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    はるち

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    はるち

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    博に恋するモブオペの物語。

    #鯉博
    leiBo
    #リー博
    leeExpo

    知人の恋 ――初めてその人に、名前を呼ばれた日のことを覚えている。
    「■■■、だね。任務お疲れ様。どうだった?」
     オペレーターのコードネームは本名とは別につける人間と、本名をそのまま用いる人間がいる。俺は後者だった。だけどその時、ドクターに名前を呼ばれた時は、本当に、何を言われたのかわからなかった。
     呆然としている俺を見て、その人は首を傾げた。
    「……あれ、名前を間違えてしまったかな」
    「あ、いえ、いいえ。合ってます。俺のコードネームです」
     良かった、と目の前で安心したように笑うその人が、俺の知っているドクターのイメージと合致しない。まるで戦場を空から俯瞰しているような戦術を立て、敵を蹂躙する指揮官。誰よりも何よりも凄絶に、敵を殲滅する指揮官。それが俺のイメージするドクターだった。俺のことも、替えの聞く駒としか見ていないんだろう、と。
     だから、俺の名前なんて、絶対に知らないだろうと――そう思っていたのに。
    「自分の部下の名前を覚えているのは当然のことだよ」
     そういって、当たり前のようにドクターは笑う。嗚呼、この人は、こんなにも柔らかく笑う人だったのか。普段の無機質な、どことなく機械めいた印象を与えるあのシールドを、今日のドクターはしていなかった。息が詰まるから時折こうして外しているのだと言いわけでもするようにドクターは言う。
    「それで――■■■。任務はどうだったかい?君が予備隊員になって、初めての任務だったろう」
    「……はい、ええと。緊張はしましたけど……。でも、上手く言って良かったです」
     そう。なら良かった、と。その人は、花のように微笑んだ。
     初めてその人に、名前を呼ばれた日のことを覚えている。
     そして、その人に恋をした日のことも。

    ***

    「失礼します」
     報告書の提出を引き受けたのは、だから完全に下心だった。隊長を始めとする他の隊員達が面倒がったというのもある。本来であれば隊長がやるべき業務であることは間違いないのだけれど、隊長を務めたガヴィルさんは多忙な身だ。ガヴィルさんでなければ言うことを聞かない患者は――ガヴィルさんがどんな手段を用いているかはともかくとして――少なからずいるからだ。なので俺が代わりに提出しますよと言った時は、単純にめちゃくちゃ喜ばれた。ガヴィルさんがあんまり背中をばしばし叩くものだから、咳き込んでしまったけれど。
    「ああ、随分早かったね」
     執務室の奥、デスクの前に座っているその人が顔を上げる。ここではやっぱりシールドを付けていないようで、目が合った時に、心臓が不意に跳ねた。今の俺は緊張して見えるだろうか?だとしても不自然ではない、はずだ。後方支援から予備隊員に昇格したばかりだから、ドクターの前に立つと緊張してしまう。客観的にはそう見えるだろう。
    「報告書ですか?」
     そこで俺は、執務室にもう一人、誰かがいた事に気がつく。何故初めから気が付かなかったのかが不思議なほどの存在感だった。なぜかと言われたら、それはもうドクターしか見えてなかったからということになるのだけれど。
     ドクターの傍らにいるその人には見覚えがあった。この前、食堂が祝日のような賑わいを見せた時にキッチンに立っていた人――、確か、名前はリーだ。龍門の探偵事務所の所長。レストランのシェフではないのかと、不思議に思ったことを覚えている。
    「ありがとう、見せてもらってもいいかな」
    「は、はい」
     俺は緊張しながらドクターに書類を差し出した。――なのに、それを手に取ったのはドクターではなくリーだった。俺のような下っ端には縁のない話だけれど、ドクターは持ち回りで秘書の業務をオペレーターに担当させていると聞く。だとすれば、今日の秘書は彼なのだろうか。
    「ドクター、これ」
    「……ううん、やはりそうなるか」
     受け取った報告書で顔を隠すようにしながら、二人が何かを囁き交わすのが聞こえた。いや、距離、近くないか?という思いと、自分の提出したものに――書いたのはガヴィルさんだけど――なにか不備が合ったのではないかという思いで、心臓がいやなペースに脈打つ。
    「ん、あぁ、大丈夫だよ。君になにかあるわけじゃない」
     と、俺の視線に気づいたのか、ドクターが柔らかく微笑んだ。それだけで救われたような気持ちになる。
    「今回の任務、隊員にフェリーンの男性がいただろう?彼は自分の怪我を積極的に伝えようとせず、隠す傾向があって……。ガヴィル相手にもそうなら、ちょっと困るなと思って」
    「ガヴィルさんの目からも逃れられるのは、ちーと厄介ですねえ。患者に甘いタイプじゃないでしょう、あの人は」
    「彼の演技力には目を見張るな……。でも隊員の状態を正確に把握できないのは、流石に問題だ」
     ふ、とドクターは息を吐き、おろおろと立ち尽くしている俺を見つめた。
    「ともかく。今回の任務で君はよくやったよ。お疲れ様」
    「あ……ありがとうございます!」
    「また何かあったら連絡するから。今は疲れを取って」
     その言葉だけで今までの疲労感がどれほど報われたことだろう。ガヴィルさんに叩かれた背中の痛みも吹っ飛んだ。ドクターに一礼し、執務室を後にする。その日一日、俺は浮かれたままだった。だからドクターの傍らにいたあの人を、俺はすっかり忘れてしまったのだ。

