合に生じる。症状としてシバリング及び嗜眠からの錯乱があり、昏睡状態となることも有り得、場合によっては死に至る。しかし、稀に低体温が安定して持続する症例が散見され、これらは「体質性低体温症」として区別される。
体質性低体温症は数例の症例報告があるのみで、その病態については未だ解明されていない。視床下部に存在する体温調整中枢の異常や冬眠物質の産生など、様々な仮説が提唱されている。また、先天性色素欠乏症を合併する例も見られ、病態機序として両者の関連が疑われる。
今回、私は炎国の錫嶺にて体質性低体温症の1例を経験した。ここは「雪女」に関する伝承が多く残っており、また以前にも体質性低体温症の症例報告があった地域である。
8675体質性低体温症は数例の症例報告があるのみで、その病態については未だ解明されていない。視床下部に存在する体温調整中枢の異常や冬眠物質の産生など、様々な仮説が提唱されている。また、先天性色素欠乏症を合併する例も見られ、病態機序として両者の関連が疑われる。
今回、私は炎国の錫嶺にて体質性低体温症の1例を経験した。ここは「雪女」に関する伝承が多く残っており、また以前にも体質性低体温症の症例報告があった地域である。
はるち
DONEリー先生お誕生日おめでとう 目覚ましとして使っている音楽は、それがどんなに美しいものであれやがては嫌いになる。起こされる不快感に塗り潰されるからだ。
しかしドクターは、アラームとして使っているその旋律を未だに嫌いになれなかった。リーが好きだと言っていたものだから。先ほどから惰眠に沈んでいる自分を起こそうと、落ち着いて、けれども根気強く流れているそのメロディの出所を探していたドクターは虚空に向かって手を動かし、数度手を振ったところで、そもそもそれは自分の手首から聞こえてくることに気が付いた。
目を開ける。白熱灯の眩しさが意識を覚醒させる。自分を起こしたのはタイマー機能のある腕時計だった。竜頭を押し込んでその音を止めたドクターは、ゆっくりと立ち上がった。どうやら自室に戻ってから、ベッドへもぐりこむ前に床で眠ってしまったらしい。大きく伸びをすると、全身の筋肉と関節が不平不満を訴えた。床で寝ていただけではない。ここ数日の激務が原因だろう。龍門からウルサスへと向かう道中にはそれなりの波乱万丈があり、のみならずヴィクトリアで起こっているきな臭い一連の騒動の処理と情報収集には、かなりのリソースを割く必要があった。人的にも、時間的にも。昼夜の区別なく働いていたが、ウルサスへと無事に到着したことにより、徹夜新記録を樹立する前にけりが付いたことは僥倖と呼ぶべきだろう。
6666しかしドクターは、アラームとして使っているその旋律を未だに嫌いになれなかった。リーが好きだと言っていたものだから。先ほどから惰眠に沈んでいる自分を起こそうと、落ち着いて、けれども根気強く流れているそのメロディの出所を探していたドクターは虚空に向かって手を動かし、数度手を振ったところで、そもそもそれは自分の手首から聞こえてくることに気が付いた。
目を開ける。白熱灯の眩しさが意識を覚醒させる。自分を起こしたのはタイマー機能のある腕時計だった。竜頭を押し込んでその音を止めたドクターは、ゆっくりと立ち上がった。どうやら自室に戻ってから、ベッドへもぐりこむ前に床で眠ってしまったらしい。大きく伸びをすると、全身の筋肉と関節が不平不満を訴えた。床で寝ていただけではない。ここ数日の激務が原因だろう。龍門からウルサスへと向かう道中にはそれなりの波乱万丈があり、のみならずヴィクトリアで起こっているきな臭い一連の騒動の処理と情報収集には、かなりのリソースを割く必要があった。人的にも、時間的にも。昼夜の区別なく働いていたが、ウルサスへと無事に到着したことにより、徹夜新記録を樹立する前にけりが付いたことは僥倖と呼ぶべきだろう。
はるち
DOODLE夏なのでホラーっぽい話を。作中で引用しているエピソードは「島の幽霊/蘆花公園」からの引用となります。
赤い糸を引け「なんですかい?そのモンスリってやつは」
「モンスタースリープの略だよ。クロージャが開発した新しいソフトでね」
最近何か変わったことはありましたか――と。久しぶりに本艦を訪れたリーの問いかけに対するドクターの返答がそれだった。子どもたちの間ではおまじないとしてストラップが流行っていること、最近入職したオペレーターによる武術指南、厨房がリーの来訪を心待ちにしていたこと、そして新しいクロージャの発明品。
それはロドスで大人気なのだという。リーは今年の四月にクロージャが喧伝していた弾幕要塞!ソルジャーズ・アッセンブルを思い出したが――実はテスターとして声を掛けられていたのだが、のちの評判を聞く限りは断って正解だった――、少なくとも新しいそれは、ロドスで大人気なのだという。
6160「モンスタースリープの略だよ。クロージャが開発した新しいソフトでね」
最近何か変わったことはありましたか――と。久しぶりに本艦を訪れたリーの問いかけに対するドクターの返答がそれだった。子どもたちの間ではおまじないとしてストラップが流行っていること、最近入職したオペレーターによる武術指南、厨房がリーの来訪を心待ちにしていたこと、そして新しいクロージャの発明品。
それはロドスで大人気なのだという。リーは今年の四月にクロージャが喧伝していた弾幕要塞!ソルジャーズ・アッセンブルを思い出したが――実はテスターとして声を掛けられていたのだが、のちの評判を聞く限りは断って正解だった――、少なくとも新しいそれは、ロドスで大人気なのだという。
はるち
DOODLE土人形と動死体/円城塔のパロディです。BGM:2145年/ACIDMAN
機械博士と動死体 墓はただの石だ。死体は肉塊だ。魂はお伽噺だ。
けれど、心は。まだここにある。あるはずだ。
――引用:回樹 斜線堂有紀
意識を持った時から、男は既に死んでいた。
「君のことはリーと呼ぶ」
自分を呼び起こして現世へと留めおく主人は、自らを博士と呼称した。自分よりよほど死体じみて見える人間だった。頬はこけ、本当に血が通っているのか疑わしくなるほど白い肌をしている。目の下には刺青のように深い隈が刻まれている。ただ、その瞳だけが、眼窩に嵌った宝石のようにぎらついた輝きを放っており、その非対象さは博士に生気よりも不気味さを与えていた。
博士は男の全身、漆の上に佩いた金粉の河めいた傷口に貼られている札を一枚一枚確かめてから、傍らに置かれた服を着るように指示した。関節を軋ませながら釦を止める男の動きを、博士は黙って見つめていた。実験動物の挙動を確認しているようでもあったが、その奥底には別種の光が宿っている。それを何と呼ぶべきなのか、男にはわからなかった。男に与えられているのは意識と名前だけだ。
3643けれど、心は。まだここにある。あるはずだ。
――引用:回樹 斜線堂有紀
意識を持った時から、男は既に死んでいた。
「君のことはリーと呼ぶ」
自分を呼び起こして現世へと留めおく主人は、自らを博士と呼称した。自分よりよほど死体じみて見える人間だった。頬はこけ、本当に血が通っているのか疑わしくなるほど白い肌をしている。目の下には刺青のように深い隈が刻まれている。ただ、その瞳だけが、眼窩に嵌った宝石のようにぎらついた輝きを放っており、その非対象さは博士に生気よりも不気味さを与えていた。
