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    ori1106bmb

    @ori1106bmb
    バディミ/モクチェズ

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    ori1106bmb

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    ワンライ(罪) 大きな広間にいた。
     高い天井に、重厚な円柱。初めて見る光景だった。
     私はいつの間にかマイカの人々のような装束を身につけていた。けれどその色は、己が好んで着用することのない潔白の色。
     目の前には、凡そ人間とは比べものにならない巨大な男。これが地獄の王・閻魔であることを、私は自然と理解していた。
     彼の目の前に引っ立てられ、両膝をつかされる。
    「――チェズレイ・ニコルズ」
     閻魔が、手にした巻物に視線を落とす。
    「これよりお前の裁判を始める。地上で犯した全ての罪状を述べ、判決を下す。異議があれば申し立てよ。まずは十歳……」
     巻物をするすると広げながら、重たく冷ややかな声が私の罪を列挙する。どうやら御丁寧に年代を追って全てを暴き立てられるらしい。
    「十二歳。マフィア同士を争わせ、多数の死者を出した虚言の罪。父親殺しの罪……」
     巻物の端は次第に閻魔の足元へと届き、床へと広がっていく。『閻魔帳』などという小さな枠から逸脱している代物だ。まだまだ私の罪科は尽きない。
    「……二十七歳。エリントン刑務所にて、看守、囚人、居合わせた警部を催眠で惑わせ、自殺に追いやった罪。飛行船にてテロリスト集団を催眠で惑わせ、転落死へと誘った殺人の罪。……ミカグラ島はアッカルド劇場にてプロデューサーに催眠をかけ、殺人の標的へと仕向けた殺人未遂の罪。……」
     殺人罪についてはここで終止符だ。ミカグラ島で、私はモクマさんと約束をした。
    『あなたが生きている限り、私のターゲットはあなただ――他の下衆には手を出さない』
     けれど無慈悲なことに、この裁判は殺人だけに留まらず、軽微な犯罪についても問われるようだ。ほんの些細な嘘を吐いた、ただそれだけのことでも。
     まるで馬にでもなったような気分だった。己の罪を並べ立てられたところで、そもそも私に罪の意識などない。つまらない念仏を聞き流す間、艶を失って乱れた髪を整えたかったのに、後ろ手に縛られているせいで叶わなかった。
    「……二十八歳。同性と交わった罪」
    「ッハ……!」
     つい乾いた笑いが零れた。これまで眉ひとつ動かさなかったというのに、さすがに聞き捨てならない。私は初めて異議を申し立てた。
    「愛する人と繋がることが罪だと……?」
     同性愛を禁忌とする宗教は、世の中に多数存在していた。けれどそんな黴臭い価値観を持つ人間は淘汰されつつある。
     モクマさんと私の間に生まれた、どろどろと濁って重たい欲。それを他人に否定される謂れはない。
     睨み上げるが、閻魔はちっぽけな私の異議など意に介さず、眉ひとつ動かさなかった。淡々と、しかし重々しく、淀みなく私の罪を述べ立てる声は、私の怒りなど無視して続く。
     果てのないような、しかし終わらないはずのない時間が、ようやく終焉を迎える。いよいよ私の最後の罪科が告げられた。
    「……相棒、円道黙真を殺害した罪」
    「ッ!?」
     思わず立ち上がっていた。
     私がモクマさんを殺すはずがない。
     私がモクマさんを殺すのは当然だ。
     相反する認識が存在する脳内は、混乱していた。
     相棒と交わした生死にまつわる約束。彼の死因は私。恐らく私は約束を果たすため、彼に引導を渡したのだろう。
     けれど、何故。そもそも今、彼はどこにいる? 彼の命を奪った後、私はどうやって生き、どうやってここに来た? 思い出せない。何もわからない。
    「モクマさんはどこです!?」
     わからなければ聞くしかない。閻魔に向かって問い質すが、彼は一瞥をくれるだけだった。仕方なく側に控えていた二体の獄卒に聞くことにする。縛られたまま、体当たりで一人を倒し、もう一人に馬乗りになる。そして太い首、人間と同じであれば頸動脈の通るあたりに体重をかけた。
    「彼はどこだ……!?」
    「……獄卒への暴行の罪を加える。円道黙真は、既にここには居ない。裁きを終え、先に地獄へ落ちた」
    「あァ……」
     相棒の居所を知り、安堵の息が漏れる。力を緩めてしまったせいで、下敷きにしていた獄卒が私を押し返し、床に叩き付けられる。無様な恰好だが、心を満たす喜びの方が勝っていた。
     判決など待たずとも、これから私が行く先もまた地獄だろう。これだけの罪科である。天国へ行けるなどとは端から思っていない。
    「チェズレイ・ニコルズ、判決を言い渡す。刑期は千年。全ての罪を償った時、輪廻の輪に戻れるだろう」
    「…………モクマさんは?」
     嫌な予感がした。
     彼がいかな下衆とはいえ、罪は主殺しひとつきり。罪の数と重さが刑期を決めるのならば。
    「円道黙真の罪は主に傷害、そして殺人。刑期は五十年だ」
     五十年。地獄でモクマさんと再会できたとして、その時間は人生で彼と過ごせるであろう時間と同程度だ。それと比べものにならない九百五十年もの刻を、独りで過ごさねばならないというのか。
    「…………ハッ」
     この人生で、後悔を覚えた瞬間など数えるほどしかない。
     母を救えなかった時。タチアナ・バラノフに死の催眠を施した時。
     けれど、今。悪党として生き、数多の下衆の命を奪ってきたことを、酷く後悔している自分がいる。
     虫けらの命を奪ってきたせいで、一年九ヶ月どころではない彼との別離を強いられるとは。
     呆けているうちに獄卒たちに体を引き摺られ、巨大な門の前に立たされる。地獄へと続く門だ。
     この先で、モクマさんが待っている。
     彼に会いたくて逸る熱情。その先に待ち受ける孤独への絶望。
     耐えられるのだろうか。九百五十年もの時間に。地獄の責め苦などよりも、相棒からの愛を知った今、孤独がただただ恐ろしい。
     …………あァ。しんどいなどと、生やさしいものでは――