    ***

     二度目までは偶然の範疇だ。
    「ああ、どうかした?」
    「はい、あの、ガヴィルさんからの資料を届けに」
     あの後、ドクターが言っていたことはガヴィルさんにも伝わったらしい。隊員の不調に気が付かなかったことにガヴィルさんも少なからず落ち込んで――というより苛立って――いたけれど、それはガヴィルさんだけの責任ではないだろう。俺のような下っ端の面倒に気を取られていたから、というのもある。だからガヴィルさんの仕事を手伝っているのは、罪滅ぼしのためでもある。――下心がないと言えば、やっぱり嘘になるのだけれど。
    「ごめんね、食事中で」
     恥ずかしいところを見られた、というように、ドクターは照れたようにはにかむ。
    「いえ、こちらこそすみません」
     執務室に入った時、ドクターは書類に目を通しながら、片方の手に握った何かをもぐもぐと食べていた。あれは何だろう。ライスボール?
    「ああ、君の出身はヴィクトリアだったか。じゃあ目にするのは初めてかな。これはね、ちまきと言うんだよ。炎国の料理だ」
     Eating is believing、食べてみるかいといって、ドクターは手にしたちまきを俺に向ける。こ、これはチャンスなのでは。いや別に戦場では回し飲みも食べ物の共有も珍しいことではない、と俺は跳ね馬のごとく暴れる心臓に言い訳をしながら、差し出されたちまきに顔を近づけた時――
    「――いや、自分の食いさしを人に食べさせないでくださいよ」
     呆れたような声がした。振り返れば、丁度扉を開けて入って来たのはリーだった。今日の秘書も彼なのだろうか?
    「リー。おかえり」
    「はいはい。ほら、新しいのがありますからこっちを食べてください」
    「あ、ありがとうございます」
     リーが持っているのはお盆だった。その上にはちまきと、湯気を立てているスープが二人分あった。盆の上のちまきをひとつ、勧められるままに俺は手に取る。どうやら二人はここで仕事をしながら昼食を取るつもりらしい。先日食堂で振る舞われたリーの手料理を思い出すと、それも納得だ。
    「リーはよく食べるね」
     皿の上に山と盛られたちまきをみて、ドクターはふっと息をついた。
    「ドクターがまともなものを食べなさすぎなんですよ」
     呆れたように笑いながら、リーは来客用のテーブルにお盆を置き、食事の用意を整えていく。ドクターも立ち上がって――片手にはやっぱり、書類を持ったままだった――、ソファに腰を下ろそうとした時に。
    「ドクター」
    「うん?」
    「口の端に食べかすがついてますよ。全く、部下の前でみっともないとこ見せないでくださいよ」
     それは俺も気になっていたところだった。唇の箸にご飯粒がついている。とはいえ下っ端の俺から指摘しても恥をかかせてしまうだけだろうから、そっとしておこうと思ったのだけれど。
     うわ、と呟いたドクターが、慌てて唇をこすろうとした、その前に。
    「はい、これからは気をつけてください」
    リーが手にしたナプキンで、ドクターの唇を拭う。 
     それは例えば、親が子どもに対してするというよりも、もっと――
    「……そうだ。君はもう昼食は済ませた?」
    「……。あ、いや、俺は、約束があるんで!」
     ドクターの言葉に我に返る。俺は慌てて一礼し、飛び出すように執務室を出た。ばくばくと心臓が煩い。見てはいけないものを見てしまったように。
     最後に、ドクターの顔を見た時。きょとんとしたドクターと――、その隣の、彼の笑顔が、眼に焼き付いて離れなかった。