博士は男の全身、漆の上に佩いた金粉の河めいた傷口に貼られている札を一枚一枚確かめてから、傍らに置かれた服を着るように指示した。関節を軋ませながら釦を止める男の動きを、博士は黙って見つめていた。実験動物の挙動を確認しているようでもあったが、その奥底には別種の光が宿っている。それを何と呼ぶべきなのか、男にはわからなかった。男に与えられているのは意識と名前だけだ。
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DOODLEリー先生から佩玉を受け取ったと聞いてわやわやする炎国勢のお話です。フォロワーさまとの会話の産物となります。
大安吉日は晴れているか ドクターがリーから佩玉を受け取った――という情報は瞬く間にロドスに在籍する炎国出身オペレーターたちの間を駆け巡った。
例えば髪飾りや首飾りといった他の装飾品ならいざ知らず、佩玉は彼らにとって特別な意味を持つ。
すなわち、求愛だ。
それをドクターが受け入れたということは――つまり。
「どどどどどどうしましょう?!」
炎国オペレーターたちの溜まり場となっている休憩室――タイミングが良いとジェイが魚団子を振る舞ってくれる――に飛び込んだスノーズントは、イベリアにあるサルヴィエントの洞窟もかくやという勢いで立ち込める湿気と暗闇に短い悲鳴を上げた。
湿度と瘴気の出所は、炎国式円卓を囲んでいるチェン、スワイヤー、ホシグマ、リンだった。テーブルに肘をついて両手の指を絡め、顎を手に預けるチェンの眼光は鋭く、今まさにあの巨大ロボに乗って敵を撃墜せよと命じかねない雰囲気があった。反射的に回れ右をしてその場から立ち去りたくなったが、スノーズントは逃げちゃダメだと震える膝に言い聞かせた。
5713例えば髪飾りや首飾りといった他の装飾品ならいざ知らず、佩玉は彼らにとって特別な意味を持つ。
すなわち、求愛だ。
それをドクターが受け入れたということは――つまり。
「どどどどどどうしましょう?!」
炎国オペレーターたちの溜まり場となっている休憩室――タイミングが良いとジェイが魚団子を振る舞ってくれる――に飛び込んだスノーズントは、イベリアにあるサルヴィエントの洞窟もかくやという勢いで立ち込める湿気と暗闇に短い悲鳴を上げた。
湿度と瘴気の出所は、炎国式円卓を囲んでいるチェン、スワイヤー、ホシグマ、リンだった。テーブルに肘をついて両手の指を絡め、顎を手に預けるチェンの眼光は鋭く、今まさにあの巨大ロボに乗って敵を撃墜せよと命じかねない雰囲気があった。反射的に回れ右をしてその場から立ち去りたくなったが、スノーズントは逃げちゃダメだと震える膝に言い聞かせた。
はるち
DOODLE長袍を着て水煙草を吸っている先生が見たい龍門誘蛾なんだか阿片窟に迷い込んだみたいだ。率直な感想を述べれば、咥えていた煙管を外した彼が、口元に苦さを浮かべる。
「それ、おれ以外の前では言わない方が良いですよ」
炎国と阿片の関係は複雑だ。歴史の暗部であり傷である。迂闊に部外者が踏み込んでいい領域ではない。
勿論、わかっている。わかった上で言っている。
それでも殊勝ぶって頷くと、彼は緩やかに私を手招いた。
見慣れた探偵事務所の一角には、見慣れない硝子瓶が置かれていた。硝子瓶の上には銀の皿があり、煙草の葉が熾火で熱されている。硝子瓶から伸びる管は、彼の手にする煙管へと繋がっている。水煙草――と言うのだという。彼が愛飲している煙草とは異なる、退廃を甘く色付ける香りがした。
1051「それ、おれ以外の前では言わない方が良いですよ」
炎国と阿片の関係は複雑だ。歴史の暗部であり傷である。迂闊に部外者が踏み込んでいい領域ではない。
勿論、わかっている。わかった上で言っている。
それでも殊勝ぶって頷くと、彼は緩やかに私を手招いた。
見慣れた探偵事務所の一角には、見慣れない硝子瓶が置かれていた。硝子瓶の上には銀の皿があり、煙草の葉が熾火で熱されている。硝子瓶から伸びる管は、彼の手にする煙管へと繋がっている。水煙草――と言うのだという。彼が愛飲している煙草とは異なる、退廃を甘く色付ける香りがした。
はるち
DONEドクターの死後、遺言に従ってテラ全土を鯉先生が旅するお話。引用している寓話の元ネタが分かる人は常世島で私と握手しましょう。
透明な血が流れたとして 血は水よりも濃いのだという。
ならばこの大地に累計を持たぬ彼の人は、唯一人清流に咲く蓮であろうか。
リー探偵事務所の所長が、ロドスの指揮官の訃報を受け取ったのは、その死から数日経った後だった。
ロドスで葬儀が開かれるのだという。その案内をトランスポーターから受け取ったリーは、執務室に置いてある茶葉や茶菓子はどうなったのだろうかと考えた。自分が置きっぱなしにしたものだけではない。リンが手入れをしていた鉢植え、ブローカが用意した毛布、イースチナが少しずつ読み勧めていた推理小説。それも全て、棺に詰めて燃やすのだろうか。
喪服に袖を通し、本艦へと向かう。場違いなほどの晴天の元で、参列者の表情だけが六月の空模様と同じだった。すすり泣きがそこかしこから聞こえる。心を引っ掻くその声に耐えかねて、故人が起きてくるのではと不安になるくらいに。
9908ならばこの大地に累計を持たぬ彼の人は、唯一人清流に咲く蓮であろうか。
リー探偵事務所の所長が、ロドスの指揮官の訃報を受け取ったのは、その死から数日経った後だった。
ロドスで葬儀が開かれるのだという。その案内をトランスポーターから受け取ったリーは、執務室に置いてある茶葉や茶菓子はどうなったのだろうかと考えた。自分が置きっぱなしにしたものだけではない。リンが手入れをしていた鉢植え、ブローカが用意した毛布、イースチナが少しずつ読み勧めていた推理小説。それも全て、棺に詰めて燃やすのだろうか。
喪服に袖を通し、本艦へと向かう。場違いなほどの晴天の元で、参列者の表情だけが六月の空模様と同じだった。すすり泣きがそこかしこから聞こえる。心を引っ掻くその声に耐えかねて、故人が起きてくるのではと不安になるくらいに。
はるち
DOODLE鯉先生の実家で生き神として祀られている博士のお話。十割捏造です。今は遠き方舟よ 神様を飼っている。
「……ふむ」
高所から下げられた香炉は白檀の香りを振りまき、その人は白い着物の上から薄衣のように薫香を纏っていた。細い指先が、テーブルの上に置かれた茶杯に伸ばされる。今しがた、少年が淹れたものだ。テーブルの反対に座り、相対している少年は行儀よく膝の上で拳を握りしめていた。
芙蓉を模したその陶器はこの人の肌のように白く、茶の水色をよく映した。少年が思わず生唾を飲んだのは、喉の渇きのせいではない。
唇が茶杯に触れる。こくりと音を立てて、茶が喉を流れていくのがわかる。雪が溶けて蕾がその姿を覗かせるように、頬に朱色が差す。濡れた唇で、その人は。
「四十五点」
ぐ、と少年の喉が鳴る。その人は唇を三日月の形に釣り上げ、爪でかつかつと机を叩いた。炎国の歴史を講義している最中で、少年の間違いを正すときのように。
