ワンライ（拷問／化粧）　――この傷跡について、ですか？
　――……口さえ自由なら、吐くとでも？
　――何故、この期に及んでそんな話を？　他に暴くべき仮面の詐欺師の腹積もり、いくらでもあるのではないですか？
　――……今にもこちらを甚振りそうな顔だ。まァ、いいでしょう。
　――これは、私にとっての濁りの象徴。仇への執着を忘れないために咲かせた、忌まわしい傷……でした。
　――かつて、濁りは風味だと言った人がいた。この傷に私の人生が刻まれている、とも。だからこうして化粧を施し、美しく咲かせ続けている。
　――……フフ。今は、すっかり化けの皮が剥がれていますがね。
　――下衆と分かち合った肩の傷が消えようとしている今、この傷ももう消してしまってもいいのかもしれません。素顔を見た途端、相棒が恐ろしい顔に豹変してしまいましたので。
　――……あなた、何故、笑っているのです？　あァ……下衆の笑みだ。

　そのまま一晩中、口を閉ざすことを許されなかった。
　声を出そうにも、自慢の喉は嗄れ果てている。
　手入れを怠らない髪の毛も、縺れ合って絡まり合って、ひどい有様だ。
　涙を流し続けた目元は、いささか重たく腫れぼったい。きっとみっともなく充血しているのだろう。化粧で隠せるだろうか。
　体の節々がギシギシと軋んでいる。信じられない角度に股関節を曲げられ、あられもなく恥部を晒した。恥辱の限りだ。さながら拷問のような一夜だった。
　裸の付き合いを覚えたのは、ほんの少し前。
　最後まで体を許したのは、昨夜が初めてだった。
　散々な辱めに遭ったというのに、心は、不思議と満たされている。温かな手、私の名を呼ぶ声、こちらを射貫くように見つめる真っ直ぐな眼差しによって。
「おはようさん、チェズレイ。調子どう？」
　機嫌のよさそうな顔が、こちらを覗き込んでくる。気怠さの一つも覚えていないような、むしろ何故か逆に潑溂とした様子に、少々腹が立ってきた。
　――下衆の所業のせいで起き上がれそうにありません。
　声にならない声は唇の動きだけで正しく伝わり、夜すがら私を責め立てた男はあからさまに狼狽えた。
「え、うそ、ごめんね。おじさん、ちょっとテンション上がって張り切りすぎちゃったかも」
　この下衆は、自分のつけた傷で私を縛る気はないなどと宣ったくせに、十年経ってもなお刻まれたままの顔の傷をまざまざと見て、あからさまに顔を顰めたのだった。
　それを消しても良い、と言った矢先の、だらしなくやに下がった顔といったら。黙真、などという名前を付けた人間が見ていれば、さぞ呆れ返ったことだろう。
　ミネラルウォーターのボトルやら、趣味の悪い味ののど飴やら、ふかふかのクッションやらを甲斐甲斐しく寝床まで運んでくる男の姿を眺めていれば、こちらの溜飲も多少は下がってくる。
　――今日はもう、化粧もせず一日ベッドで過ごすことに決めました。
　散々な目に遭わされた意趣返しだ。
　化粧という仮面の剥がれた顔を目にするたび、嫉妬の炎に焼かれるがいい。そしてまた、猛々しい刃で私の心と身体を貫くのだ。