ひとつ屋根の下「というわけで、しばらくここに住んでもいいですかね」
「わかった、家賃は給料からの天引きで良い?」
そんな連れないこと言わないでくださいよ!と来客用のソファに座ったままリーは大仰な仕草で天を仰いだ。芝居がかった動作だが、頬に浮かぶ憂いは本物だ。
調理中のちょっとした事故により、彼の探偵事務所は爆発したのだという。現場にはショウも出動し、全焼こそ免れたそうだが、とてもではないが人の住める状況ではないらしい。彼からすれば骨董品が焼けてしまったことの方が余程問題のようだが。
居場所をなくした彼が目をつけたのは、このロドスだった。突如として執務室に押しかけてきた彼は、しばらくここに滞在させて欲しいという。この場所を臨時の事務所として。
「ね、良いでしょう、ドクター。おれとあなたの仲じゃないですか」
彼は立ち上がり、隣に腰を降ろした。機嫌を取るように尻尾がふくらはぎをなで上げる。例えばこれは猫であれば可愛らしい媚態だが、相手は中年男性である。迂闊に気を許すわけにはいかない。いかないのだが。
「……はあ、仕方ないなあ」
「良いんですかい?」
「良い、っていうか」
私は手を伸ばし、彼の頬に触れる。この距離だ、彼が息を詰める感覚が伝わってきた。
「君、少し痩せたかい?普段あれだけ私にきちんと食事をしろと口を酸っぱくして言う癖に」
鱗は普段の輝きを欠いており、髪もどこかぱさついていた。身なりに気を遣っている彼らしくない。それだけ、今回の件が堪えているのだろう。骨董もそうだが、仕事に関する書類なども焼けてしまったそうなのだから、彼の心労も推して知るべきだ。怪我人が出なかったことだけが不幸中の幸いだ。
「……面目ない」
「いいよ、しばらく好きに使って。せっかくだから、君が欲しいって言ってた……なんだっけ、蒸し器?蒸籠?あれも置こうか」
「いいんですかい?!」
「代金は給料からの天引きでね」
そんなこと言わないでくださいよ、と頬に触れていた手を、彼が掴む。機嫌の良い猫のようにくるる、と喉が鳴る。良い兆候だった。この部屋にやってきてから、ずっと作り笑いを貼り付けていた彼が、ようやく心からの笑顔を浮かべている。
「あぁ、でもせっかくだし良い椅子が置きたいな。君の事務所においてあったやつ。探偵、って感じがして憧れていたんだよね」
「なんだ、言ってくださいよ。この執務室に置きましょう。この代金はおれが持ちますから、ね?」
「ついでだからしばらくは秘書をやってくれ。君の計算能力には期待しているよ」
「はあ、仕方ありませんねえ。ドクターにそこまで言われちゃしょうがない」
彼は上機嫌に立ち上がり、執務室内を歩き回る。調子のいいことだと苦笑しながら私も立ち上がった。けれどもしばらくは、美味しい食事と茶が約束されたものだろう。
それから事務所の修繕工事が終わるまでの間、彼は秘書として執務室に訪れる人間を出迎え――、リー探偵事務所へようこそ、という彼の挨拶を聞き、彼の私物が増えていくさまを目の当たりにしたオペレーターたちは、どうやら執務室は二人の巣になったらしいとまことしやかに囁くようになるのだが――。
それはまだ先の話である。