13862「……ふむ」
高所から下げられた香炉は白檀の香りを振りまき、その人は白い着物の上から薄衣のように薫香を纏っていた。細い指先が、テーブルの上に置かれた茶杯に伸ばされる。今しがた、少年が淹れたものだ。テーブルの反対に座り、相対している少年は行儀よく膝の上で拳を握りしめていた。
芙蓉を模したその陶器はこの人の肌のように白く、茶の水色をよく映した。少年が思わず生唾を飲んだのは、喉の渇きのせいではない。
唇が茶杯に触れる。こくりと音を立てて、茶が喉を流れていくのがわかる。雪が溶けて蕾がその姿を覗かせるように、頬に朱色が差す。濡れた唇で、その人は。
「四十五点」
ぐ、と少年の喉が鳴る。その人は唇を三日月の形に釣り上げ、爪でかつかつと机を叩いた。炎国の歴史を講義している最中で、少年の間違いを正すときのように。
はるち
DOODLE老鯉と若鯉と博士が三人で仲良くする話色仕掛花手折「興が乗った。貴君、珍しい夢を見てみたいとは思わないかい?」
リィンの私室に呼び出され、二人で酒盛りをしていたことは覚えている。アンジェリーナがアカユラの奥地から珍しい酒を持ってきた、とリィンはいつにもましてご機嫌だった。盃を何度も空にしては手酌も構わずに再び満たし、詞を吟じたかと思えば心の赴くままに舞い踊る。仙境にありて夢でも見ているようだった。しかし宴もたけなわ、そろそろ切り上げようかとドクターが立ち上がったときに、リィンはその袖を引き、そう言った。
珍しい夢とはなんだろうか。いわゆる明晰夢のことか。勿論興味はある、と答えたのが、ドクターにとって運の尽きだった。
「蝶の夢は所詮蝶なり。ならば貴君よ、君は夢の中でも、目を覚ましていられるのかな?」
3818リィンの私室に呼び出され、二人で酒盛りをしていたことは覚えている。アンジェリーナがアカユラの奥地から珍しい酒を持ってきた、とリィンはいつにもましてご機嫌だった。盃を何度も空にしては手酌も構わずに再び満たし、詞を吟じたかと思えば心の赴くままに舞い踊る。仙境にありて夢でも見ているようだった。しかし宴もたけなわ、そろそろ切り上げようかとドクターが立ち上がったときに、リィンはその袖を引き、そう言った。
珍しい夢とはなんだろうか。いわゆる明晰夢のことか。勿論興味はある、と答えたのが、ドクターにとって運の尽きだった。
「蝶の夢は所詮蝶なり。ならば貴君よ、君は夢の中でも、目を覚ましていられるのかな?」
はるち
DOODLE離艦申請書を受け取るときってどんな気持ちなんでしょうね繋いだ運命が離れないように「この舟を降りたい」
一瞬、呼吸のやり方を忘れる。息を吐く方法を思い出したのは、彼が目の前にひらひらとかざしてみせる離艦申請書が、彼とは別の龍の手によって書かれたものだと気づいたからだ。
「って言ったらどうします?」
「悪趣味な冗談はやめてくれないか」
睨みつけても、彼の飄々とした笑みは崩れない。冗談ですよ、と彼が隊長を命じられたとき、作戦が始まる前に小隊を解散しそうになったときの、あの慌てた声が聞こえることはなかった。ならばその問いかけの一部は、彼の本心なのだろう。
「……、止めはしないよ」
「おや」
思い出すのは、彼の手にしている申請書を書いたドラコ、ターラーを守護すると決めた赤い龍だ。自らの運命を向き合い、戦火と共にあることを決めた。
1399一瞬、呼吸のやり方を忘れる。息を吐く方法を思い出したのは、彼が目の前にひらひらとかざしてみせる離艦申請書が、彼とは別の龍の手によって書かれたものだと気づいたからだ。
「って言ったらどうします?」
「悪趣味な冗談はやめてくれないか」
睨みつけても、彼の飄々とした笑みは崩れない。冗談ですよ、と彼が隊長を命じられたとき、作戦が始まる前に小隊を解散しそうになったときの、あの慌てた声が聞こえることはなかった。ならばその問いかけの一部は、彼の本心なのだろう。
「……、止めはしないよ」
「おや」
思い出すのは、彼の手にしている申請書を書いたドラコ、ターラーを守護すると決めた赤い龍だ。自らの運命を向き合い、戦火と共にあることを決めた。
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DOODLE最近ロドスに入職するオペレーター、みんな一癖も二癖もあっていいですね。Cool spy on a hot car「密偵が御入用なんですかい?」
リーが手にしているのは、最近ロドスに入職した二人の諜報員のものだった。一体何処から、と眉をひそめたくなるが、彼の前で必要以上に感情を顕にすることは余計な手掛を与えるばかりなので、ひとまずはポーカーフェイスを装う。彼のことだ、きっと人事部にも伝手があるのだろう。
「そういうことだよ。政治に干渉するのはロドスの方針には反するんだけど」
中立を保つためには、それなりの努力が必要なのだ。龍門で長らく生きてきた彼なら、その困難さを理解してくれるだろう。しかし今回彼の表情が浮かないのは、それが原因ではないようだった。
「探偵ではなくて?」
追跡、偽装、交渉――探偵に必要とされる技能の大抵は、密偵においても必須とされる。確かに彼であれば、どんな環境にも溶け込んで、必要な情報を集めることができるだろう。
985リーが手にしているのは、最近ロドスに入職した二人の諜報員のものだった。一体何処から、と眉をひそめたくなるが、彼の前で必要以上に感情を顕にすることは余計な手掛を与えるばかりなので、ひとまずはポーカーフェイスを装う。彼のことだ、きっと人事部にも伝手があるのだろう。
「そういうことだよ。政治に干渉するのはロドスの方針には反するんだけど」
中立を保つためには、それなりの努力が必要なのだ。龍門で長らく生きてきた彼なら、その困難さを理解してくれるだろう。しかし今回彼の表情が浮かないのは、それが原因ではないようだった。
「探偵ではなくて?」
追跡、偽装、交渉――探偵に必要とされる技能の大抵は、密偵においても必須とされる。確かに彼であれば、どんな環境にも溶け込んで、必要な情報を集めることができるだろう。
はるち
DOODLE教師リー×生徒ドクターの学パロ鯉博ですI'm great./It's grate.「ソーンズと付き合っているんですか?」
窓硝子を一枚隔てた向こうからは、グラウンドを走る生徒達の声が聞こえていた。走り出すタイミングを知らせる陸上部のホイッスル、時折混ざるフルートやトランペットは校舎の中で練習中の吹奏楽部のものだろう。自分の胸元に顔を埋めている彼女の喉からは注ぎすぎた水のようにあえかな声が零れだし、学校の喧騒へと溶けていく。
「そんな訳、ない……でしょ」
伸ばした足は、自分の脇腹でも蹴ろうとしたのだろう。しかし見当違いの方向へと伸びた愛は虚空を蹴るばかりで、ローファーがリノリウムの床に落ちる。からん、と乾いた音は自分たちの呼吸よりも余程騒々しく、埃っぽい室内に響く。
「昨日も夜遅くまで、二人きりで理科室にいたって聞きましたけど」
1710窓硝子を一枚隔てた向こうからは、グラウンドを走る生徒達の声が聞こえていた。走り出すタイミングを知らせる陸上部のホイッスル、時折混ざるフルートやトランペットは校舎の中で練習中の吹奏楽部のものだろう。自分の胸元に顔を埋めている彼女の喉からは注ぎすぎた水のようにあえかな声が零れだし、学校の喧騒へと溶けていく。
