ワンライ(ロボット/カード)「でっっっか……」
目の前に鎮座する巨大なプレゼントボックスを見上げながら、思わず口に出た。
『あなた宛ての荷物が届きますので、受け取っておいてください』
そう言って、チェズレイは先程ひとりで部屋を出て行った。
一カ月ほど過ごしたエリントンを出発し、到着した先は南国。滞在するホテルの部屋に案内され、長旅を終えて一息ついたところだった。
そこへ登場したのが、この紫のリボンを結ばれた大きな箱だ。よく見れば、リボンの先に宛名がついている。『モクマさんへ』。どうやら自分宛ての荷物で間違いないらしい。
ホテルのスイートは広いが、どうにもこの目立つ箱とふたりきりというのは居心地が悪い。贈り主の相棒は不在だが、とりあえず箱を開けてみることにした。
ちょうどモクマの背と同じくらいの高さだが、四辺が大きいので開封するだけでも一苦労だ。ここまで運んできた業者も大変だったことだろう。
紫色のリボンを解き、てっぺんのふたを「どっこいしょ」と外す。すると、箱の四辺が外側に向けてふわりと倒れた。
箱の中身と対面したモクマは、思わずため息をこぼした。
「……こりゃあ……」
美しい人形がそこにいた。
整いすぎたほどの、まばゆい美貌。アンティークの椅子に行儀よく腰掛けた彼は、モクマの相棒とそっくりそのまま同じ顔立ちをしていた。
「1/1スケールチェズレイ……?」
クリスマス前にルークが楽しげに話していたニンジャジャン等身大フィギュアを思い出しながら、モクマは人形をくまなく四方からまじまじと見つめた。髪の毛のふわふわから着用しているスーツまで、どこから見てもチェズレイにそっくりだ。
全身を眺め回してふと、膝の上に行儀よく重なった手のひらの中に、一枚のカードが添えられていることに気づいた。
『1日遅れですがメリークリスマス、モクマさん。先日、素敵な手ぬぐいを戴いたお返しです。精巧なロボットですので、起動させてみてください。チェズレイ』
「ロボット!? こいつ、動くの?」
モクマは驚いてもう一度人形、もといロボットの方を見やる。
大声を上げても、瞼は閉じたまま。箱を開けた時から微動だにしていない。呼吸による肩の上下も、身じろぎによる衣擦れもない。人間の指示を静かに待つ、ロボットそのものだった。
起動できるということは、どこかにスイッチがあるのだろう。箱の中にはチェズレイと椅子以外の中身はなかった。体のほうも、ぱっと見た感じ、どこにも機械めいた部分はなかったが。衣服の下は、実は機械でできている……とかなのだろうか。頭に思い浮ぶのは、元カジノ王の体だ。
「とりあえず、調べてみるとするか」
相棒の指示どおり、ロボットを起動させるべく、モクマはルークよろしくサーチモードに入った。
「へえ……こりゃよくできとるなあ」
髪の毛は、透ける絹糸のような長い金糸。
肌はまるで陶器のようにつややかだが、いささか血の気が悪いように見えた。本物のチェズレイの肌も雪のようだが、もっと血の通った赤みが差している。
けぶる睫毛に彩られた閉じた瞼の下には、アメシストを思わせる紫が、彼と同じように嵌め込まれているのだろうか。この瞳を開かせるためには、スイッチを見つけなければ。しかし、機械に関する知識に疎すぎて、こんな時のセオリーもわからない。
「そういや、漫画で読んだことあったっけなあ……」
昔どこかの国で立ち読みした漫画雑誌では、可愛い女の子型ロボット(パソコンだったか?)のスイッチは、女性器の中にあったのだった。
「……いや、ないな」
男性のチェズレイの体に、そんな場所があろうはずもない。別の穴はひとつ、確実に存在しているはずだが。とはいえ、わざわざ機械の体に用途のない部位を作る必要はない。興味本位でスラックスを穿いた下半身を眺めていたが、考えを改めた。
観察だけでは埒があかない。モクマは左手を取り、いつも本人が身につけているのと同じ白手袋を脱がせた。
機械の素肌は、まるで本物のように吸い付くような手ざわり。だが、普段であれば感じる人肌のぬくもりは感じられなかった。
「…………」
手の次に、頬に触れてみる。指先と同じように、ひやりと冷たい。
「……まあ、美人を目覚めさせるセオリーっちゅうたら、これだよね」
モクマは無遠慮に顔を寄せ、その唇に口付けた。
瞬間。
ぱちっ、と瞼が開いた。
紫の瞳が、間近にいる男の瞳を認識する。
「おはようございます、ご主人様」
「えっ……これ、俺がご主人様とかって設定なんだ?」
「私を目覚めさせたあなたがご主人様です」
ロボットの口調は、柔らかくもどこか機械的だった。モクマはふむ、と首を傾げる。
「ちゅうてもねえ……お前さん、最初っから起きてたでしょ?」
ロボットが、人間のようにぱちくりとまばたきをする。そしてにっと口角を……いや、歯茎を剥き出しにして笑った。
「おや、お気づきでしたか」
「いや~ごめんねえ、せっかくご主人様ごっこなんてしてくれようとしてたのに」
「まったくです。死体の振りで磨いた変装スキルを久し振りにフル活用したというのに」
チェズレイの誕生日には去年、今年と退行催眠ごっこに付き合わされたが、クリスマスにはロボットごっことは。本当に少しも飽きさせられない相棒だ。
「私の体を存分に弄ぶ機会を棒に振るとは、あなたもなかなか贅沢なことをなさる。こちらの下半身をじろじろと舐め回す下衆な視線、しかと感じておりましたよ」
弄ぶとは、人聞きの悪い。『起動スイッチを探せ』などと、こちらを弄ぶために、わざわざカードにメッセージをしたためておきながら。
「いやあ、だってねえ、いくら機械になりすますためっちゅうても、わざわざ呼吸やら身じろぎ止めたり、体温まで下げてんだもの。はやく馬鹿な真似はやめさせんとって思って」
「さすがは守り手殿。……ちなみに、いつからお気づきに?」
「割と最初からかな? いくら仮面の詐欺師の変装っちゅうてもねえ、俺にべたべた触られても大丈夫なように、マスクじゃなくて素肌のまんまだったでしょ。メイクで肌の色は誤魔化せても、睫毛の長さやら爪の形はそのまんまだったよ」
チェズレイの瞳がまた、ぱちくりと瞬く。
「……モクマさん。あなた普段、私のそんなところまで観察していらっしゃる?」
「そりゃねえ、四六時中見てる顔と体だもの。さあさあ、すぐに体あっためといでよ」
椅子から無理矢理冷え切った体を立ち上がらせると、まるで捨て台詞のように詐欺師が言った。
「あなたが温めてくださるのなら」
今度はこちらが目を瞬かせた。
二月ほど前、温泉で裸の付き合いを終えたばかり。それまで、互いの裸など緊急時を除いてろくに見たことも、触れたこともなかった。
それがこうして、わざわざ回りくどい真似をして手を出させようとするようになった。リハビリが進んだ、と思えば嬉しいことではあるのだが。
今まで美学と激情によって動いていたロボットは、美学でははかれない情を知った。それでもまだ、性愛については理解できずにいる。
「おじさんとしちゃ、そういう直球の誘い文句の方が好みだよ」
少しずつ、見せてもらおう。ロボットに血が通っていくさまを。
とりあえず、スイートルームの広いバスルームでゆっくりと。