【MHW】沈黙は金 夜闇にあっても絶えない火の明かりでアステラの食事場は明るく、食事に舌鼓を打つ調査員たちが語らう小さなさざめきで満ちていた。
珍しいことに日の落ちる前に彼が拠点に帰還し、これまた珍しいことにこちらも調査の区切りがついたため拠点で休養をとっていた。申し合わせたわけでもなく顔を突き合わせたのち、幾分かぶりに並んで夜の酒の席についている。
身内以外と親密に寄り添うのは久方ぶりだ。長らく動いていなかったもの──他人との接触による情感の──その錆びつきは顕著だった。年を食うとこんな部分の瞬発力も落ちるものなのか。ふいに湧く感情の機微に、体が出遅れてしまう。
傍らで酒をあおる彼の横顔を眺め、瞬間脳裏を過ぎる思考はよどみなく受け流した。
もっと若ければ、衝動のままに言葉にしただろう。声に出し、相手に聞かせ、反応してほしい……そういう気の引き方をしただろう。だが悲しいかな、衝動に身を任せるには、一拍遅い体では勢いに乗りそこねるばかりだった。
仮に、脈略のないその文字を伝えれば、思慮深い彼は心を傾けてくれるだろうか。そうして欲しくないという思いがあるのも確かだった。そもそも、そんな言葉を言える立場にないのだ。己自身が彼に対してそれを顧みないからして。
不毛な思索にふけるのをやめ、あの宴の夜の記憶に意識を飛ばす。振り返ってみると、龍結晶の欠片を手づから譲り受けた時には、すでに兆候はあったのかもしれない。
今や深い仲になり、今もって隣に並んでいるのに、拭いされる気がしない、それが呼び込む肌寒さを。
「どうした?」
無意識に上へ泳いでいた視線が瞬時に声の主へ戻る。
竈の火で逆光になった深い色の眼差しがまっすぐに注がれていた。
「大したことじゃない」
手の中の酒杯へ目を伏せた。目を合わせて喋るのは──感じていることを話すというときは尚更──いまだに得意ではない。
"ずっと目を離さずに喋るのは威圧感を与えてしまう"と幼少期に教え込まれた習慣は、相手が彼であろうとすぐさま意識改革とはいかない。
──伝えて何になる、と胸の底から繰り返し諫める暗い声がする。
「もっと飲むか。久しぶりに顔を見れたんだ、あなたの話も聞きたい」
背後に通りがかる配膳アイルーを振り返って呼び止め、酒の追加を頼んだ。
姿勢を戻すと、竜人族の賢人と謳われた新大陸歴四十年来の先達が、ずいと上体を寄せた。反射的に逃げを打った体は、火を映し込む瞳に絡め取られたように動けなくなる。
「私も話したいことがたくさんある。そのためにも、もっときみの口も軽くなってもらわなくては」
見透かされているような心地にぐっと唇を引き結んだ。どれだけ促されようが素直に言うわけにはいかない。己が顧みないものを、相手に訴えられようものか。
取り繕うように酒杯をあおった喉元に、張り付くような彼の視線がことさら意識された。
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「あの人ならさっきまでアステラにいたよ。おしかったなぁ」
例えば、拠点に滅多と戻らない彼が、先程までここに居たというのを人伝に聞いた時。
「あら、いいところに。ちょっと来てくれないかい」
例えば、一期団の同期に呼ばれて、傍らから離れていく彼の背中を見送る時。
入れ違いが続くと、顔が見たくなった。
別れ際になると、離れがたさが胸を衝いた。
胸裡を過ぎるその感情に名付ける文字が浮かびはすれども、言葉にしなければ実感の伴わないもののままで打ち捨てておける。
今はまだ、分別ある聞き分けのいい立ち振る舞いを保たせたかった。
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うちのハンター:
五期団所属の"白い追い風"。四十路のガンランサー。
思考の瞬発力はいい方だが、感情の部分になると途端に動きが鈍る。本音を喋るのはとても苦手。
来る者は値踏みし去る者は追わずで過ぎ去っていく人々を眺めてきたが、本人としてもかなり予想外な経緯で賢人は特別な相手になった。限定的ながら独占欲はある。
竜人族の賢人:
一期団所属の竜人族のハンター。
自身が周囲からどういう風に見られているかは把握している。それ込みでの言動・立ち回りは造作もない。伊達に長く生きていない。
距離が近づくきっかけにもなったハンターの「独占欲」の在り方について興味がある。
ハンターが色々と感じて考えていることはわかっているが、それを寄越すことに気遅れがちなのをどうやって懐柔しようかと考えている。