「そんな訳、ない……でしょ」
伸ばした足は、自分の脇腹でも蹴ろうとしたのだろう。しかし見当違いの方向へと伸びた愛は虚空を蹴るばかりで、ローファーがリノリウムの床に落ちる。からん、と乾いた音は自分たちの呼吸よりも余程騒々しく、埃っぽい室内に響く。
「昨日も夜遅くまで、二人きりで理科室にいたって聞きましたけど」
はるち
DOODLELovers and cigarettes外で煙草を吸うには随分と風が強い。
一服しようとつけたライターの火はすぐに掻き消えるが、煙草を咥えたままでは舌打ちもままならなかった。手で風を避け、あえかな灯火を囲い、何度目かの繰り返してようやく先端にほのかな明かりが灯る。肺に雪崩れ込む紫煙は甘い背徳と苦い努力だった。吐き出す息はすぐさま夜風に吹き散らかされ、星もない夜ともなれば何の痕跡も残らない。
「こんなところでサボっていたのかい」
背中から声がかかる。自分を追うようにして甲板に出た誰かがいたことも、その正体にも気づいていた。けれども気づかない振りをしていたリーはようやく、緩慢に人影の方へと振り返った。乏しい外灯の下では、ドクターは白い闇のように沈んで見える。
1463一服しようとつけたライターの火はすぐに掻き消えるが、煙草を咥えたままでは舌打ちもままならなかった。手で風を避け、あえかな灯火を囲い、何度目かの繰り返してようやく先端にほのかな明かりが灯る。肺に雪崩れ込む紫煙は甘い背徳と苦い努力だった。吐き出す息はすぐさま夜風に吹き散らかされ、星もない夜ともなれば何の痕跡も残らない。
「こんなところでサボっていたのかい」
背中から声がかかる。自分を追うようにして甲板に出た誰かがいたことも、その正体にも気づいていた。けれども気づかない振りをしていたリーはようやく、緩慢に人影の方へと振り返った。乏しい外灯の下では、ドクターは白い闇のように沈んで見える。
はるち
DOODLEちまき美味しいですね食堂にはもち米の匂いと蒸気が満ちていた。蒸籠を総動員してフル稼働している結果がこれらしい。
皿の上には笹の葉で包まれた正四面体がうず高く積まれている。ちまき、という炎国の伝統料理だったはずだ。我が身を嘆いて川に身を投げた政治家の遺体が魚に食べられないよう、彼を慕う人々が投げ込んだとされる料理。とはいえ多種多様多国籍のオペレーターが多く集まるこのロドスではこの節句はお祭りごとの一つとして認識されているようで、厨房はその準備に大忙しだった。
積まれた一つに手を伸ばすと、一つだけにしておいてくださいよ、と湯気の向こうから声がかかる。見れば、彼が顔だけを向けてこちらを見ていた。手元ではちまきの成形に忙しい。
1285皿の上には笹の葉で包まれた正四面体がうず高く積まれている。ちまき、という炎国の伝統料理だったはずだ。我が身を嘆いて川に身を投げた政治家の遺体が魚に食べられないよう、彼を慕う人々が投げ込んだとされる料理。とはいえ多種多様多国籍のオペレーターが多く集まるこのロドスではこの節句はお祭りごとの一つとして認識されているようで、厨房はその準備に大忙しだった。
積まれた一つに手を伸ばすと、一つだけにしておいてくださいよ、と湯気の向こうから声がかかる。見れば、彼が顔だけを向けてこちらを見ていた。手元ではちまきの成形に忙しい。
はるち
DOODLEシラクザーノお疲れ様でした降り続く雨の中では、アップルパイの香ばしさも色褪せるようだった。それでもシナモンの効いた林檎は変わらず柔らかい。一口ごとにバターの匂いと混ざって鼻先へと抜け、フィリングの下に敷かれたカスタードクリームが甘く濃厚な余韻を残す。雨が降り止まないのであれば、雨宿りではなく永劫にここに済む羽目になりそうだ、と灰色に濁った空を見上げた。この店はもう長い間店長を欠いているらしく、降りたままのシャッターは錆びついていたが、雨垂れから守ってくれる軒下さえあれば、遅い昼食を摂るのには充分だった。とはいえ紅茶か珈琲でも合わせて買うべきだった、と今は遠いパン屋の方角を睨むと、偶然にもその方向から歩いてくる人影がある。黒い傘は雨を弾くが、外套の裾から覗く尾はその下から飛び出て濡れていた。けれどもそれはわざとだろう。彼の尾は、濡れているときが一番美しく輝くから。
1373はるち
DOODLEもうきみを忘れずにいることでしかきみに会えない 驟雨が過ぎて引用:榊原紘
古い思い出を捨てることには、身軽になる痛みがつきまとった。過去というものはしがらみの一つであろう。それを切り捨てることは肌を脱ぎ捨てるように、引かれる後ろ髪を切り離すような、心地よさと表裏一体の心もとなさがつきまとった。春を迎え、冬の寒さを凌ぐために纏っていた重たい外套や毛布を脱ぎ捨てれば、きっとどこまでも駆けていけるだろう。けれども自分はもう、どこかに行きたいわけではないのだ。
「そんなことを言って。いい加減この部屋を片付けたほうが良いと思うよ。ワイフーだって言っていただろう」
本棚を整理していたドクターが、浮かない顔で小箱の中身をいじっていたリーに苦笑する。古くて汚い探偵事務所、というワイフーの言葉は、リーからしてみれば異議異論のあるところではあるが、確かにその一面は事実だった。すなわち、汚い、という。
1227「そんなことを言って。いい加減この部屋を片付けたほうが良いと思うよ。ワイフーだって言っていただろう」
本棚を整理していたドクターが、浮かない顔で小箱の中身をいじっていたリーに苦笑する。古くて汚い探偵事務所、というワイフーの言葉は、リーからしてみれば異議異論のあるところではあるが、確かにその一面は事実だった。すなわち、汚い、という。
はるち
DOODLE夏だ!海だ!ドッソレスだ!「君がイェラグでの任務が終わったら暖かいところに行きたいって言ったんだろ」
「そりゃあ言いましたけどね」
暖かな日差しが恋しい、とリーが寒さに凍えていたのはほんの数日前のことだ。イェラグの雪山は外部からの侵入者を拒むように容赦なく、氷雪をはらんだ風によって彼らを出迎え――案内を買って出たイェラが何故が申し訳なさそうな顔をしていた――、リー達はひっきりなしに訪れるチェゲッタを相手取っていた。これが終わったら休暇を取らせてもらいますからね、とリーは任務中に湿度の高い視線をドクターに向けていたが、それを受けるドクターは実に涼しい顔だった。わかった、この任務が終わったらバカンスに行こう、と。それだけを胸に現地住民さえも凍りつく氷雪を耐え忍び、そうして連れてこられたのがこのドッソレスだ。
2020「そりゃあ言いましたけどね」
暖かな日差しが恋しい、とリーが寒さに凍えていたのはほんの数日前のことだ。イェラグの雪山は外部からの侵入者を拒むように容赦なく、氷雪をはらんだ風によって彼らを出迎え――案内を買って出たイェラが何故が申し訳なさそうな顔をしていた――、リー達はひっきりなしに訪れるチェゲッタを相手取っていた。これが終わったら休暇を取らせてもらいますからね、とリーは任務中に湿度の高い視線をドクターに向けていたが、それを受けるドクターは実に涼しい顔だった。わかった、この任務が終わったらバカンスに行こう、と。それだけを胸に現地住民さえも凍りつく氷雪を耐え忍び、そうして連れてこられたのがこのドッソレスだ。