    ***

     二度目までは偶然でも、三度目には必然になる。
    「……ドクター?ね、寝てますか?」
     ノックをしても返事はなく、しかし執務室に鍵はかかっていなかった。おそるおそる扉を開けると、デスクに突っ伏しているのは、確かにドクターだった。
    「ドクター?」
     呼びかけに返事はない。しかしかすかな寝息と、上下に動く肩が、その人が生きていることを伝えていた。俺は報告書だけを提出して帰るべきか、少し逡巡する。サインが必要なものではないので、ただ置いて帰っても問題にはならないだろう。
     けれど。
     俺はそっと、ドクターに近づく。――今なら、きっと、肩に触れても許される。寝ているオペレーターを迂闊に起こすと、ナイフやらクロスボウやらを向けられることがあるので、気をつけないといけないのだけれど、ドクターだったらそれも心配ないだろう。本当に触れて良いのかという不安と、この機会を逃すのかという期待がないまぜになり、鼓動さえこの執務室に響きそうだった。
     俺が、肩に触れようとした、その時に。
     鼻腔をくすぐる香りがした。
     煙草の匂いだった。
    「……ん」
     人の気配に気づいたのか、ドクターが身じろぎをする。突っ伏していた顔を上げ、ぼんやりと焦点のあっていない瞳が俺を見上げる。
     逆光の中で、影になった俺の顔に、ドクターは誰を見たのか。
     その唇が、誰かの名前を呼んだ。
    「……ああ、ごめん、君だったか。寝ぼけてたみたいだ……」
    「……ドクターって、その」
    「うん?」
     まだ完全に目が覚めたわけではないのだろう。ドクターの言葉はふわふわと、吹けば飛んでいきそうだった。
    「煙草、吸いますか?」
    「……?いや、昔は吸っていたらしいけど、今はやめているよ。医療部にも怒られるしね」
     それがどうかしたのか、とドクターは首を傾げる。俺は、それで十分だと首を振った。
    「書類、置いていきます。お邪魔してすみません」
    「うん、ありがとう」
     Manners maketh man.は、祖父の口癖だった。どんなときでも礼儀正しく在リなさい、と。その言葉に、俺は心の底から感謝した。そうでなければ、もっとみっともなく取り乱していたかもしれない。煙草の匂いが移るほどの距離に近づくことを、あの人は許されているのだ、と。
     俺は扉を後ろ手に閉め、深呼吸をした。廊下の空気は薄暗く冷えて、なんの匂いもしない。その無関心さが、今だけは心地よかった。だからそれに甘えるように、ずるずると腰を降ろす。
     俺をその人と間違えたドクターが向けた笑顔を思い出す。指揮官として成功を称える時、任務を終えた隊員たちを労る時とは、まるで種類の違うものだった。――本当は、あんな風に笑う人なのだろう。 
     そしてそれを向ける相手は、俺ではない。
    「……あー……」
     目の奥の痛みが液体となって流れ出すのを防ぐには、少しの時間と深呼吸が必要だった。
     初めてその人に、恋をした日のことを覚えている。
     その人に恋をしていたことを、俺はきっと、忘れない。

    ***

     三度目までは必然で、四度目からは自分の意志だ。
    「昇進おめでとう」
    「ありがとうございます!」
     ロドスにおける叙勲式は、ドクターが執り行っている。といってもメダルを渡す簡易的なもので、そこまで肩肘張る雰囲気はない。よく頑張ったね、とドクターが少女の頭を撫でると、その子は嬉しそうにはにかんだ。ドクターがいよいよ俺の前に立ったので、居住まいを正す。■■■、と鼓膜を揺らすその声に、心臓が震えた。
    「予備隊員からの正隊員に任命する。……おめでとう」
    「ありがとうございます」
     差し出されたメダルを受け取る。それを手早く襟につけると、ドクターは似合っているよと微笑んだ。胸が熱くなる。だから――俺は右手を差し出した。ドクターが、俺の手を取り、握手をする。嗚呼、そうだ。俺にはこんな風に、ドクターに触れることが許されているのだ。ドクターが、戦闘指揮官ではもドクターでもない、ただの人間として在れるのが、あの人のそばだというのならそれで構わない。――俺は、俺のやり方で、この人の役に立って見せる。
     繋いだ手に力を込めて、俺は誓う。
    「これからも全力で、任務に臨みます!」
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