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    はるち

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    はるち

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    炎国官僚になった鯉先生と政略結婚する博士のお話。
    フォロワー様のフリー素材というお言葉に甘えて書きました。

    #鯉博
    leiBo

    君、鮮やかに欺けよ「――君が、私のためにここまでする必要はないんだよ?」
     眼下に広がるのは龍門の夜景だ。この光景に値段をつけるとしたらいくらになるのだろうか? ホテルのレストランで共に夕食を取った後――彼には申し訳ないが、テーブルマナーばかり気にしていたせいで味はほとんどわからなかった――、通されたスイートルームはこの世の贅を尽くしたように豪奢な部屋で、普段暮らしている私室とは正しく雲泥の差だった。
     可笑しな冗談でも聞いたように、彼の唇が夜空に浮かぶ三日月のような弧を描く。公職に就いている彼は、普段から身なりには気を遣っていると言っていたが、今日は一段と特別だった。縞瑪瑙めいて黒と金に波打つ髪を結い上げて、炎国の伝統衣装に身を包む彼は、正しく瀟洒な良家の貴公子だ。勿論自分も、彼に恥をかかせないよう、ロベルタとスージーとオーキッドの三人がかりで身なりを整えてはもらっているのだが。こうして隣に立つと、あまりの立場と身分の違いに目眩がする。
     けれど。
    「つがいに尽くさない龍の男なんて、いませんよ」
     ねえ? と彼は、カーテンを閉めようとしていたドクターの左手を掬い上げ、手の甲に唇を落とす。彼らの左手の薬指には、揃いの指輪が嵌っていた。
     
     ***
     
    「しようと思うんだよね、結婚を」
     ロドスはあくまで民間企業であり、各国からは政治的な独立を保っていた――保っていられたのは、タルラがレユニオンに奪取されるまでだった。レユニオンのリーダーであったタルラの確保、非公式ではあるがイェラグの雪山事変に関与した経歴、そして歳獣とも縁の深い人物が複数存在しているロドスを、最早どの国もただの一企業とは認識していなかった。あの日以降、ドクターが相対することになったのは、戦場で遭遇するよりもさらに過酷で熾烈な政治的駆け引きだった。
    「……ドクター。君はそれでいいのか」
    「選り好みができるような立場でもないしね。それに、彼が一番私のことを高く買ってくれそうだ。悪い取引じゃないよ」
     PRTSに表示された男の顔を、ケルシーは無表情に見つめていた。そのかんばせにわずかながら、苦いものが滲んでいるのは、ディスプレイの明かりによるものだろうか。
     多くの国にとって、ロドスは金の卵を生む羽獣だ。鉱石病に対する治療方法や感染者絡みの面倒事を押し付けて、何かあったら切り捨てれば良い。各国はこぞって秋波を送ってくるが、しかし迂闊にその手を取れば体の良い生贄の羊として使われることは自明だった。
     そんな時だ。尚蜀での騒動に巻き込まれたクルースから連絡があったのは。
    「ニェン達がロドスに留まれるよう、便宜を図ってくれたのも彼だしね」
    「君が彼を選んだのは、借りを感じているからか?」
    「そういうわけじゃないけど。ほら、炎国内部の人間と通じていれば、色々と融通が利くだろう」
     彼の地で起こった、黒の盃を巡る騒動――、現地にいたクルースと共に、事態の収拾に走っていたのが、炎国の官僚である彼だった。結果として全て丸く収まったようだが、ニェン、シー、そして彼女たちの長女であるリィンが、ひとところに集まることは、炎国としても看過できるものではなかったらしい。
     それを取りなしたのが、彼――、リーだ。
     尚蜀での一件が片付いた後、三姉妹達の様子を見にロドスへと立ち寄った彼と顔を合わせた日から、随分と自分を気にかけているとは思っていたが。まさか求婚されるとは思わなかった。
     勿論、ドクターもそれが政略結婚であることは理解していた。業務提携を結ぶよりもよほど確実で、そして他国を牽制する方法である。ゆっくり考えてください、と彼は言っていたが。自分に選択肢などないことは、彼も知っているだろうに。
    「最近、彼女たちの長兄もロドスに入職したしね……。まあ、丁度いいタイミングだよ」
     悪い取引じゃない、とドクターは先程の言葉を繰り返した。結婚の見返りにと彼が提示した条件は、破格と言って良いものだった。資金援助に鉱石病の研究施設の整備。代わりにこちらも炎国の感染者の治療及び生活環境の改善に関われる。
     自分が結婚するだけで。
    「祝福してくれとは言わないけれど。アーミヤへの説得は手伝ってくれないかな」
     ケルシーは一度だけ、何かを言いかけて――結局は、嘆息混じりに、諦めの言葉を吐いた。
    「君の結婚を祝福しよう、ドクター」
     
