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    はるち

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    はるち

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    サボテンを育てるドクターのお話

    #鯉博
    leiBo

    太陽と水、風に土、そして 植物を適切に育てることは、なかなかどうして難しい。
     ドクターは自室の窓辺に置かれたサボテンを見て眉をひそめた。数日前にサルカズの傭兵から受け取ったものだ。ある種の気紛れ、戯れの一種だろう。花が咲いては散り、朽ちていくさまを楽しむ彼にとって、この植物はあまり好みではなかったから押し付けられただけという説もあるが。
     植物は水をやれば良い、と思っていたのだが、それは大きな思い違いであるということを理解するのにさほど時間はかからなかった。水をやり過ぎれば根腐れを起こす、さりとてやらなければ枯れてしまう。人間にとって適切に管理された温度と湿度がこの植物にとっても同様であるかと言われればそういうわけでもなく、可能な限り日光を浴びられるよう腐心する必要もあった。そもそも水を上げるだけで済むような単純な性質を有しているのであれば、ラナを始めとする療養庭園の面々が日夜苦労をする必要もないのだ。研究室で自分が実験用の細胞を培養していたときも、適切な温度管理と栄養状態の管理は必須だったことを思い出し、ドクターは改めて眼前にある生命の神秘を見つめた。いっそのことフィリオプシスにも相談して植物の管理用プログラムでも作成したほうが良いかもしれない――と思ったところで、あのサルカズの皮肉げな笑みが脳裏をよぎる。果たしてお前に本当にできるのか、と言わんばかりの笑みで、この鉢植えを手渡した彼のことを。
     そういえば。――彼が、この鉢植えと共に渡した言葉には。一体どういう意味があったのだろう?
    「まぁた貢物ですか」
     ドクターの思考を寸断したのは、背後から聞こえてきた声だった。夜の憂いを烟らせるような声の主は、振り返らずともよく分かる。そもそもこの自室に主の許可なく入ることを許されているのは、彼だけなのだから。振り返る前に、ドクターの頭に彼のあごが載せられた。重い、と抗議する前に、二本の腕が鉢植えへと伸びる。服の袖口から覗く鱗の肌には金継ぎのような傷があり、日光を反射してその美しさを証明していた。
    「貢物じゃないよ、贈り物」
     彼はどうにも、自分以外の誰かが贈ったものが自室に増えることを厭う。いつぞやに訪れた彼の事務所だって、彼への贈り物で溢れていたのに。それは彼の人望の表れであり、それだけ龍門の多くの人に慕われているということだろう。自分はそれを嬉しく思ったのだが、彼は同じ気持ちではないらしい。
    「誰からなんです?」
    「エンカクから」
    「やっぱり貢物じゃないですか」
    「彼がそんなことをする人間に見えるか?」
     大体、これを手渡されたときだって、彼は何かを贈るような素振りは見せなかったのだ。
     あのときに、そう、彼は。
     ――釣った鱗獣には餌をやらない主義なのか?
     あれは、どういう意味だったのだろう。
    「リー」
    「なんですかい?」
    「釣った鱗獣ってどうしてる?」
    「は?」
     釣った鱗獣に餌をやるか、など。後は食べるだけではないのだろうか? それとも飼うために魚を釣るというのか?
     考え込んだドクターの髪を一筋掬い上げたリーは、それを指に絡ませて遊ばせる。白銀の髪は、日光と戯れるように煌めいた。
    「……腹でも減りましたか? 今晩は魚料理がご所望で?」
    「そういうわけじゃなくてね」
     いい加減に苦しい、と身じろぎをすると、思いの外あっさりとリーはドクターを解放した。解けた髪が宙に落ちる。至近距離で見つめるリーの瞳には、もう拗ねた色はなかった。そこには、自分を思い遣る色だけがある。
    「煮るのと焼くのだったらどっちがお好きですか? ま、厨房にある鱗獣との相談になりますが……ああ、それとも魚団子にしますかい?」
     誰かに思われるということは、こんなにもこそばゆく、そして胸の裡を温かくするものだったのか。あれこれと降り注ぐ言葉に、ドクターは耳を傾けて――
    「――あ、そうか」
    「はい?」
    「水、を……やらないといけないのか」
     はあ、と聞き返そうとしたリーの、中途半端に開いた唇に、ドクターのそれが重なった。まるでおままごとのように拙く、ぎこちない。
    「……」
    「……うーん、違ったかな?」
     唇を離した後も、リーの表情が固まったままなのを見て、ドクターは苦笑した。やはり慣れないことをするものではない、と。
    「……誰からの入れ知恵ですか」
    「違うよ、自分で考えた。君はいつだって私にたくさん与えてくれるけど、たまにはいいだろう」
     植物も、放っておけば勝手に育つというわけではないのだ。いわんや感情をや。
    「そうです、ねぇ……。あなたからしてくれるのも、悪くはありませんけど」
    「けど?」
    「今度は、おれからしても?」
     どうぞ、と瞼を閉じたドクターに、慈雨のように唇が落ちる。くすぐったいよと思わず笑えば、彼の尾が足を撫でた。
     愛情を適切に育てることは、なかなかどうして難しく――、可笑しくて、楽しい。
     それを教えてくれたのは、きっと、自分にとって彼なのだ。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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