はるち
DONEルナカブの戦闘終了台詞を受けて。作戦後にご飯を食べるお話。
Dinner is ready.「ふぁ……疲れたぁ。お前が言ってたことは全部片づけたぞ、もうご飯食べていいか? 今日のメニューはなに?」
「今日は油淋鶏ですよ」
同じ隊に編成されていた男の言葉に、ルナカブは大いにはしゃいだ。先程まで疲れたと言っていたのが嘘のように明るい表情で、兎のように男の周囲を跳ね回る。
あれは数えて七つ前の任務の時だった。おれも同行必須ですかあ? とげんなりとした表情で隊列に加わり、はいはい行きますよ、と嘆息して天を仰いでいた。ルナカブが隊長らしく、一生懸命やらないやつに獲物は分けん、と宣言すると、男は苦笑した。
その態度に反して男は優秀な狩人で、そして料理人だった。ルナカブは調理といえば焼く、といった素朴なものしか知らなかったが、男はそれらを魔術のように組み合わせて奇跡的な料理を作っていた。男が現れる時の食堂が祝祭のように沸き立つのも納得だ、とルナカブは男特製の、赤くてたっぷり肉とトマトの入ったもの――ミートソーススパゲッティ、というらしい――を食べながら深く頷いた。こんなにおいしいものは、エクシア達が言う「パーティ」に参加したときに食べた植物の種を爆発させてできた丸いやつや、甘くてなめらかなミルクのふわふわしか――いや、それよりもっと美味しいかもしれない。
2320「今日は油淋鶏ですよ」
同じ隊に編成されていた男の言葉に、ルナカブは大いにはしゃいだ。先程まで疲れたと言っていたのが嘘のように明るい表情で、兎のように男の周囲を跳ね回る。
あれは数えて七つ前の任務の時だった。おれも同行必須ですかあ? とげんなりとした表情で隊列に加わり、はいはい行きますよ、と嘆息して天を仰いでいた。ルナカブが隊長らしく、一生懸命やらないやつに獲物は分けん、と宣言すると、男は苦笑した。
その態度に反して男は優秀な狩人で、そして料理人だった。ルナカブは調理といえば焼く、といった素朴なものしか知らなかったが、男はそれらを魔術のように組み合わせて奇跡的な料理を作っていた。男が現れる時の食堂が祝祭のように沸き立つのも納得だ、とルナカブは男特製の、赤くてたっぷり肉とトマトの入ったもの――ミートソーススパゲッティ、というらしい――を食べながら深く頷いた。こんなにおいしいものは、エクシア達が言う「パーティ」に参加したときに食べた植物の種を爆発させてできた丸いやつや、甘くてなめらかなミルクのふわふわしか――いや、それよりもっと美味しいかもしれない。
はるち
DOODLEリー先生とクォーツと夜食を食べるお話「祝うべき勝利だ……ロドスへ帰還したら、皆ももう私の料理など食べずに済むしな」
新鮮な空気が吸いたくてテントの外へと出た。昼間の歩く度に土煙の上がる埃っぽさは鳴りを潜め、代わりに月と星の光が冷ややかに大気を照らしていた。ドクター、と私を呼んだのは耳に馴染んだ深みのあるテノールの声で、おい、と慌てたアルトがそれに追従する。声のする方を振り向くと、ぱちぱちと爆ぜる焚き火が二人分の横顔を温かな陰影で彩っていた。今日の寝ずの番はクォーツのはずだったが。面倒見の良い彼のことだ。ロドスに来てまだ日の浅い彼女に付き合って、話し相手にでもなっていたのだろう。
「腹でも空きましたか?夜食でもどうです」
焚き火の上には鍋がかかっていた。遠目では中身の判別はできない。誘われるままに足を向けると、リーは傍らに置いてあった器に中身をよそった。くつくつと煮えているのはスープのようだった。実のところそこまで腹が減っているわけではなかったのだが、立ち上る匂いが食欲を呼び起こす。
1610新鮮な空気が吸いたくてテントの外へと出た。昼間の歩く度に土煙の上がる埃っぽさは鳴りを潜め、代わりに月と星の光が冷ややかに大気を照らしていた。ドクター、と私を呼んだのは耳に馴染んだ深みのあるテノールの声で、おい、と慌てたアルトがそれに追従する。声のする方を振り向くと、ぱちぱちと爆ぜる焚き火が二人分の横顔を温かな陰影で彩っていた。今日の寝ずの番はクォーツのはずだったが。面倒見の良い彼のことだ。ロドスに来てまだ日の浅い彼女に付き合って、話し相手にでもなっていたのだろう。
「腹でも空きましたか?夜食でもどうです」
焚き火の上には鍋がかかっていた。遠目では中身の判別はできない。誘われるままに足を向けると、リーは傍らに置いてあった器に中身をよそった。くつくつと煮えているのはスープのようだった。実のところそこまで腹が減っているわけではなかったのだが、立ち上る匂いが食欲を呼び起こす。
はるち
DOODLE観用少女と新上海エピキュリアンのパロですピグマリオンの末裔達一目惚れだった。
椅子に腰掛けているそれを見た時に、世界が静止するのを感じた。止まっているのは時間でも世界でもなく、自分の呼吸であると気づくまでに一体どれくらいかかったのだろうか。一分一秒を争うというのに、それと出会ったときは完全に、自分がこの場所を訪れた目的も意図も、もしかすると時間という概念すら頭から抜け落ちていた。
だってそうだろう。
人形というものは、最も美しい時間を切り取って形を与えた存在だ。
その人形は、重厚感のある煉瓦色の椅子に座っていた。座面には臙脂色の天鵞絨が張られ、重く沈んだような色合いが、人形の来ているドレスの白さを一層鮮やかにする。薔薇の花弁のように幾重にもレースが使われ、首元や袖口には繊細な刺繍が施されていた。糸も布地も、白一色で統一されているそれは、光の下でだけ悪戯に表情を変え、微妙な陰影を見せている。けれどもそれでさえ、この人形を際立たせるための舞台装置に過ぎなかった。穢れを知らない白磁の肌、頬には微かな赤みが差し、まるで生きているようだった。
15232椅子に腰掛けているそれを見た時に、世界が静止するのを感じた。止まっているのは時間でも世界でもなく、自分の呼吸であると気づくまでに一体どれくらいかかったのだろうか。一分一秒を争うというのに、それと出会ったときは完全に、自分がこの場所を訪れた目的も意図も、もしかすると時間という概念すら頭から抜け落ちていた。
だってそうだろう。
人形というものは、最も美しい時間を切り取って形を与えた存在だ。
その人形は、重厚感のある煉瓦色の椅子に座っていた。座面には臙脂色の天鵞絨が張られ、重く沈んだような色合いが、人形の来ているドレスの白さを一層鮮やかにする。薔薇の花弁のように幾重にもレースが使われ、首元や袖口には繊細な刺繍が施されていた。糸も布地も、白一色で統一されているそれは、光の下でだけ悪戯に表情を変え、微妙な陰影を見せている。けれどもそれでさえ、この人形を際立たせるための舞台装置に過ぎなかった。穢れを知らない白磁の肌、頬には微かな赤みが差し、まるで生きているようだった。
totorotomoro
DOODLE鯉博。誰とのことを占うつもりだったんで? 食堂の自販機にあるスナックバーを買いに寄った際に、その声は聞こえてきた。
