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    ori1106bmb

    @ori1106bmb
    バディミ/モクチェズ

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    ワンライ(51)『こちらはヴィンウェイ航空129便の最終搭乗案内でございます。搭乗券をお持ちのお客様は、51番ゲートにお越しください……』
     広い空港内を足早に移動し、どうにか間に合った旅客機の機内。モクマはキョロキョロと視線を彷徨わせながら狭い通路を歩いた。
    「えーと、51Aは……と」
     出発間際に乗り込んだため、ほとんどの乗客たちは既に座席に着いているようだ。指定の三人掛けのシートには、幸い他の乗客の姿はなかった。
     着席してシートベルトを装着すると、ほどなく機体は滑走路へ向かって動き出す。モクマの逸る気持ちとは裏腹に、ずっしりと重たい足取りで。
     ここで急いたところで仕方がない。乗客のモクマにできるのは、機長の腕を信じて相棒の故郷までの空の旅を楽しむことくらいだ。
     乱れ気味の呼吸を、一度深呼吸して整える。自然と手足が伸びて、さほど長くもない足を手前の座席にぶつけた。こんなにも狭いものだったか。
     思えばエコノミークラスに乗るのも随分久々だ。こうして一人で飛行機に乗ることも。そもそもかつて放浪していた時には、主な移動手段は列車や長距離バスだった。昔は当たり前だった感覚を、たったの一年半ですっかり塗り替えられてしまった。贅沢を覚えてしまったものだ。
     離陸後すぐに消灯し、機内には静かなエンジン音だけが響いている。
     ヴィンウェイでは何が起こるかわからない。ここで睡眠を取っておくべきなのに、瞼を閉じてもなかなか眠気は起こらなかった。諦めて座席の真横にある小さな窓に視線を向ける。これだけは自家用ジェットと変わらないサイズなのだなと、庶民の生活ではなかなか知り得ない知見を得ていた。
     機外は夜の帳に包まれている。どこまでも広がる闇の中に、明るく輝く光の幕が浮かんでいた。今日は肉眼でもはっきりと見えるほどに明るい。以前はもっと、光源を遮断してもぼんやりとした靄のように見えていた。
     モクマはゆったりと揺らめく天体のカーテンを見つめながら、在りし日に思いを馳せた。
    『モクマさん、羽織を脱いでくださいませんか?』
    『えっ、何? やだ……おじさんのこと脱がせて何する気っ?』
     空とぼけながら、羽織を脱いでそのままチェズレイに手渡す。
     向かいの席からおもむろにモクマの隣へと移動したチェズレイは、まだ生々しい体温の残る羽織をそのまま受け取った。
    『フフ。こうして窓を覆うとね……』
     チェズレイは機内の照明を落とすよう指示した後、モクマの肩を抱くように寄り添う。ふたりの体をすっぽりと羽織で包み込むと、一緒に覆い隠した窓の外を見るよう促した。
     機外に広がる闇の中に、不思議な光が揺らめいているのが見える。極北の上空を飛行している自家用ジェット。つまり、あの正体は。
    『……オーロラ?』
    『ええ。地上からは見えずとも、上空ではこうして絶えず輝いているのですよ』
     体が密着するほどの距離感、真近に感じる相棒の吐息、匂い、体温。いつも着ている羽織という安っぽい天幕、まるで隠れ家のような場所。ふたり息を潜めるように、小さな窓からしばし自然が起こす奇跡を眺めた。
     ハスマリーへと向かう自家用クルーザーからふたりで眺めた日の出も美しかった。
     チェズレイに同道して一年半。ふたりきりで四六時中過ごした時間としては長いとも言えるし、人生においては短すぎる時間でもある。
     まだまだ一緒に見たことがないものばかりだ。
     モクマが二十年の放浪の間に見た美しい景色。相棒が今まで見てきた景色。ふたりとも訪れたことのない未知の場所。
     暗い夜空の下には、見果てぬ大地が広がっている。この広い世界を、もっとふたりで旅してみたいんだ。
     あの律儀な男が、手前勝手に約束を破棄するとは思えない。モクマの前から何も言わず姿を消したことにも、必ず理由があるはずだった。相棒のモクマにも言えない何かが。ひとりだけで背負っている業が。
     話したいことがたくさんある。
     だが、今は。
    「……なんで隣にいないんだ、チェズレイ」
     爆発するかのようなオーロラの光が、この世のものとは思えないほど激しく美しく鮮烈に輝いていた。



