特別な日には卓を囲んで日頃の荒い言葉遣いとは裏腹に、カトラリーを扱う仕草は洗練されている。
たとえ切り分けているものがコース料理のアンティパストでなく、肉汁したたる網焼きの黒毛和牛だとしても。
「やっぱり祝い事はパーっとやるのがいいじゃん!」
「高い肉もたまにはいいものね」
「ミサカはこの肉寿司っていうのを注文したいかも」
「あンまり飛ばすと腹壊すぞ…つゥか何の食事会だよ」
「そりゃお前の入学1ヶ月記念に決まってるじゃんよ」
その割に甲斐甲斐しく卓上の管理をしているのは自分な気がしてならないのだが…という不満を飲み込み「ヘエヘエ、有難いコトで…」と済ましたのは一応好物を抑えてもらっていることへの感謝か。
通学開始1ヶ月経った程度であまり盛大に祝われたことで、百合子は少々気後れしているようだった。
だが、黄泉川を筆頭に他2名も今回の食事会には積極的だ。
教養こそ博士課程修了レベルで、国内最高学府で教鞭を執れと言われても対応自体は可能だろう。薫陶を受けるに適う学生がいるかどうかは別として。
しかし、研究所で実験漬けだった彼女は同年代との社交経験に乏しい。
黄泉川が勤務先への通学を薦めたのは、監督のし易さの他、能力のみが評価のモノサシとならない環境における対人関係を学んでくれたら、というささやかな希望も含んでいた。
本人がやはり通いたくないと言い出せば、そこまで強く無理強いする気もなかった。
そんな前提があった上での今の結果だ。授業も体育以外は殆ど休まず出席しているようだし、交友関係も100点満点で換算したら満点とはいかないが、今までの事情を加味すれば及第点をつけても差し支えないだろう。
「今まで馴染みが無かったタイプの子達に囲まれて過ごすのは、結構疲れたんじゃない?」
「寧ろ1ヶ月もいたからいい加減慣れたっつの」
「順応性が違うわね、やっぱり若さかしら」
軽口を叩きながらも切り分けた肉を銘々の取り皿に乗せていく姿に、保護者達は思わず嘆息する。
人並みに世俗に触れるどころか、気配りまで身につけるとは。
いつの時代も、子供の成長というのはあっという間だ。
百合子が取り箸を置いた瞬間、黄泉川はあることに気付く。
「お、珍しいものつけてるじゃん?」
「ッ…!校則違反、だったかァ…?」
ネイルを施すことまで報告は要らないだろうと思っていた彼女は、急な指摘に狼狽える。
打ち止めも「わ、そこは考えてなかったかも…」と眉をハの字に下げた。
「違うじゃんよ!過度なものは指導するけどその程度なら全然問題ないじゃん」
慌てて否定すると、二人はホッと胸を撫で下ろす。
見事なシンクロ具合に、横にいた芳川が少し吹き出した。
「でもどういう風の吹き回し?」
「おととい百合子がコーヒーを買いに行ったときね〜…」
掻い摘むと、コンビニで百合子がコーヒーをカゴに入れる間、打ち止めがパラパラめくっていたファッション誌にネイルの特集記事が掲載されていたらしい。気になった打ち止めにせがまれた百合子が断りきれず雑誌はカゴに追加され、ついでにコスメコーナーに陳列されていた淡色のポリッシュとコート、それに除光液も放り込まれてしまった。
当然ことが其処で終わるハズもなく、打ち止めに見張られながら覚束無い手つきでカラーリングを施した、というのが事の次第だったようだ。
「打ち止めは塗らなくてよかったじゃん?」
「この人が上手くなってからしてもらうの〜ってミサカはミサカはご自宅サロン予約」
「あら、私もやってもらおうかしら」
「なァんで自分でやるって選択肢が無いンですかねェ、どいつもこいつも…」
自宅警備員2名のお調子ぶりに呆れる百合子の指先を、黄泉川はしげしげと眺める。
初めてという割に、彼女の爪はなかなか丁寧に仕上がっていた。
細かい演算処理が得意なだけあって、繊細な作業にも長けているのかもしれない。
もしくは生来の性格の影響か。
どちらにしろ、年頃らしさを身につけつつある姿はやはり微笑ましく感じられる。
これから彼女は今まで見向きもしなかった、色々なことを学んで大人になっていくのだ。
それを傍で見守り、時に間違ったことをしたら正すのが自分の役目だ、と黄泉川は改めて誓う。
「で、ヒーローさんはなにか言ってた?!ってミサカはミサカは戦果の程を尋ねてみたり」
「ハ…ハァ!?な、なんでそこで上条が出てくるンですかねェ!!!」
「上条って上条当麻?彼がなにか関係あるじゃん??」
「彼と浅からぬ関係なのは知ってたけど…ふぅん、いいわね若さって♪」
「ちょっと桔梗何を知ってるじゃん?!」
「詳しいことはまた今度…百合子、顔が真っ赤よ」
「ちが、これはさっきまで肉焼いてたから…つゥか含みのある言い方やめろォ!!」
一家の夜は賑やかに更けていく。
その様子は平和を象徴するようだった、と某高級焼肉店のバックヤードでは持ちきりだったとか。