食堂は昼食以外は全員に開放していた。簡単なミーティングや事務作業をするものがあちらこちらに散らばっていたが、片隅で明らかに毛色の違う三、四人に囲まれて会話をしている男がいた。
「楽しそうだね。何してるの」
近寄って聞いてみれば、女性たちは口籠もりそわそわと辞去の挨拶をして去っていく。教えてもらえなかった寂しさにドクターはリーの前にある席を指した。
「座っていい?」
「もちろんどうぞ」
リーは脇に置いた湯呑みを持ち上げてずずっとすする。
「お邪魔だった?」
ドクターは下から這い上がってくる尾鰭を摘んで脇へとどかす。
「いいえ、ちっとも」
1184食堂は昼食以外は全員に開放していた。簡単なミーティングや事務作業をするものがあちらこちらに散らばっていたが、片隅で明らかに毛色の違う三、四人に囲まれて会話をしている男がいた。
「楽しそうだね。何してるの」
近寄って聞いてみれば、女性たちは口籠もりそわそわと辞去の挨拶をして去っていく。教えてもらえなかった寂しさにドクターはリーの前にある席を指した。
「座っていい?」
「もちろんどうぞ」
リーは脇に置いた湯呑みを持ち上げてずずっとすする。
「お邪魔だった?」
ドクターは下から這い上がってくる尾鰭を摘んで脇へとどかす。
「いいえ、ちっとも」
はるち
DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですねshall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」
踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
「ダンスパーティーの練習ですか?」
「そんなところだよ」
ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
1754踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
「ダンスパーティーの練習ですか?」
「そんなところだよ」
ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
はるち
DOODLE探偵事務所爆発を気に同棲を始める二人は”いる”と思うんですよねひとつ屋根の下「というわけで、しばらくここに住んでもいいですかね」
「わかった、家賃は給料からの天引きで良い?」
そんな連れないこと言わないでくださいよ!と来客用のソファに座ったままリーは大仰な仕草で天を仰いだ。芝居がかった動作だが、頬に浮かぶ憂いは本物だ。
調理中のちょっとした事故により、彼の探偵事務所は爆発したのだという。現場にはショウも出動し、全焼こそ免れたそうだが、とてもではないが人の住める状況ではないらしい。彼からすれば骨董品が焼けてしまったことの方が余程問題のようだが。
居場所をなくした彼が目をつけたのは、このロドスだった。突如として執務室に押しかけてきた彼は、しばらくここに滞在させて欲しいという。この場所を臨時の事務所として。
1316「わかった、家賃は給料からの天引きで良い?」
そんな連れないこと言わないでくださいよ!と来客用のソファに座ったままリーは大仰な仕草で天を仰いだ。芝居がかった動作だが、頬に浮かぶ憂いは本物だ。
調理中のちょっとした事故により、彼の探偵事務所は爆発したのだという。現場にはショウも出動し、全焼こそ免れたそうだが、とてもではないが人の住める状況ではないらしい。彼からすれば骨董品が焼けてしまったことの方が余程問題のようだが。
居場所をなくした彼が目をつけたのは、このロドスだった。突如として執務室に押しかけてきた彼は、しばらくここに滞在させて欲しいという。この場所を臨時の事務所として。
はるち
DOODLEリー探偵事務所アニメ見ました?私はあれで気が狂って二話書きましたリー探偵事務所へようこそリー探偵事務所で起こった爆発事故については、ロドスにも一時間と立たずして連絡が入った。仮にも業務提携先であり、あの事務所は龍門における緩衝材、国家権力とアンダーグラウンドのバランサーだ。報告を聞いたときには、すわ敵襲による爆破かと緊張が走ったものだが、よくよく話を聞いてみれば調理中に起こった事故なのだという。リーとウンがその手のミスをするとは考えにくいから、おおかたワイフーかアが厨房に立っていたのだろう。
そうして一夜にして職場と家の両方を失ったリー探偵事務所の面々が転がり込んできたのが、ここロドスだった。
「なんとかなりませんか、ドクター」
「そうは言われてもなあ」
私たちはロドスの廊下を歩いていた。無機質な空間で、二人分の足音と話し声が反響する。屋根と壁があって雨風を凌げることがこんなにありがたいとは思いませんでしたよ、と彼は隻腕の狩人のようなことを言った。
2120そうして一夜にして職場と家の両方を失ったリー探偵事務所の面々が転がり込んできたのが、ここロドスだった。
「なんとかなりませんか、ドクター」
「そうは言われてもなあ」
私たちはロドスの廊下を歩いていた。無機質な空間で、二人分の足音と話し声が反響する。屋根と壁があって雨風を凌げることがこんなにありがたいとは思いませんでしたよ、と彼は隻腕の狩人のようなことを言った。
はるち
DOODLEリー先生の酒弱いネタは無限に擦っていきたい花見で一杯、雨流れ酒に弱い、数少ない良いことは少量ですぐに酔えることだ。この世の憂さを忘れて夢を見るために、何杯も盃を傾ける必要がない。一杯あれば事足りる。
「ようやく起きた?」
悪いことはそれ以外の全てだ。翌朝の頭痛、倦怠感、そして曖昧な昨夜の記憶。腕の中にいるドクターは非難がましい目でこちらを睨みつけていた。互いに纏うものは何もなく、覚えていなくても何があったのかは明白だった。肌に残る乾いた体液の感触が気持ち悪い。シーツは乱れて、その癖自分はしっかりとドクターを抱きしめていたようだった。肌の上に散る噛み跡や鬱血痕が誰によるものかなど、考えるまでもない。尾が巻き付いている柔らかいものがその細い腰であることにようやく思い至る。言葉をなくしていると、脛の辺りを蹴られた。
1123「ようやく起きた?」
悪いことはそれ以外の全てだ。翌朝の頭痛、倦怠感、そして曖昧な昨夜の記憶。腕の中にいるドクターは非難がましい目でこちらを睨みつけていた。互いに纏うものは何もなく、覚えていなくても何があったのかは明白だった。肌に残る乾いた体液の感触が気持ち悪い。シーツは乱れて、その癖自分はしっかりとドクターを抱きしめていたようだった。肌の上に散る噛み跡や鬱血痕が誰によるものかなど、考えるまでもない。尾が巻き付いている柔らかいものがその細い腰であることにようやく思い至る。言葉をなくしていると、脛の辺りを蹴られた。
はるち
DOODLEキョンシーリー先生と道士のドクターのパロディ物となります素敵な墓場で暮らしましょ墓はただの石だ。死体は肉塊だ。魂はお伽噺だ。
けれど、心は。まだここにある。あるはずだ。
――引用:回樹 斜線堂有紀
「――嗚呼。
「ようやく、目が覚めたのか。
「自分の名前はわかるか?私のことは?
