自身の戦績を見て、溜息さえ出なかった。
10戦2勝7敗1分。
酷いものだ、話にならない。
録画を見なくてもわかる、反省点しかない。
開幕目指す解読機、1人捕縛してから解読圧をかけに行く方向の判断。
サバイバーの逃げるルートの予測、通電された後どう立ち回るか。
何もかもが悪かった。
改善点なぞ挙げていたら季節が変わりそうな程だ。
戦績の記された紙を机に放り捨てて、ベッドに倒れ込む。
全て投げ出したい気分だ。
何も見たくない、考えたくない。
そう思って目を瞑ったが最後、私は眠りへと落ちていった。
コン、コン、コンと控えめなノック音。
どれくらい寝ていたのだろうか。
ぼんやりと寝たままの体勢で考えていると、再度ノック音がした。
女性ハンターのそれより少し力強く、男性ハンターにしてはあまりにひ弱。
思い当たる人物は1人だけ。
いつもなら扉を自ら開けて部屋に招くけれど、今日はどうにも気が乗らない。
どうぞ、と声だけ返すとおずおずといった風に入ってきた。
ハンターの居館には堂々と入り込む癖に、恋人の部屋にはそんなに遠慮して入ってくるのかと口元が緩む。
「お邪魔します」
「すみません、気が滅入ってしまって。今、お茶でも……」
そうは口で返すも身体は全く動かない。
起き上がって、先日彼の好む夏摘みのダージリンが手に入ったからそれを用意して。
あぁ、朝にジョゼフさんから押し付けられたマカロンもあったな。
それも添えたら甘いものが好きな彼もきっと顔を綻ばせてくれるだろう。
あとは……。
「ジャック、お疲れ様」
ぎしり、とベッドが悲鳴をあげたかと思うと横になっていた私に小さな影が覆い被さる。
ちゅ、とこめかみの辺りにかさついた、けれど柔らかい感触がおりてきた。
次いで、硬く温かな手のひらが私の頭をなでりなでりと行き来する。
「ノートン?」
「そのままでいいよ。ジャックたくさん頑張ってたもんね。いいこ、いいこ」
まるで幼い子供がぬいぐるみにしてやるみたいに拙くぎこちないそれが、何故だか私の身体から余分な力を抜けさせる。
掠れた低音が、優しく囁く。
いいこ、いいこ。
「ノートン」
「うん、なぁに?」
「疲れた」
「うん。ジャック頑張り過ぎたんだよ、少し休みなよ」
「抱きしめてもいいかい?」
「うん、僕もジャックの事抱きしめたいなって思ってた」
そう言って彼が私の上から身体を退かせるから、起き上がりベッドに腰かける。
す、と両手をこちらに伸ばすその姿に、何故だか心が逸った。
成人の、けれどハンターからすればあまりに小さなその身体は温かい。
背中に回った彼の腕がしっかりと私の身体を抱き締め、優しく背を撫でてくれるから重たいモノが、はぁ……と口からひとつ出て行った。
彼のつむじに顔を寄せて、すぅっと思い切り息を吸い込み深く吐き出す。
身体の奥深くにこびりついた澱のようなものがずるりと剥がれたような心地がする。
次はこめかみ。再度すぅっと吸い込む。
人の匂い、土の匂い、仄かに香る古びた紙の匂い。
異臭ではないが、決して良い香りとはいえないそれを心地良く、もっと深く取り込みたいとさえ考えてしまう。
腕の中から、恥ずかしいよと消え入りそうな声が聞こえた。
すみません、と形だけの謝罪をいれて彼の首筋へと顔を近づける。
ジャック、と嗜める声が聞こえたけれど、今は聞こえないふりをしておこう。
腕の中の熱源は、先ほどよりも温度を増している。熱いくらいのそれを、愛しく思う。
「熱い……」
「だったら離れればいいでしょ」
「冷たいですねぇ。弱った恋人にかける言葉とは思えない」
「弱った人間は人の首筋に吸い付かないし、尻を撫で回すこともしないよ」
「貴方のお尻が触ってくれと言うから触っているのに。失礼な言い方ですね」
「言ってない。人の尻と勝手に会話しないでくれ」
「言ってますよ。ほら、ジャック触って♡って。こんなにむちっと、フッ…ンッ…フフッ……」
「自分で言って自分で笑ってるのおっさん臭いよ」
「失礼な」
軽口を叩き合っているうちに、不思議と身体は素直に動くようになっていた。
「ノートン」
「なぁに」
「ありがとう」
どういたしまして、と笑うその顔に再度キスを落として。
私は軽やかな気分で茶の用意を始めた。