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    はるち

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    はるち

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    カゼマルの折った動物たちと二人のお話。

    #鯉博
    leiBo
    #リー博
    leeExpo

    only a paper moon これは兎、これは猫、これは犬、これは虎。
     では、このうねうねと動いているものは。
    「……蛇ですか?」
    「龍だよ。どこからどう見ても龍だろ」
     およそ一ヶ月ぶりにロドスを訪れたリーは、執務室の一角に置かれているクッキー缶に目を留めた。前回の訪問時にはなかったものだ。蓋はされておらず、まさか食べかけのまま放置しているのかと中を覗けば、しかしそこに入っていたのは焼き菓子ではなく紙細工だった。
     折り紙である。しかしただの折り紙ではない。実際の生き物さながらに、ちよちよと動いている。クッキー缶の中は、小さな動物園のようになっていた。
    「最近本艦にやってきたオペレーターが面白いアーツの使い手でね。紙を動かすことができるんだ」
     極東からやってきたというそのオペレーターは、条件さえ整えば紙で自らの分身を作ることも出来るらしい。こうして紙細工の動物を動かすのは、彼女にとって大した技ではないのだという。
    「可愛いだろう。ほら、この兎とか。ぴょんぴょん跳ねるんだよ。気がつくと缶の外に出ちゃうから、うっかり踏まないようにしないといけないんだ」
     ドクターが缶の中に手を入れると、小さな紙の動物たちがわらわらと近づく。明るい茶色の兎が、差し出された人差し指にすり寄った。猫は黒と白、犬は白に橙の差し色、虎は橙と白と茶色の縞模様。どこか見覚えのあるカラーリングである。
     そして、この龍も。
    「はは、ならおれもここにいるときは気をつけないと」
     黒に金の差し色が鮮やかな龍が、ドクターの指に絡みつく。さて、これは一体何のイメージなのかとドクターの方を見たが、こういう時に限ってその人は忙しいらしく、視線を合わせようとはしなかった。
    「今回はいつまで艦に滞在できる?」
    「三日ってとこですかね」
    「そう。じゃあ仕事を頑張って貰わないと」
    「勘弁してくださいよ。龍門での仕事をやっとの思いで終わらせて、ようやく身体が空いたからこっちに来たんですよ?」
    「ここにいるときは君もロドスのオペレーターなんだから。頼んだよ」
     早速いくつか任せたい仕事があるんだ、と。ドクターは自身の箱庭から手を引いて、デスクへと向かう。取り残された動物たちがわずかにさざめいた。リーは腰を曲げて箱庭を覗き込み、指で紙細工の龍をつつく。おまえたちはいいな、あの人のそばにいられて、と。彼らを吹き飛ばしてしまわないように、ひっそりと嘆きを吐きながら。
     
     ***
     
     子ども達の様子を伺いつつ、ドクターから任された仕事を片付けていれば三日という時間は須臾にも等しかった。二人の空いた時間が重なることなど、それこそ夜のほんの僅かなのひとときしかないのだから仕方がない。
     今日が龍門に戻る日だろう、といつまでも寝床で毛布を被っていようとするリーを無理矢理引きずり出したのはドクターだった。先に寝床から出ても、引きずり込もうとするのだから、この男は全くもって油断ならないと眉をひそめながら。肩で息をしているドクターの後ろで、リーは一つ欠伸をした。
    「あ、そうだ」
    「なんですか?」
    「昨日出してくれた書類、一カ所確認して貰いたいところがあって」
     別段不備があったというわけではなく、だから急ぐ必要はないとドクターは言う。けれど自分は今日艦を降りるのだ。その前に確認した方が良いだろう。わかりました、とリーは頷き、二人は執務室へと向かう。ドクターがロックを解除して扉を開けた。自室よりも過ごす時間の長いこの部屋は、ある意味自室よりもドクターという存在に馴染んでいる。
     探すからちょっと待ってて、というドクターに、であれば茶でも淹れようかとリーは備え付けの簡易キッチンへと向かう。ふと、あの箱庭の前で足を止めたのは、ほんの気まぐれからだった。ドクターが大切にしている生き物たちに、別れの挨拶でもしようかと。
     だから。
    「…………、ドクター。これは?」
    「……あ、あー。それは」
     デスクに山と積まれた書類を漁っていたドクターは顔を上げ、箱庭の中を指差すリーを見て視線を泳がせる。兎と犬と猫と虎、そして龍がいたその箱には、しかし今もう一匹の龍がいた。白地に黒、ワンポイントのように青色が乗っている。どこかで見覚えのある色合いだった。例えばそう、今目の前にいるように。
    「カ、カゼマルがもう一匹作ってくれたんだ。一匹だけだと可哀想だから、って」
    「……へえ、そうですか」
     さみしいんですか、とリーは問い掛ける。ドクターは明後日の方を向くばかりだった。
     茶を淹れるのはやめだ。リーは踵を返し、デスクの前でおろおろしているドクターの方へと大股で歩く。元より歩幅は常人よりも広い。あっという間に二人の距離は埋まって、逃げる間もなくドクターはリーの腕の中へと収まった。
     ちょっと、とドクターが暴れるが、つむじに唇を落とすと立ち所に大人しくなる。悲しいときに悲しいと素直に言えないのが大人であるが、しかしそれを許されるのが恋人という存在だろう。
    「おれはさみしいですよ、あなたに会えないのは」
     あなたはどうですか、と。そう尋ねれば、そろそろと躊躇いがちに自分の背へと腕が回された。込められる力は、まるで折り紙を潰してしまわないかと恐れる人間のようで。
    「……さみしいよ、私だって」
     ぽつりと呟かれる言葉は、紙が擦れるようにか細く、心許ない。その儚い全てを慈しむように、リーはドクターの頭を撫でた。
    「またすぐに来ますよ」
    「本当に?」
    「少なくともおれは、あなたに関することで嘘をついたことはありませんよ」
     それもそうだ、と。ようやくドクターは微笑んだ。
     ドクターが背伸びをする。二人の体格差では、触れ合う時には少しだけ、互いの努力が必要なのだ。重なる唇は一瞬でも、今はそれで充分だった。
    「いってらっしゃい」
    「はい。いってきますよ」
     次にここへ戻って来られるのはいつになるだろう。――この、暗く冷たく残酷なロドスの大地では、ともするとそれも敵わないかもしれない。
     けれど、それでも。
     リーはもう一度だけ、このさみしがりであたたかな生き物に唇を落とした。あの狭い箱庭が、この人のさみしさで埋まる前に。あたたかいもので満たしたい、と。そう誓うように。
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