     白い息を吐きながら、空を仰いだ。
     夜の闇に細い三日月が浮かんでいる。空のお姫さまが腰掛けて笑っていそうな、美しい三日月だった。
     彼女はつい今し方、そこへ帰ってしまったばかりだった。今、モクマの隣には、彼女によく似た息子が佇んでいる。
    「そういや、このあたりってオーロラも見れたりする?」
    「いえ。オーロラを観測できるのはもっと北の地域ですね。極北の国といえど、どこでも見られるわけではありませんから」
    「そっかあ、残念」
    「おや、ご覧になりたかった? せっかく遥々ヴィンウェイまでいらしたのですから、これから足を伸ばしましょうか」
    「えっ、ダメよ~ダメダメっ。お前さんはさっさとこの国から出国して、その大怪我を治療せんと」
     冗談のつもりだったか、それとも本気だったのか、チェズレイは「はいはい」と生返事をしながらフフッと笑った。
    「怪我が治ったら、またそのうち来よう。おふくろさんの墓参りもさせてもらいたいし。そんでついでに、オーロラも見よう」
    「いいですよ。但し、寒さについてはお覚悟を」
    「大丈夫だよ、そのくらい。お前さんが一緒だもの」
    「……あなたがそんなにオーロラをお気に召していたとは知りませんでした」
    「うん? まあねえ、飛行機から見てあんだけ綺麗なら、下からも見てみたいなって思うじゃない。ほら、打ち上げ花火みたいにさあ」
    「打ち上げ花火のくだりはわかりかねますが……下と横で何が変わるのです?」
    「うーん、変わるかわかんないから見てみたいっちゅうか……ま、いいじゃない」
     空調の効いた機内で見る方が美しいかもしれない。地上から天を見上げて自然の驚異に圧倒される方が、心を奪われるかもしれない。あるいは、どちらも同じくらい美しいと感じるのかも。どんな感情を抱いたとしても、その気持ちを共有するのが無二の相棒ならば。
    「今日は、だだっ広い雪原で、この綺麗な三日月が見れたから充分だよ」
     モクマが己の過去と向き合ったあの日、雲の晴れ間から見えた三日月とよく似ていた。
    「チェズレイ」
     美しい三日月から、美しい相棒へと向き直る。
    「指切りしちゃおっか」
    「何のです?」
     分厚い手袋を外すと、冷たい空気が容赦なく肌を刺す。
    「この先も、同じ道を辿ろう。ふたりで」
     チェズレイも細身の手袋を外す。
     互いに冷え切った小指を絡ませる。
     相棒は重傷者だ。体が冷え切る前に、早く車へ戻らなければ。だのに、絡めた小指をいつまで経っても解けなかった。
    「あァ、このままへし折られてしまいそうだ」
     相棒の元気な舌が覗く。自然と力が入ってしまっていたようだ。
    「こんな男と約束しちまったんだ。もう逃さんよ」
     厄介な情を向けられた相手が、花開くように笑う。ああ、そうだ。この笑顔が見たいから、新しい景色を見たいんだ。
     一年後も五年後も十年後も、二十五年後も、五十年後も。その先、51年の後も、いつまでも永遠に。
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    recommended works

    💤💤💤

    INFO『KickingHorse Endroll(キッキングホース・エンドロール)』(文庫/36P/¥200-)
    12/30発行予定のモクチェズ小説新刊(コピー誌)です。ヴ愛前の時間軸の話。
    モクチェズの当て馬になるモブ視点のお話…? 割と「こんなエピソードもあったら良いな…」的な話なので何でも許せる人向けです。
    話の雰囲気がわかるところまで…と思ったら短い話なのでサンプル半分になりました…↓
    KickingHorse Endroll(キッキングホース・エンドロール)◇◇◇
     深呼吸一つ、吸って吐いて——私は改めてドアに向き直った。張り紙には『ニンジャジャンショー控え室』と書かれている。カバンに台本が入ってるか5回は確認したし、挨拶の練習は10回以上した。
    (…………落ち着け)
    また深呼吸をする。それでも緊張は全く解けない——仕方がないことではあるけれど。
     平凡な会社員生活に嫌気が差していた時期に誘われて飛び込んだこの世界は、まさに非日常の連続だった。現場は多岐に渡ったし、トラブルだってザラ。それでもこの仕事を続けてこられたのは、会社員生活では味わえないようなとびきりの刺激があったからだ——例えば、憧れの人に会える、とか。
    (…………ニンジャジャン……)
    毎日会社と家を往復していた時期にハマってたニンジャジャンに、まさかこんな形で出会う機会が得られるとは思ってもみなかった。例えひと時の話だとしても、足繁く通ったニンジャジャンショーの舞台に関わることができるのなら、と二つ返事で引き受けた。たとえ公私混同と言われようと、このたった一度のチャンスを必ずモノにして、絶対に絶対にニンジャジャンと繋がりを作って——
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