    「……レイ、チェズレイ!!」
     突然名前を呼ばれ、気がついた。
     目の前に、ここにはいないはずの愛しい人がいる。
    「……モクマさん」
    「ああ……おはようさん。ずいぶん魘されとったけど、厭な夢でも見たかい?」
     大きな手のひらが撫でるようにこめかみを拭う。酷く汗をかいていたようだ。
    「ゆめ……」
    「ありゃ、寝ぼけとる。珍しいねえ。やっぱり昨夜の深酒が祟ったんじゃないかい?」
     ……そうだ。昨晩は、モクマさんと晩酌をしていた。どぶろくとワイン、慣れないウイスキーを飲んで、強烈な酔いが回ってしまった。世界が真っ逆様にひっくり返ったような酩酊感に魘されたまま、その先の記憶がない。今、自分は寝室のベッドに寝かされていた。きっと優しい相棒が運んでくれたのだろう。
     今更下手な飲み方をしてしまったのは、晩酌の時に語り聞いた話の所為。酩酊の末に見た夢は、晩酌の時にモクマさんが語った地獄そのものだった。
    「さ、起きて朝食にしようや。お前さんがなかなか起きて来ないもんで、おじさん張り切って準備しちゃった。二日酔いに効くしじみの味噌汁も……」
     部屋を出て行こうとするモクマさんの襟首をひっ捕まえる。そしてそのままベッドに押し倒した。
    「おっ……?」
     突然私に組み敷かれた男は、きょとんと目を丸くしていた。そう簡単に力に屈する男ではないはずなのに、こうして抵抗しないのは、私を甘やかしているからなのだろう。その証拠に、垂れた目元が「どうしたんだい?」と笑っている。
    「もし、私たちにどうしようもない別れの時が来たら……」
    「うん?」
    「あの約束を、忘れないでください」
     ――今生の別れってのは、今回の人生ではこれっきりって意味でね。次の世で、きっとまた会える。そう信じてこその言葉だと思うよ。
     それを聞ければ私は、今生を笑って終えられる。地獄での償いの日々も、あなたとの来世を信じていられる。
    「……いいけどもさあ。それ、相当先の話だと思うよ?」
    「必ず訪れる時いつかの話ですよ」
     あの夜とは違う応えを寄越した私に、モクマさんは「飯にしよう」と言った。
     寝間着も着替えず、髪も寝乱れたまましじみ汁を啜りながら、昨晩見た夢の話をした。モクマさんは食事もそこそこに、淡々としゃべり続ける私の話を頷きながら聞いていた。
    「……九百五十年ねえ。そりゃまた、途方もない」
    「九百五十年先の来世でまたあなたに会えるのなら、悪くはない結末かと」
    「世界に手が届きそうな男にしちゃ随分殊勝なこと言うんだねえ。その地獄にゃ俺もいるんだろ?」
     モクマさんはしじみの貝殻を行儀悪くぺっと吐き出し、笑った。
    「そこでまた指切りすりゃいいじゃない。地獄でも同道すりゃ、九百五十年なんてあっちゅう間でしょ」
     目の前に、箸を手放した右手が……小指が差し出される。
     自分も箸を置き、小指を絡めた。
     食事を再開して、しじみ汁を啜る。身を噛み締めた途端、ざりっと苦い砂の味がした。
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