     ***
     
    「つがい、ねえ……」
     ドクターは重ねられた手の下から自らのそれをそっと抜き去ろうとしたが、しかしリーに笑顔による無言の圧力と共に力を強められただけだった。元から力では敵わない相手だ。ドクターは抵抗を諦め、されるがままになると、彼は機嫌を良くしたように笑みを深める。
    「ずうっとあなたを放っておいたことの埋め合わせをしたいんですよ。……今日の食事はあなたの口には合いませんでしたか? もっと豪勢なものを用意したほうが?」
    「いや、そういうわけでは」
    「ならいいんですが、ね。おれはあなたの好物も満足に知りませんから」
     何せ蜜月はおろか式さえもまだだ。とはいえその原因の大半は彼ではなくドクターのあるのだから、今日の誘いを無碍に断るわけにもいかなかった。なんとか仕事の都合をつけ、ケルシーとアーミヤに仕事を託し、有事の際はすぐに連絡するようにと言いながら後ろ髪を引かれる思いでロドスを後にした。今頃本艦に皆は元気でやっているだろうか、と思った矢先、手の力が強くなる。
    「おれといるときによそ事ですか」
     笑顔こそ先程までのそれと変わらないが、仮面の裏側を覗き込んでいるかのように性質がまるで違う。喉の奥で息が絡まるのは、龍種たる彼のせいなのか。冗談ですよ、と笑い飛ばしてくれることを願ったところで、射抜くような眼光が褪せることはない。
    「ようやくの初夜じゃないですか」
     ね、と鼻に抜けるような甘い声と共に抱き寄せられ、彼の纏う香水が強まる。腰に回された手の扱いにしばし惑ったドクターは、けれども彼の肩をゆっくりと押しのける。
    「……私では、君を満足させることも楽しませることもできないよ」
     彼と話すことは楽しかった。彼はひとを楽しませることを心得ている人間だ。それは彼の立場上のものでもあり、リップサービスが多分に含まれていることは理解していたけれども。炎国の伝統や、鉱石病の問題や、他愛のない話まで。
     けれど自分は違う。房事はおろか色事も満足に理解しないまま、結婚に踏み切った人間だ。ましてや、とドクターはリビングの扉に視線を向ける。それは寝室へと繋がる扉であり、向こうにはキングサイズのベッドがあった。ご丁寧に天蓋まで備え付けてある。
    「どうせ女性には不自由しないだろう?」
    「夫に対して言う台詞ですか」
    「これが政略結婚だってことくらいは、私にもわかるさ。だったら、君をもっと満足させられるような相手と夜を過ごした方がいい」
    「――、そういうとは思ってましたけどねえ」
     あなたなら、という言葉には、彼にしては珍しいことに微かな苛立ちが滲んでいた。わずかな違和感を覚えたが、ドクターは深くは追求しなかった。
    「私にそういう経験はないし」
     だから、と続くはずだった言葉は、けれども永久に失われた。唇を彼のそれで塞がれ、そういえば誓いのキスもまだだったなとドクターはまだ機能している冷静な部分で思考する。その余裕も、無防備に開いた隙間から入り込む舌が容易く食い荒らした。
    「……はは、本当に初めてなんですねぇ。安心しました」
     ようやく唇が離れ、呼吸を許される時には、もう自分の体ではないように力が入らなくなっていた。腕だけでなく、絡みつく彼の尾が、一切の抵抗を封じる。そのまま抱き上げられたドクターは、彼の腕に身を任せるしかなかった。
    「こういうときは鼻で呼吸をすると良いですよ」
    「……っ、君、は……」
    「ああ、焦らなくていいですからね。ゆっくり覚えてください」
     おれが教えますから、と。再び重ねられた唇は、先程よりもずっと優しかったけれど、ドクターが拒む隙はなかった。戯れるように浅く、刻みつけるように深く。口腔内を探って、強張って逃げようとするドクターの舌を吸い、唾液を送り込む。鼻で呼吸をする、とは言われたが。満足に呼吸をすることもままならず、舌と共に頭の芯まで痺れていく。
     彼の舌と唇の感触をすっかり覚えた頃に、次に体が感じたのは柔らかな衝撃だった。それが自分たちを音もなく受け止めたベッドであると、ドクターは酸欠で朦朧とする意識の中で理解する。覆い被さる男が、上着を脱いでベッドの外へと放り投げた。逆光の中でも、彼の瞳はぎらぎらと輝きを失わない。舌なめずりをするこの男は、嗚呼、そういえば、ただの一度も、これを政略結婚だとは言わなかった。
    「ちゃあんと覚えてくださいね、ドクター。――龍族の男が、どうやってつがいを愛するのかを」
     
