運命は廻る釘の両親に関して捏造してます。
何でも許せる方向け
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両親はオカルトというものが嫌いだった。
その手の番組が放送されれば嫌悪感を丸出しにしながらチャンネルを変えたり、ご近所さんでそういう所謂いわく付きのあれそれの話を振られては盛大な舌打ちと共に有り得ないと文句の一つ二つを添えて言葉を返している姿を幼い頃から眺めていた。
そんなオカルト嫌いな両親に対して祖母は自らを呪術師と名乗り、お祓いだとか、それこそ幽霊退治等を行っていた。
だからお互い仲は険悪で、一緒に暮らしていた時はお互い干渉せず、万が一顔を合わせようものなら世界が終わるのではないかというくらい母の顔が凄いことになっていたのを覚えている。
それに何度も祖母に対して小言をぶつくさ言っている姿も目に焼き付いている。
故に野薔薇は悟った。
自分が幽霊だとか、そういう物が゛視えている ゛という事は口が滑っても言ってはいけないと。
そして小学校にあがった時に祖母から教えて貰った゛呪術゛というものも心の内に秘めておかなければならないのだと。
※
生まれた場所はクソみたいな狭い田舎だった。
噂なんてすぐに広がるし、一つの噂は尾ヒレをつけて肥大化していく。
そんな田舎を嫌った両親は私が小学一年になってから数ヶ月程経過した時私を連れて逃げるように田舎から東京へと移った。
それからは自然と祖母とも縁が切れ、なんなら野薔薇が高校に上がる頃には両親も野薔薇を置いてどこかへ行ってしまった。
もしかしたら薄々気付いていたのかもしれない。自分自身が祖母と同じ存在で、幽霊だとかそういったものに関わっているのだと。
今となっては何故置いていかれたのか知る術は無いのだが。
過去の記憶を脳裏で描き狭いアパートの一室でごろん、と寝転がりながら野薔薇は天井を眺めた。
切れかかった電灯に舌を打ち、野薔薇はカーテンの隙間から外を眺めるが何かが見える訳もない。田舎とは違って都会の空はほんの少し濁って見える。そして何より空気が澱んでいる。
別段、住んでいた田舎に思い入れは無いのだが正直、祖母の事は嫌いでは無かった。
むしろ母親よりも好きだったのだと思う。田舎に戻りたいとは思はないが祖母の事は気掛かりで、何時か連絡を取りたいとは思っているがそれは当分先になりそうだ。
兎に角、野薔薇は今一日を無事に終える事だけに必死になっている。自分自身の事で手一杯なのだ。連絡先を探そうにも暇もなければそれだけの余力など残っていない。
バイトを増やそうにも学業との両立を考えれば中々難しい訳で、削る場所は食費一択。くぅ、と小さくお腹がなる音にじわじわと羞恥心が募る。
空腹を少しでも紛らわそうと野薔薇は起き上がり、台所へと向かおうとしたその時だった。
ぱち、と遂に電球が切れ部屋の中は闇に包まれた。微かな月明かりだけが野薔薇の住まう室内に差し込む。
「明日電球買いに行かなきゃな〜…。余計な出費は抑えたいとこだけど、必要だし仕方ないか」
ぶつぶつと小言を漏らしながら月明かりを頼りに台所へと向かおうとゆっくりと足を運ぶ。足を動かす度ぎぃ、と軋む音。聞き慣れた音の筈なのに暗闇に包まれているからだろうか、やけに嫌な音となって野薔薇の鼓膜を震わせた。
ふと、室内に寒気が充満した。
その寒気の正体を野薔薇は知っている。
幼い頃から何度も感じ、何度も見てきた幽霊が出たのだ。
ああ、また出た、と心の内で唱えながら見知らぬフリをして野薔薇は溜息を零した。
野薔薇が借りているこのアパートは所謂事故物件と呼ばれるもので、格安で借りれる代わりに怪奇現象が起きるのだ。
だから人も住み着かず、野薔薇にとっては良い居住地だった。多少のボロさと幽霊さえ目を瞑っておけば都なのだ。
ふらりと姿を現した幽霊になど目もくれず、野薔薇はコップを片手に、蛇口を捻りそのままコップに水を注ぐ。
気に停めなければ幽霊等此方に干渉しないと思っていた。
だが今回ばかりは今までとは何かが違った。
刺すような視線と、悪寒が野薔薇の身体をじわじわと責め立てていく。
(……何これ、今までと何か違う…?)
