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    はるち

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    はるち

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    リー先生の魅力はその父性にありますね

    #鯉博
    leiBo

    Ödipuskomplex「――あなた、おれのことをそんな風に思っていたんですか?」
     リーの笑顔は嬰児のおいたを窘めるような慈愛に満ち、けれどもその瞳だけが剃刀の鋭さを有している。私が口にした言葉は、正しく彼の逆鱗だったのだろう。息が詰まるのは、彼が片手で私を壁に押し付けているから、だけではない。ねえ、と彼は指先で頬をなぞる。枯れた花弁を慰撫するような手付きだった。触れたら落ちることを、確かめるような。
     ブレイズたちとの飲み会を終え、もつれる足で廊下を歩いていた私を見つけたのは彼だった。そんなにふらついてどうしたんです、真っ直ぐ部屋に帰れるんですかい?と。言葉は揶揄の色をしていたけれど、酔った私の腕を引く手は優しかった。彼に連れられて部屋の前まで戻り、鍵を開ける。部屋の明かりをつけて、上着と白衣をまとめて脱ごうとしていると、彼は呆れて物が言えないと大きくため息をついた。物事には順番ってものがあるでしょうと言いながら、上着を脱がせる。そのまま白衣に彼が手をかけたときに、私は彼を見上げた。
     彼は面倒見が良い。けれどもロドスに来てから、その対象をどうにも見失っているようだった。三人の子どもたちは、皆それぞれに自立へと向かっている。だから私という存在は、彼にとって都合が良いのだろう。適度に自立して、適度に手がかかり、彼が庇護欲を向ける対象として、実に。
     だから。
     ――もし、父親がいたら、こんな感じなのかな。
     彼の四人目の子どもとして、あの輪の中に入れると思うほど、自惚れるつもりはないけれど――、それは少しだけ、微笑ましい幻想だ、と。そう思ったのだけれど。
     彼があっけにとられたような顔をしていたのは一瞬だった。次の瞬間には私は壁に押し付けられていた。背中に走る衝撃から肺の空気が予期せず漏れる。見上げた鬱金色は、今までに見たことのない色をしていた。
     ごめんなさい、と。思わず口をついて出たのは謝罪の言葉だった。何を謝っているんです、と。声だけが優しくて。気がつけば、彼の手は白衣にかかっていた。私はあれほどもたついていたのに、彼は容易くそれを脱がせる。とさり、と服の落ちる音は、いやに大きく響いた。
    「……あぁ、そうか。そうですよね。あなた、おれのことをなぁんにも思っちゃいないんだ。だからこうして夜に酔っ払っていても、安心して部屋に呼べるんですね?」
     彼が手袋を脱ぎ、白衣の上に放り投げる。指先はシャツのボタンにかかり、一番上が外れて、彼は首筋に顔を寄せる。肌にかかる声と吐息に、背筋が震えた。壁に押し付けられた衝撃よりも、ずっと強い。全身から力が抜けて、その場に座り込みそうになるけれど、足の間に差し入れられた彼の脚がそれを許さなかった。
    「だとしたら、何もわかっちゃいませんよ。おれはあなたのことを、子どもだと思ったことはありませんし――、あなたの父親として振る舞った覚えもない。おれはね、ドクター」
     男なんですよ、と。知らないことが罪ならば、知ってしまうことが罰であろう。けれど夜の静寂と混ざって耳朶に流れ込む言葉は、罰と呼ぶにはあまりに優しく、酒精を流し込まれるように熱い。
    「本当はずっとこうしてあなたに触れたかった。――こうして肌の柔らかさを確かめてみたかった」
     気づけばボタンはもう三つも外れていた。空いた服の隙間から素肌に触れる夜気はひやりと冷たく、彼が触れる端から熱を灯していく。首筋から頬へと、彼は唇で輪郭をなぞって、行き着く先を探すように、私の唇に、それは重なろうとして、
    「――なぁんて、ね」
     彼が手を離す。私は床に座り込む寸前だったが、それでもまだかろうじて自分の足で立っていた。
    「ま、今日はこの辺にしときましょうか。明日も仕事なんでしょう?もう寝たほうがいいですよ」
     ぽんぽんと頭を撫でる手は、普段のものと変わらなかった。執務室で仕事が一段落した時に私を褒める時の、子どもをあやすような手付きで。
    「そんじゃ、おやすみなさい。ドクター」
     扉が開く。廊下から差し込む明かりに彼の姿が呑まれる寸前、彼の声だけが私に届く。
    「――冗談でも何でもありませんから、ね」
    「……」
     彼が、いつも通りのあの調子で、冗談ですよ冗談、と。言ってくれることを期待していたのに。
    支えるものがなくなって、ずるずるとその場に座り込む。白衣の上には置き去りにされた手袋があり、嗚呼、明日、どんな顔をして彼にこれを届けろというのか?
     今までどうやって彼と接していたのか、もう思い出せなかった。
     重なり合う肌の熱さ以外、もう何も。
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