「――そう、か。……いや、いい。いいんだ。
「手足は動くか?目は?……なら、それで十分だ。
「君はリーだ。君の名前はリー。……そう、わかるね。
「私かい?
「……そうだね。私のことは――
「――博士。いい加減起きてくださいよ」
窓を開けると、朝の大気が花の香りと冬の名残を一緒くたにして部屋の中へと運び込む。羽獣たちは空高くで待っていると言うのに、この部屋の主人ときたら一枚きりの毛布をより深く被り直し、夜の気配を掴んで離さないとでも言うかのように身を丸めていた。リーは深くため息をつき、もうすっかり朝の行事に組み込まれてしまった行動、すなわち博士から毛布を引き剥がすという行為に移った。ぎゃっという悲鳴をあげて、博士は闇の中でのみ生存を許される生き物のように今度は両手でその目を覆った。諦めずに、リーはその体を揺さぶる。
4498けれど、心は。まだここにある。あるはずだ。
――引用:回樹 斜線堂有紀
「――嗚呼。
「ようやく、目が覚めたのか。
「自分の名前はわかるか?私のことは?
「――そう、か。……いや、いい。いいんだ。
「手足は動くか?目は?……なら、それで十分だ。
「君はリーだ。君の名前はリー。……そう、わかるね。
「私かい?
「……そうだね。私のことは――
「――博士。いい加減起きてくださいよ」
窓を開けると、朝の大気が花の香りと冬の名残を一緒くたにして部屋の中へと運び込む。羽獣たちは空高くで待っていると言うのに、この部屋の主人ときたら一枚きりの毛布をより深く被り直し、夜の気配を掴んで離さないとでも言うかのように身を丸めていた。リーは深くため息をつき、もうすっかり朝の行事に組み込まれてしまった行動、すなわち博士から毛布を引き剥がすという行為に移った。ぎゃっという悲鳴をあげて、博士は闇の中でのみ生存を許される生き物のように今度は両手でその目を覆った。諦めずに、リーはその体を揺さぶる。
totorotomoro
DOODLE鯉先生の衣装替えについて素敵な小説があふれてるので、ここなら好き勝手に書いてもバレねえ!ということでまだ見てない設定の鯉博など。散文「あ、これですか? こいつは僵尸っていうんですけど、これは道士……んー、アーツとはまた違う古来の術、まあ炎国で伝わる御伽話なんですけど。そういうので言われてる死者の装束なんですよ」
言いながらリーは笑いながら私の前でくるりと回ってみせた。
「おれとしちゃあこないだのマジシャン姿よりは顔も隠れるしいつもの服と近いんで気楽なんですけど。似合いますかね?」
周りに人がいないこともあって、リーは少し気取って写真用のポーズなどをしてみせる。そうしてフェイスシールド越しにじっと見ているはずのドクターに問いかけたが、彼はただ黙ってこちらを見ているばかりで。
「──あ、あのですね。できればおれとしちゃあ何でもいいから言ってもらえると」
743言いながらリーは笑いながら私の前でくるりと回ってみせた。
「おれとしちゃあこないだのマジシャン姿よりは顔も隠れるしいつもの服と近いんで気楽なんですけど。似合いますかね?」
周りに人がいないこともあって、リーは少し気取って写真用のポーズなどをしてみせる。そうしてフェイスシールド越しにじっと見ているはずのドクターに問いかけたが、彼はただ黙ってこちらを見ているばかりで。
「──あ、あのですね。できればおれとしちゃあ何でもいいから言ってもらえると」
yuiga009
DOODLEリー先生と博の本が出るかもなんですが、途中から顔出し博でチャイナドレスを着るというもうアイデンティティが行方不明なんですが大丈夫ですかね(リー博、鯉博、明日方舟、たぶん♀博 4
はるち
DONEリー先生の告白を断る度に時間が巻き戻るタイムリープ系SFラブコメです。別ジャンルの友人の話に影響を受けて書きました。SFは良いぞ。
Re:the answer is up to_you.「あなたのことが好きなんですよ」
take.1
コーヒーの旨味とは酸味と苦味で決まる。それに加えるミルクは酸味を殺し、砂糖は苦味を殺す。であればそれらを過分に加えたこのマグカップの中に満ちているのは最早コーヒーの概念とでも言うべきものだろう。それでもこの器に満ちたものが十二分に美味しいのは、やはりこれを淹れた人間の腕と言うより他ない。茶を淹れる方が得意なんですけどねえ、と彼は言っていたが、他のものであっても彼はそつなくこなした。こんなものに舌が慣れてしまった今となっては、もうインスタントコーヒーの味には戻れない。以前は書類仕事を頼むだけで嫌そうな顔をしていたものだが、今は執務室に来る度にこうして頼んでいる仕事以外の雑務も自分から行ってくれる。今の時刻は午後四時、書類仕事にも一段落ついて一息入れるには丁度いいタイミングだ。最近の彼はこうして一杯を淹れてくれるだけでなく、それに合わせた茶菓子も――今日はクッキーだった――用意してくれる。その甲斐甲斐しさを、どういう風の吹き回しかと思っていたのだが。
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コーヒーの旨味とは酸味と苦味で決まる。それに加えるミルクは酸味を殺し、砂糖は苦味を殺す。であればそれらを過分に加えたこのマグカップの中に満ちているのは最早コーヒーの概念とでも言うべきものだろう。それでもこの器に満ちたものが十二分に美味しいのは、やはりこれを淹れた人間の腕と言うより他ない。茶を淹れる方が得意なんですけどねえ、と彼は言っていたが、他のものであっても彼はそつなくこなした。こんなものに舌が慣れてしまった今となっては、もうインスタントコーヒーの味には戻れない。以前は書類仕事を頼むだけで嫌そうな顔をしていたものだが、今は執務室に来る度にこうして頼んでいる仕事以外の雑務も自分から行ってくれる。今の時刻は午後四時、書類仕事にも一段落ついて一息入れるには丁度いいタイミングだ。最近の彼はこうして一杯を淹れてくれるだけでなく、それに合わせた茶菓子も――今日はクッキーだった――用意してくれる。その甲斐甲斐しさを、どういう風の吹き回しかと思っていたのだが。
はるち
DOODLEノアの休日#3用の展示となります砂糖の甘さを証明せよ「どうして好きか?それは難しい質問だね。好き、という感情は明確でも、それについての理由となると、私たちの脳は混乱しやすいんだ。例えば、君、チョコレートは好き?こう聞くと、よく甘いから好き、という答えが返ってくるんだけどね。私達の体はカロリーの高いものを積極的に選択するように進化していて、甘いものはカロリーが高い傾向にある。だから私達は甘いものを好んで摂取する傾向にあるんだけど、ならば単純に甘いからチョコレートが好きだと言っていいものかな?それは本能の見せる誤謬に過ぎないのでは?」