     ***
     
     ノックの音で目が覚めた。モーニングコールにはまだ早い時間だ。無視しようかとも思ったが、秒針のように規則正しいその音に、リーは舌打ちをした。自分はともかくとして、腕の中で眠っているもう一人まで起こされてはたまったものではない。昨夜の名残が染み付いている寝台から、肌に残る体温と感触を惜しみながら落ちる。ベッドの傍らに散らばっている衣服の中で、どれが一番来客を出迎えるのに相応しいかリーはしばし考え、結局はバスローブを拾い上げた。外套の代わりに香水を一吹き。今も機械的なノックを続ける音の出どころへと、うんざりしながら歩み寄ったリーは扉を開けた。
    「どうも、おはようございます。ケルシーさん。妻ならまだ寝てますよ。用件ならおれが預かっておきますんで」
     リーの方へと無機質な眼差しを向けるその麗人は、その言葉を聞いても尚も無表情を貫いた。この場所からは寝室は見えない。けれど、その視線はリーの体を透過して、その向こうにあるものを見ているようだった。
    「君に、礼を言っておいたほうがいいだろうか」
    「何の話ですかい?」
    「昨日、カジミエーシュであった動乱を鎮めたのは君の私兵だろう。それがなければ、私達はドクターを呼び戻さなければならなかった」
    「何か勘違いしているんじゃあありませんか? おれはただ、妻とのひとときを楽しんでいただけですよ。籍を入れてからも、ずうっと忙しくしていましたからねえ」
     鬱金の瞳と翡翠の視線が交錯する。剣戟めいて火花が散るようだった。
    「余計な邪魔が入らなかったようで何よりだ」
    「それはどうも。あなた方も、妻をあんまり忙しく働かせ過ぎないでくださいよ?」
    「……一つ、君に聞いておきたいことがあったな」
     君はどうして、ドクターを選んだんだ、と。
     その台詞を聞いた時に、リーはようやく、目に前に立つ麗人が何故ここに来たのかを理解した。
     この人は、自分にただそれを尋ねるためだけにいるのだと。
    「……普通、好きでもない男に言い寄られたときってどうします?」
     リーは扉にもたれかかり、ケルシーを見下ろした。二人の間の身長差は頭一つ分は離れていたが、しかし見下ろしているという感覚はまるでない。むしろ逆だ。この人はいつでも超然と、全てを俯瞰して見下ろしているようだ。
    「あの人はね、ずっと政略結婚だって言ってたんですよ。今もそう思っている。あの人は、おれのことを愛してはいない」
    「……」
    「だったら。楽しませることはできないとか、そんなことを言う前に。――好きでもない男に抱かれるのは嫌だって、そういうべきじゃないですか?」
     あなたのせいだ、と。リーはケルシーにそう告げた。
    「あなた方は、あの人が石棺から目を覚ました時からずっと――、【ドクター】としての役割をまっとうすることばかり、あの人に教えてきた」
     そして。ドクターはそれが出来た。出来てしまった。
     人を殺すのは嫌だとか、誰かが死ぬところを見るのは嫌だとか。
     そういう、人間的な感情を全て無視して、ただ目的を達成するだけの機械となることが、あの人は出来てしまった。
     求められる役回りを、完璧に演じきることが、あの人には出来てしまった。
    「あの人を初めて見た時に思いましたよ。まるで人型の虚だって。人間らしいことなんて全部切り捨てて、ただ人間を演じているんじゃないかって。だからね、おれは知ってほしいんですよ。人間らしい感情――人間らしい生き方っていうものを、この人に」
