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    はるち

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    はるち

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    ドクターが他の人の料理でぷくぷくになってたら先生は浮気だって怒ると思いますか?

    #鯉博
    leiBo

    「浮気じゃないですか」
    「浮気にはならないだろ」
    「じゃあこの腹はなんですか」
    「やめろやめろ触るな揉むな! 気にしているんだよ!」
     腕の中でぎゃいぎゃいと騒ぐつがいを、リーは不承不承と言った体で解放した。唇を尖らせる様はくたびれた中年の風貌に似合わずまるで少年のようだった。そんな振る舞いも似合うんだからこの男は狡い、とドクターは内心で溜息を吐いた。それが惚れた欲目と呼ばれるものであることに、本人だけが気づいていない。
     手を離せ、という言葉に従ったリーだったが、その視線は尚もドクターの腹部に注がれていた。とはいえそもそもの発端はリー自身であり、だから強くは出られないのだろう。
     きっかけはリーが自身の仕事のためにロドス本艦を一ヶ月ほど離れたことだった。出発前に、彼は龍門にいた頃からの馴染みであるジェイにこう言ったのだ。――おれがいない間、ドクターの食事の面倒を見てやってくれませんか、と。そして根が真面目なジェイは、その頼みを忠実に果たした。ドクターが夜遅くまで仕事をしているときは夜食を差し入れ、形態栄養食品やインスタントラーメンで食事を済ませようとしたときには代わりに食事を作っていた。
     ドクターの栄養状態はこれ以上なく改善し――改善しすぎたことにより医療部からの監査が入ることになった。
     やっぱり夜に唐揚げを食べるのは良くなかったとドクターは苦い顔をした。急激な体重増加と血液検査の異常は医療部及び主治医としても看過できるものではなく、ジェイの代わりにハイビスカスが秘書を務めることになった。それを栄養状態の改善と呼ぶか食事形態の改悪と呼ぶかについては諸説ある。
    「夜中に揚げ物ばっかり食べてたんですかい?」
    「揚げ物ばかりじゃないよ、魚団子のスープも食べてた」
     ジェイの料理はリーのお墨付きだけあって美味しいからね、という邪気のないドクターの笑顔に、今度はリーが苦虫を噛んだような顔つきになる。だからこそリーもジェイに後のことを頼んだわけだが、しかし。
    「まあ、だからコレステロールとか色々引っかかって怒られたんだけどね」
     体重も増えたし、と言ってドクターは自身の腹を撫でる。リーからすればそれくらいが健康的で、不安になるほど痩せぎすのドクターにとっては丁度いい肉付きとも言えるのだが、ドクターや医療部は異なる考えを持っているらしい。最も問題になっているのは、体重の増えるペースと血液検査だそうなのだが。リーとしては医療部に物申したい気持ちは少なからずあるのだが、末の子どもがかつては少なからず迷惑をかけており、それが落ち着いた今、面倒を見てもらっている部署にあまり強くは出られなかった。
     そうですか、とリーはこれみよがしに溜息をつき――ようやく、こうして夜中にドクターの部屋を訪れた本題を取り出した。それを見たドクターがぐっと喉を詰まらせる。
    「ドクターが好きな桃酥を持ってきたんですが、食べませんか?」
    「……」
     リーが手にしているそれは、まず間違いなく彼の手製だ。がさがさと紙袋から桃酥を取り出し、リーはそれをドクターの前に差し出す。
     ドクターは誘惑を跳ね除けるべく、深呼吸をし――一呼吸ごとに美味しそうな焼き菓子の匂いが鼻腔をくすぐったので、これは失敗だったと後悔した――心のなかでラテラーノ教の真言を唱えた。生きるはパンのみにあらず、邪竜よ、去れ。
    「ありがとう、置いておいてくれ。それは日持ちするやつだろう? 明日食べるよ」
    「……。そうです、か」
     リーは不満げにぎゅっと眉根を寄せたが、何も言わなかった。代わりに言葉などより余程雄弁に感情を伝える大仰な仕草で桃酥を紙袋へとしまい、テーブルの上へと放り投げた。割れないか不安になったが、何かが砕けるような音はしなかった。
    「わかりました。あなたが健康に気をつけていることはよぉくわかりましたよ」
    「わかってもらえて嬉しいよ。じゃあ、今日のところは――」
     もう帰って、と言うより先にリーはドクターを抱き寄せた。唇を親指の腹で撫で、蜂蜜を溶かした声で囁く。これを聞いてはいけない、と理性が警告する。これは知恵の実の味を覚えさせたものと同じ声だ。
    「――代わりに、こっちをいただいても?」
     触れるだけだった口付けは次第に深まり、リーは口腔内の温かさと舌の柔らかさを味わい、そのお返しにと唾液を流し込む。ドクターがそれを嚥下する様に、喉の奥で彼は笑った。度数の高い酒でも飲んだように身体が熱く、一口ごとに四肢を溶かす。お気に入りの菓子でも楽しむように唇を食まれて吸われてはもうだめだった。縋るものを探して手を伸ばしても、そこにあるのは天国への梯子ではない。――否、今この場所こそが、楽園なのか?
    「おれも腹が空いたんですよ」
     罪はいつでも甘く芳しい蜜の味だ。服の合間から手を差し入れて、素肌の上を這うものの感触に陶然と酔う。誘惑者はいつだって、滑らかな鱗の肌をしていた。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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