口に胡麻団子を突っ込むと、ドクターは無言でそれを咀嚼した。香ばしい胡麻の香りと、濃厚な餡の甘さをよく回る舌の上で転がすように味わってから、ドクターはおいしいと呟いた。人が食べ物を選ぶ理由が甘さなのな熱量なのかはわからないが、胡麻団子にはどちらもたっぷり含まれている。ドクターも好んでくれるだろう。二人は今、ドクターの私室にあるソファに並んで座り、茶を飲みながら菓子を摘んでいた。二人で過ごす午後の中で、一二を争うくらい好きな時間の過ごし方だ。
2196口に胡麻団子を突っ込むと、ドクターは無言でそれを咀嚼した。香ばしい胡麻の香りと、濃厚な餡の甘さをよく回る舌の上で転がすように味わってから、ドクターはおいしいと呟いた。人が食べ物を選ぶ理由が甘さなのな熱量なのかはわからないが、胡麻団子にはどちらもたっぷり含まれている。ドクターも好んでくれるだろう。二人は今、ドクターの私室にあるソファに並んで座り、茶を飲みながら菓子を摘んでいた。二人で過ごす午後の中で、一二を争うくらい好きな時間の過ごし方だ。
はるち
DOODLEサボテンを育てるドクターのお話太陽と水、風に土、そして 植物を適切に育てることは、なかなかどうして難しい。
ドクターは自室の窓辺に置かれたサボテンを見て眉をひそめた。数日前にサルカズの傭兵から受け取ったものだ。ある種の気紛れ、戯れの一種だろう。花が咲いては散り、朽ちていくさまを楽しむ彼にとって、この植物はあまり好みではなかったから押し付けられただけという説もあるが。
植物は水をやれば良い、と思っていたのだが、それは大きな思い違いであるということを理解するのにさほど時間はかからなかった。水をやり過ぎれば根腐れを起こす、さりとてやらなければ枯れてしまう。人間にとって適切に管理された温度と湿度がこの植物にとっても同様であるかと言われればそういうわけでもなく、可能な限り日光を浴びられるよう腐心する必要もあった。そもそも水を上げるだけで済むような単純な性質を有しているのであれば、ラナを始めとする療養庭園の面々が日夜苦労をする必要もないのだ。研究室で自分が実験用の細胞を培養していたときも、適切な温度管理と栄養状態の管理は必須だったことを思い出し、ドクターは改めて眼前にある生命の神秘を見つめた。いっそのことフィリオプシスにも相談して植物の管理用プログラムでも作成したほうが良いかもしれない――と思ったところで、あのサルカズの皮肉げな笑みが脳裏をよぎる。果たしてお前に本当にできるのか、と言わんばかりの笑みで、この鉢植えを手渡した彼のことを。
2042ドクターは自室の窓辺に置かれたサボテンを見て眉をひそめた。数日前にサルカズの傭兵から受け取ったものだ。ある種の気紛れ、戯れの一種だろう。花が咲いては散り、朽ちていくさまを楽しむ彼にとって、この植物はあまり好みではなかったから押し付けられただけという説もあるが。
植物は水をやれば良い、と思っていたのだが、それは大きな思い違いであるということを理解するのにさほど時間はかからなかった。水をやり過ぎれば根腐れを起こす、さりとてやらなければ枯れてしまう。人間にとって適切に管理された温度と湿度がこの植物にとっても同様であるかと言われればそういうわけでもなく、可能な限り日光を浴びられるよう腐心する必要もあった。そもそも水を上げるだけで済むような単純な性質を有しているのであれば、ラナを始めとする療養庭園の面々が日夜苦労をする必要もないのだ。研究室で自分が実験用の細胞を培養していたときも、適切な温度管理と栄養状態の管理は必須だったことを思い出し、ドクターは改めて眼前にある生命の神秘を見つめた。いっそのことフィリオプシスにも相談して植物の管理用プログラムでも作成したほうが良いかもしれない――と思ったところで、あのサルカズの皮肉げな笑みが脳裏をよぎる。果たしてお前に本当にできるのか、と言わんばかりの笑みで、この鉢植えを手渡した彼のことを。
はるち
DOODLEドクターが他の人の料理でぷくぷくになってたら先生は浮気だって怒ると思いますか?「浮気じゃないですか」
「浮気にはならないだろ」
「じゃあこの腹はなんですか」
「やめろやめろ触るな揉むな! 気にしているんだよ!」
腕の中でぎゃいぎゃいと騒ぐつがいを、リーは不承不承と言った体で解放した。唇を尖らせる様はくたびれた中年の風貌に似合わずまるで少年のようだった。そんな振る舞いも似合うんだからこの男は狡い、とドクターは内心で溜息を吐いた。それが惚れた欲目と呼ばれるものであることに、本人だけが気づいていない。
手を離せ、という言葉に従ったリーだったが、その視線は尚もドクターの腹部に注がれていた。とはいえそもそもの発端はリー自身であり、だから強くは出られないのだろう。
きっかけはリーが自身の仕事のためにロドス本艦を一ヶ月ほど離れたことだった。出発前に、彼は龍門にいた頃からの馴染みであるジェイにこう言ったのだ。――おれがいない間、ドクターの食事の面倒を見てやってくれませんか、と。そして根が真面目なジェイは、その頼みを忠実に果たした。ドクターが夜遅くまで仕事をしているときは夜食を差し入れ、形態栄養食品やインスタントラーメンで食事を済ませようとしたときには代わりに食事を作っていた。
2034「浮気にはならないだろ」
「じゃあこの腹はなんですか」
「やめろやめろ触るな揉むな! 気にしているんだよ!」
腕の中でぎゃいぎゃいと騒ぐつがいを、リーは不承不承と言った体で解放した。唇を尖らせる様はくたびれた中年の風貌に似合わずまるで少年のようだった。そんな振る舞いも似合うんだからこの男は狡い、とドクターは内心で溜息を吐いた。それが惚れた欲目と呼ばれるものであることに、本人だけが気づいていない。
手を離せ、という言葉に従ったリーだったが、その視線は尚もドクターの腹部に注がれていた。とはいえそもそもの発端はリー自身であり、だから強くは出られないのだろう。
きっかけはリーが自身の仕事のためにロドス本艦を一ヶ月ほど離れたことだった。出発前に、彼は龍門にいた頃からの馴染みであるジェイにこう言ったのだ。――おれがいない間、ドクターの食事の面倒を見てやってくれませんか、と。そして根が真面目なジェイは、その頼みを忠実に果たした。ドクターが夜遅くまで仕事をしているときは夜食を差し入れ、形態栄養食品やインスタントラーメンで食事を済ませようとしたときには代わりに食事を作っていた。