    「……私達は」
    「なんて、ね。冗談ですよ、冗談」
     だからそんな顔しないでくださいって、と。次の瞬間にリーが浮かべた笑顔は、平時と何ら変わりなかった。昼行灯と呼ばれ、見るものの気が抜けるような。
    「あの人を選んだのは、おれが一目惚れしたからです。理由なんてそれで充分でしょう?」
    「……」
    「じゃあ、そろそろいいですかね。そろそろ妻が起きても不思議じゃあないんで。……心配しなくても、今日の昼にはあなた方の元へ帰しますよ」
     目と鼻の先で扉を締めても、ケルシーはこちらから視線を外すことはなく、しかし手を出すこともなかった。
     ようやく、部屋に沈黙が戻る。カーテンからは薄っすらと日が差し込み、夜の気配を端へと追いやっていた。それを疎ましく思いながら、リーは寝室へと戻る。寝台の上には、まだ寝息を立てる存在がいた。けれど、リーが近づくと、人の気配を感じたのか、ゆるゆると重い瞼が持ち上がる。
     差し込む光を遮れば、この人はまだ微睡んでくれるだろうか、と。リーがその目を手のひらで覆い隠そうとした時に、ドクターは言った。昨日、無理をさせすぎたせいだろう。掠れていたが、しかし彼がつがいの言葉を聞き逃すことはなかった。本当は選択肢などないままに、自分の体を暴いた男に、眼が覚めてから真っ先に投げる言葉は、恨み言か泣き言だろうと、そう思っていたのだが。
    「……屋台の、魚団子……」
    「……はい?」
     腹でも減っているのだろうか。首を傾げたリーを見て、ドクターは途切れ途切れに言葉を続ける。それを聞いたリーは、正しく言葉を失った。
    「好物も知らないって、昨日、言ってたろ……。ああいく、格式張ったところで食事をするより、屋台で食べるほうが、本当は、好きで……」
    「……ドクター」
     だから、と尚も言い募ろうとしたその人の目蓋を、今度こそリーは手のひらで覆い隠した。毛布の隙間から身体を滑り込ませて、その人を抱きしめる。バスローブのせいで素肌を味わえないことがもどかしかった。しかしその人は、体温に安堵したのか、やがて規則正しい寝息が聞こえてくる。
     ケルシーに、本当のことを告げたわけではない。わけではないが――、全てが嘘というわけでも、ない。
     人型の虚のようだ、と。そう思ったのは本当だ。
    「ドクター」
     情の深い人間だと、よく言われる。それは揶揄でもあり、また憐憫でもある。龍族は概して情の深い人間が多いが、お前のそれはまた異質だと。きっと情を注ぐ相手が三人いてようやく、お前の愛を受け止められるかどうかだろうと。
     だから、その時に思ったのだ。
     もし、底なしの自分の情を受け止められる人間がいるのなら――、それは、底の抜けた人間なのではないだろうか、と。
     腕の抱えた存在が、どこにも行かないように。リーは尾を絡めた。常人よりも低い体温である自分にとって、この人は温かすぎた。もう手放せないほどに。
     この人に人間らしい感情を教えたい、と思ったことは本当だ。そしてその中には、何かを愛することも含まれている。
    「おれの、おれだけのつがい」
     そして、それを教えるのは、自分だけで良い。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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