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    5jinkaku_ik

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    🕯が出てこないけどリ探ちゃんな話
    モブちゃんはこの後……

    一冊のスケッチブック

    私が働く小さな喫茶店は、高層ビルに囲まれているせいで常時店内は琥珀色のランプが点いている。
    オーダーしてから例えコーヒー一杯だけでも最低20分はかかるし、値段もチェーン店のコーヒーショップよりは少し高めの設定だ。
    それでも潰れずに店が続いているのは、常連さん達のおかげ。いつも決まった席に座って、いつも決まったメニューを頼む人たち。
    決まった席といっても初めてのお客様が来店されても入りやすいように、入り口近くのボックス席とカウンターの3席だけは空けておいてくれる。自分の好む場所を守る為の計らいなんだと、マスターがいつだかぼやいていた。

    「お待たせしました。ダージリンでございます」
    「あぁ、ありがとう」

    一番奥の窓側が専用席の優男風の若い常連客さん。
    モスグリーンのコートを愛用していて、背が高く顔立ちはおっとりと優しそう。
    見た目通りの甘いテノールで声をかけてくれて、時折チップを弾んでくれる。
    母がメキシコ系の為に少し訛りのある私の話し方を可愛いらしいと言ってくれてから、彼が来るとほんの少し心がそわそわしてしまうようになって週に一度くらいの頻度で来店する彼を私はいつも心待ちにしていた。
    彼の色んな事を知りたい。
    この近くに住んでいるの?仕事はなにを?
    いつも紅茶とサンドイッチを頼むけれど、甘いものは好きかしら。
    ……恋人はいるのかな。
    そんな事を考えながら、とびきりの笑顔で彼の愛する紅茶をテーブルに届けるのだ。




    「ありがとうございました」

    18時、最後のお客様をお見送りしてドアプレートをcloseに変える。
    マスターはコーヒーサイフォンの洗浄に追われているから、私はその間にフロアの掃除を済ませてしまう。
    人の出入りはそんなに多くないはずなのに、古さ故に埃がすぐに溜まるこの店は閉店後と開店前の掃き掃除拭き掃除は絶対に欠かしてはいけない。

    「あれ…」

    一番奥の窓側、例の優男風な常連さんの席。
    その机の下に、一冊のスケッチブックが落ちていた。
    茶色の表紙のなんて事ない、どこにでもあるスケッチブック。
    今日は彼しかあの席を利用していないから、間違いなく彼のものだ。

    「……見てもいいかな」

    いいよね?とそこにいない誰かに許可を得る。
    パラ、とめくると鉛筆で描かれたどこかの風景のスケッチ。
    見たことはないけれど海沿いのカフェのテラスだろうか。色は無いのに、描かれた海が光っているように感じる。
    テーブルの上にはサンドイッチとグラスが2つ。アイスコーヒーなのか、アイスティーなのか。はたまた別のドリンクかもしれない。
    (誰かと、2人で行った場所なんだ…)
    そう思うと、何故だか胸がぎゅっと歪に歪んだ気がした。
    ぺらり、もう一枚。
    捲った先にはロンドンの水族館の入り口があった。
    2匹のタツノオトシゴのオブジェ、それから横にある電子看板を少し体を左斜めに曲げて覗き込む男性の後ろ姿。
    大人しめのコーデなのに、帽子からはみ出した髪はぴょこぴょこと跳ねていてなんだか可愛らしい。
    友人なのだろうか、また一枚捲る。
    どこかの通り沿いのカフェ、図書館、ファーマーズマーケット。
    ショッピングモールの謎のテーマのオブジェ。テーマパークの恋まじないスポット。
    どこかの公園のブランコに乗る小鳥…。
    色んな風景がそこにはあった。
    小さな世界で生きていそうな人なのに、こんなに活動範囲が広いのかと意外な気持ちになる。
    やはり人は見た目によらないのだと思いながら、私はなんの遠慮もなしにまた一枚、もう一枚と次々に捲っていく。
    ふと、今までとは少し違う風景スケッチがあった。
    リボンやオーナメントで飾られた大きなもみの木、その周囲に機材や看板のようなものがある。
    クリスマスツリーの飾り付け途中、なのかな。
    もしかしたら撤収作業中かもしれない。
    作業員らしき人達の中に、1人だけ他の人達より少し描き込まれた人がいる。
    他の人達より少し背が高くて、安全ヘルメットの隙間からぴょこりと飛び出した跳ねっ毛…水族館の時の彼だ。
    やっぱり友人だったのだ。
    ふーん、と誰に求められたわけでもない相槌を一人でして、また一枚捲る。

    「あ……っ」

    さっきの青年がいた。
    跳ねたサイドヘア、鼻背の辺りにピアス?か何かつけている。顔の左側だけ薄くぼやかした黒が乗っているのは皮膚の色が違うとかなのだろうか。
    切れ長の垂れ目は蕩けたようにどこかを見ていて、男性なのにどきりとする色香があった。
    バストアップの青年のスケッチは、今までと違って何も身につけていない。
    ごくりと、喉が鳴る。
    ぺらり。
    汗で張り付いた前髪、八の字に下がった眉に蕩けた瞳。
    口の端からはたらりと唾液が垂れている。
    こちら側に伸ばされているであろう両腕。
    ぺらり、同じ構図。
    口の形が先ほどとは違う。
    1枚目はAの音の形、こっちはUを象っている?
    あぁ、でもこの人は。水族館の彼は、友人なんてもんじゃない。
    彼は、あの常連さんの……。

    「あぁ、やはりこちらに忘れていたようですね」
    「ひっ!!」

    スモーキーなオールドローズの香りが、冷たく私を取り囲む。
    ぎりぎりと歪な音がしそうな程に、私はゆっくりと後ろへ振り向いた。
    モスグリーンのコートを羽織った長身が、昼間見た時と変わらずに立っている。その表情は穏やかに笑んでいるのに、瞳はちっとも緩む事なく私を突き刺していた。
    助けて、何故だかそんな言葉が口から漏れそうになる。

    「ありがとう探していたんです。とても大事なものなので…見つかってよかった」

    私の手からスケッチブックを受け取ると、彼は本当に大事そうに恋人にするように表紙を愛おしげに撫でた。
    それからこちらを見て、うっそりと笑い……

    「ところで、お嬢さん。お礼と言ってはなんですが、私と散歩でもいかがですか?」
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