幽霊に背を向け、必死に見て見ぬふりを続けようと意識をコップに注がれてく水へと集中させる。
脳内では絶えず警鐘がなり響く。早くどこかへ行ってくれ、そう心の中で唱えるがその願いは叶う事は無かった。
ひたり、野薔薇の肩にどろりとした何かが触れた。触れた、と言うよりも垂れてきた、という表現が正しいだろうか。
一気に全身の肌が粟立つ。驚きのあまり手の中のコップはするりと抜け落ち、シンクへと落ちていった。
見て見ぬふりなどもう出来はしない。
慌てて振り向けば幽霊は野薔薇の眼前に迫っていた。
「………ひっ」
思わず零れ落ちた悲鳴。振り向きざまに目と目が合い、この幽霊がぴたりと野薔薇の背後にくっついていたという事を理解した。
理解した所でなんだと言う話ではあるが。
逃げなければと心が叫ぶが身体が言うことを聞いてくれない。足に力が入らず、ずるずると床に座り込みながら、野薔薇は必死に思考を回転させた。だかこの状況を抜け出す為の回答等出せる訳が無い。
『──────…、!』
汚い雄叫びをあげながら、幽霊は確実に野薔薇に害をなそうとしている。
今まで見て見ぬふりをしていた幽霊が敵意を持って牙を向き野薔薇に襲いかかってくる。こんな事は今まで経験したことが無い。
脳裏に過ぎるは幼い頃、一度だけ両親に黙ってついて行った祖母の仕事現場での光景だ。
釘を空に放ち、金槌を振りかざしそれを穿つ祖母の後ろ姿。
だが今、祖母は居ない。居るのは自分一人で対処しようにも出来ない。一度しか見てこなかった、一度しか教えられなかった。
不気味な呻き声をあげながら確実に野薔薇の元へと忍び寄る魔の手。
死を覚悟し、ぎゅう、と硬く目を閉じたその時。
不意に野薔薇の身体を何か暖かいものが横切っていった。
例えるならそう、犬の毛のような感覚。
身体を掠めた正体が視界に飛び込み、野薔薇は瞬きを何度も繰り返した。
「………い、犬?」
野薔薇の双眸に映り込むそれは紛れもなく犬だった。
綺麗な白色の毛並をした犬、そしてもう一匹は対黒色の毛並。お互いの存在が対になっているような二匹の犬が突然現れたことに驚きを隠せず、野薔薇はただその場に留まることしか出来ずにいた。
ぐるる、と小さく唸りながら確実に目の前に佇んでいる幽霊を睨みつけているこの犬は一体何なのか、疑問ばかりかぐるぐると脳内を駆け巡る中、野薔薇の鼓膜にもう一つの音が届いた。
「ちょっと五条さん、人が住んでるとか聞いてないですよ」
この状況に似つかわしくない程落ち着いた声で言葉を紡ぎながらその人物は携帯電話片手に遠慮無く敷居を跨いできた。
端正な顔立ちとツン、と立つ黒髪の男。
その人物がちらりと野薔薇へ一度だけ視線を寄越すがすぐ様その視線は幽霊と犬へと戻っていった。
「…玉犬、喰っていいぞ」
その男の一言で二匹の犬は目の前で蠢いている幽霊目掛けて食らいついた。
一体何を見ているのだろう、目の前の光景が信じられず、映画の世界にでも飛び込んでしまったのだろうかと疑いたくなる光景に、野薔薇は目が離せなくなった。
この出会いが野薔薇の人生を大きく変える事になるのだが、それはもう少し後のお話。